月に水まんじゅう

萩原 歓

34 美優の恋人

 毎年夏には京都から帰省する美優が、和弘の料理を食べたいと言うことで
星奈は『桔梗屋』に予約を入れた。
星奈にしてみれば、別れた相手とは喧嘩別れではないにしろ、再会することには抵抗感があるので、美優を単純に凄いなと思った。


 店に直接来ると言うので、早めに着いた星奈は店内で待つことにする。
暑い夏でも涼し気な庭を眺めて涼をとっていると、さっと襖があき星奈が顔を見せた。
「やっほー。ひさしぶりっ」
 相変わらず小柄なのにエネルギーの塊のような美優だ。
 その美優の後ろに大きな影がすっと現れる。


「ハジメマシテ」
「ロバートだよ」
「えっ、あ、初めまして。片桐星奈です」
「アメリカから京都へ留学に来てるんだよ」
「へえー」
「日本の文化はやはりキョウトが最高ですから」
 白い肌に薄いそばかすがあり、瞳はアイスブルーで髪は短いがゆるく波打った金髪。
細身だが身長は一九〇センチはあるだろう。(絵に描いた様なアメリカ人だ)
 月姫に会いに横浜に行くと外国人を多く見かけるが、こんなに間近で、
しかも一緒に食事をしたことなどなかった。


「えっと二人は……」
「恋人だよー」
 美優はあっけらかんという。(美優は背の高い男ばっかりだなあー)
和弘も確か一八五センチで高かった。


 ロバートは二五歳で日本での生活は長いらしく、アメリカに帰る気はあまりないらしい。
出来れば日本で働いて一生日本で生活をしたい希望を持っている。




 美優とは彼女の勤めている和菓子屋で出会った。
ロバートは美しい桜の花のネリキリに感動して、是非作者に会わせてほしいと訴えたところ、
店の売り子は職人は作家ではないのでそんなことはできないと取り合わなかった。
しかしちょうどそれを作った美優が通りがかった。
 それからロバートは美優自身にも興味を示し、いつの間にか付き合いがスタートしていたらしい。




 美優にしてみると、ロバートがくっついてくるだけの様な言いぶりで、
彼を気に入ってはいるが、まだまだ自分自身に夢中のようだ。
「僕はミューと結婚したいとオモッテマス」
「ええっ!結婚?」
「やだ、ロバート。先走り過ぎだよ」
 ロバートはなかなか熱烈な様子だが、美優はマイペースだ。
やがて料理が運ばれてきたので話は中断される。


「ウツクシイ」
「すごいねえ」
「来るたびに驚くよ」
 和弘の料理は今日も美しくインパクトがある。
ロバートのために頼んだ手毬寿司は、黒い塗の盆に宝石が飾られているようだ。 芽ネギが薄く下ろされた鯵で巻かれている。
まるで高級魚の様な味わいだ。
 サーモンとアボカドの組み合わせも、コントラストが可愛らしい。


 一つ一つ丁寧に作られており、食べるのが惜しい。
ロバートはごくりとつばを飲み込みながらもカメラを取り出し撮影を始めた。
大柄な和弘からは想像できないが、昔から彼は繊細で美しい料理が得意だ。


「なんか悔しいなあー」
 美優がため息をつきながら言う。
「なにが?」
「あたしは和菓子だけだからさー。料理全般ってやっぱ幅広いねえ。
うらやましいわ」
「そう?美優は美優でエキスパートだからすごいと思ってるけど」
「ソウデス。ミューは最高でス」
「あ、ありがと。さて食べましょうかね」


 ロバートがまた感動している。
「美味しくてタベヤスイ!」
アメリカ人にしては箸の扱いが上手なロバートだが、それにしても一口サイズのこの宝石のような寿司は箸でつかみやすく、
しかもばらけることなく食べることがスムーズだ。
(和弘、考えてるなあー)


 以前、給食スタッフで訪れたときに、やはり料理長として挨拶をしに来た和弘に高木美沙が「美味しかったですー。ちょっとサイズが大きくて格闘しちゃいましたけど」と、言っていた。
 確かにその時の料理は大ぶりなものが多かった。
 ただ店としては普通であるのだろうが、園児用の食事を作っているとどうしてもスケールダウンしたものを作ってしまうので和弘が悪いわけではない。
 それでも「今度から配慮してみます」と謙虚に頭を下げて聞いてくれた。


 そして今回の料理に生かされている。
恐らく女性二人と外国人のグループと案内係から聞いて、すこし小ぶりなものを出してくれているのだろう。


「なんか和弘ちゃんとやってるねえ。ロバート、これがほんとのおもてなしってやつや」
「オモテナシ……。オウ!」
 美優とロバートのやり取りが真面目なものなのに面白く映り、
星奈はこっそりと笑った。


 食後のデザートに抹茶と水まんじゅうが出てきた。
「これはまた、キレイですねえ」
透明感のある水まんじゅうは地元の銘菓であるので、ロバートの様に他所から来る客にはもってこいだろう。


 透き通ったくずの中にあんこではなく苺クリームが入っていた。
「うーん。これもなかなかええなあ」
「今度まねして作ってみるかなあ」
 そこへさっと和弘がやってきた。
「どうぞ真似してください」
「あっ、やだあ」
「無理無理、こんなプロの味」
「星奈も、み、新田さんもきっとすぐできるよ」
 和弘は美優と言いかけて言い直してロバートのほうへ向き
「本日はお越しいただきありがとうございます」と、頭を下げた。


 ロバートはとても感心していて、心から料理の賛美を話していたが、
後半は興奮して早口の英語になったので何を言ってるのかわからなかった。


 美優と和弘が一瞬見つめ合い、何とも言えない空気が流れた。
嫌いになって別れたわけではない。
ただ歩く道が違っただけ。
(まだ好きなのかな……)
 星奈は二人の雰囲気に友人以上の親しさを感じたが、
きりっと和弘は「またおいでください」と、襟を正し挨拶をして去っていった。
美優も後ろ髪惹かれる様子なく「ごちそうさまでした」と、礼儀正しく頭を下げた。


 星奈は二十代の若い恋が終わったことを実感し、すこしだけ切ない思いがした。
しかしまた新しい出会いによって成長していく美優を想像して、自分もすっかり大人なのだと実感する。




「これからどうするの?」
「ん?ロバートと名古屋で泊まるかな」
「え、実家帰んないの?」
「うん。帰る理由ないしさ」
「そうなんだ」
 相変わらず実家に対して、冷ややかな美優であるがロバートが口を挟んだ。
「ミューのゴ両親に挨拶したいデス」
「えー。ちょっとぉ、何言いだすのよ」
 美優は外国人よりも大げさなリアクションで両手を広げ肩を上げ下げした。
行かないと言っている美優にロバートは食い下がっている。


「ねえ。美優。親に会わせてみたら?ロバートさん」
「ええー。星奈まで何言いだすのよ」
「いいじゃん。なんかさ、二人お似合いやて」
「お願いデス。ミュー。君のパパとママも知りたい」
 呆れたような顔つきだが、強い拒否感もない美優の表情を見ると、
この二人は上手くいくかもなと星奈は思った。
マイペースではっきりした美優に、くっついているようなロバートだが、
きちんと締めるところは締め、譲らない。
和弘は強引そうだが意外と強く出られないところがあった。


 ワイワイ話し合った結果、明日、両親にロバートを会せると言うことで決着がついた。


 逆方向に向かうため駅で別れる。
「じゃ、またね。なんか変わったことがあったら教えて」
「ん、星奈の話が全然聞けなかったけど、またね」
「サヨナラ。またお会いシマショウ」
手を振って大きなロバートと小さな美優を見送った。
そして自分と月姫は同じくらいの背丈だなと思い出していた。

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