月に水まんじゅう

萩原 歓

24 月見

 小さな二人掛けのダイニングテーブル一杯に料理を並べると、月姫が「おおーっすげえー」と歓声を上げた。
 星奈はそんな月姫の姿を見るのが嬉しくてたまらなかった。
「ごちそうじゃないんだけど」
「いやーマジ美味そう」
 ひと月に一、二度程度、星奈は月姫のアパートに泊まりに来ていた。その際に手料理を振舞うのだ。泊りがけではないデートでは、外食することもあるが月姫は星奈の手料理を食べたがった。
 素朴な和食を作ることが多く、一人暮らしの月姫が後で残った材料を消化できるようなものしか買わないことにしている。
今日は秋の味覚らしくキノコの炊き込みご飯を作り、里芋の味噌汁と、さんまを焼いた。
「ご飯余ったら冷凍しとくから」
「うめえ。余んねえよ」
「あははっ」
 がつがつとご飯をかき込んでいる。普段は中性的な雰囲気の月姫がこういうワイルドさを見せつけると星奈はどぎまぎした。
「あれっ、食べないのか?」
「えっ、食べる食べる」
 見惚れていて、箸が止まっていた星奈は慌てて味噌汁を啜る。
「あー食べた。うまかったー。ごちそうさま」
 あっという間に平らげた月姫は、行儀よく手を合わせ挨拶をした後、食器を流しへと運んだ。
「お茶淹れるよ」
「ん、ありがと」
 星奈も食事を終え食器を下げ、ふと窓の明るさに気づき空を見上げた。
「あ、満月」
「ああ、そうだ。今日中秋の名月じゃん。学校で言ってたな」
「大きいねえ。綺麗」
「月見でもするか」
「そうだね……。んー。もう少しお腹に余力ある?」
「んん?ないけど隙間作ろうか」
「ふふっ。ちょっと待ってて」






「姫、できたよ」
「なにそれ。食べれんの?」
「あんこはないけど、月見団子の代わりだよ」
 片栗粉で作った水まんじゅうだ。電気を消すと月明かりが部屋の中を照らし、水まんじゅうがキラキラと輝いた。
「おおー。なんか宝玉?クエストアイテムみたいだな」
「ははっ。そういわれるとそうだね」
 つるっと口に流し込んだ月姫は満足そうに月を眺めた。
「乙女の作るものって全部美味いよな」
「ありがと」
 二人で肩を並べて月を眺める。月姫の横顔をちらっと盗み見る。頬が月光に照らされて胡粉色に輝く。(お月様が二つあるみたい)
 星奈はこっそり笑んで水まんじゅうを口に放り込んだ。




 一組の布団に二人で横たわり手を握り合う。一緒に居ることがとても自然なのに、心は踊る不思議な感覚はまるで異世界に居るようだ。
 月姫は出会ったときから、いつも星奈を新しい世界へと連れて行ってくれた。ネット上では小さな港町から獣人国家の本拠地へ。現実ではこうやって手をつなぎ新しい歓びの世界へ。
「姫ってつるつるしてて気持ちいい」
「うーん。髭はやしてみたいんだけどなあー」
「えー。やだあ」
 月姫はマッチョな男らしい容姿に憧れているらしい。中性的な肢体にコンプレックスを持つほどではないが、ミストとオフ会で会った時に彼の大人の男らしさが格好良く見えたらしい。
残念ながら月姫はウエイトトレーニングをしてもごつごつとした筋肉はつきにくいようだ。
「ミストはカッコよかったなあー」
「カズさんは?」
「うーん。カズさんはーごつすぎ」
「そうなんだ」
 星奈は今のままの月姫が好きだった。この一人暮らしのアパートに来ても男臭さを感じさせない。それは彼の母親と双子の姉が時たまやってきて自分たちの好みのシャンプーやらボディーソープやら洗剤やらを置いていくかららしい。
 清潔感のあるラベンダーの香りが月姫の髪から漂う。以前「ラベンダーが好きなの?」と尋ねると「この匂い、そんな名前なの?」と他人事のように言っていた。
月姫は家族にはされるがままのようだ。それが家族円満の秘訣だと悟ったような表情で話してくれたことがある。
「姫は今のままで十分、かっこいいよ」
「そうかあ?」
 照れ臭そうに鼻の頭をかき、星奈の上にかぶさり口づけをする。抱き合うと星奈は自分自身が月姫の一部と溶け合ったような気がして、うっとりと彼の動きに身をゆだねることにした。

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