月に水まんじゅう

萩原 歓

16 仕事

 熱い湯に身を浸し今日の一日の疲れを溶かす。
「疲れたあ」
 思わず声に出てしまう。風呂から上がり、わさわさと短い髪を拭き上げながら星奈は台所へ向かった。
「おつかれ」
 珍しく兄の修一がいた。今帰ってきたばかりらし、く熱い緑茶を啜っている。
「久しぶりだね。休み?」
「うん。半日だけな」
「そっか。大変だね」
「いや僕は実家だから恵まれてるよ。一人暮らしのやつなんか自分が病気になっちゃいそうだよ」
 修一は研修医になっていた。どういうシフトでどういう働き方をしているのか、星奈と同じく実家住まいなのに、顔を合わせることが恐ろしく少なかった。
久しぶりに見る修一の顔に疲労が見えるが、やりがいを感じていることは目の輝きでわかった。
「お兄ちゃんも医者の不養生にならないでよ?」
「大丈夫だよ。母さんのおかげでね。星奈も疲れてそうだな。平気か?」
「まだ慣れてないだけ。でも明日一日寝ちゃうかも」
「まだ若いしな。よく寝ろよ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
 もう少し修一と話がしたかったが、眠気が最大限に押し寄せてきていた。


 ホテルの厨房に就職してから、技術の向上から体力勝負の毎日となった。朝九時から夜九時まで厨房で過ごす間、ほぼ立っているか歩いている。重い野菜やステンレスの大鍋は、星奈を鍛える道具のようだ。
一日はあっという間に過ぎるぐらい忙しいが、体力もあっという間になくなる。 修一の言うように母の健康に気遣った食事があるからこそ何とか持っているのだろうと思う。(もう、寝るだけ)
 ベッドに倒れ込むと数秒で寝付いてしまいそうだ。なんとか布団に潜り込みため息を吐いた。
カーテンの隙間から射す月光に気づく。(姫に会いたいな)
 疲労でネットゲームにしばらくログインしていなかった。明日はログインしてみようかなと思い始めた瞬間に意識が途切れた。

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