月に水まんじゅう

萩原 歓

15 卒業後の進路

 調理師専門学校ももう卒業だ。星奈は、市内の高級ホテルの厨房に就職が決まった。本当は日本料理のほうへ進みたかったが、これも経験だと思い流れに身を任せた。
 同期の和弘は京都へ本格的に修行に行くらしい。
和弘の実家は小さな旅館を経営していて、彼はそこを継ぐことになっているのだが、どちらかと言えば経営よりも料理に興味があり、この道に進んできたようだ。
いずれ旅館を継ぎ、経営者兼、料理長になりたいらしい。本格的な修行をするという触れ込みだが、京都を選んだ理由は美優がいるからだと言うことも星奈は知っていた。


「一緒に暮らすの?」
「えっ。いやあー。俺的にはそうしたいけどさあ。ミユーんち固いから無理やて」
「ばれないんじゃないの」
「お前、結構大胆なこと言うなあ」
 美優も学校を出た後、京都で和菓子屋に就職を決めていた。いつ帰ってくるのか、帰るつもりがあるのかはわからない。
「京都か。みんな目標が合っていいね」
「うーん。目標つうか、思い込みとか欲かな。星奈ももっと欲張ればいいのに。あのホテルに就職できるってマジ優秀ってことだぞ」


 星奈には流されるような就職だが、実際は人気の就職先で難関だった。あまり関心を示さない父親の伸二でさえ「すごいじゃないか」と、顔を紅潮させて喜んでいた。
 星奈はこうしたいと言う強い希望や欲望がないせいか、技術の習得が早くて正確だった。生来、生真面目でもあるので安定感もあり非常に優秀な生徒だった。ただその反面、創作料理などの個性を発揮したりする場面では弱かった。
しかしホテル側も、あまり個性の強い人材を求めてはいないのだろう。星奈より技術の高い生徒も多かったが、その分野心も強そうで、面接すら学校側がさせなかったものも何名かいた。
 和弘もその口だ。彼は大きな身体と大きなごつい指先から、信じられないほど繊細な仕事をする。校内の創作弁当コンテストでは、独創性はもとより細工の細かさで最優秀賞を受賞した。
 彼が作った和食の幕の内弁当は、宝石箱のようで、美しくきらめいていて食べるのが惜しいものだった。その中に一つ、桔梗のネリキリがあり美優の影響をうかがうことが出来た。
 星奈には、和弘が目標と高め合える恋人がいて、これからの彼らの人生が輝いているように見えた。
星奈自身も就職が決まり、実家住まいではあるが、自立の道を辿っている実感はある。
しかし和弘や美優のように、人生がスタートするきらめきの瞬間を感じることが出来ずにいた。もやもやするが、足掻く気力も打破する考えも浮かばなかった。


「あたしはそんな個性的じゃないからさ」
「まあ、どっちかっていうと職人気質だよな」
「うん。きめられたことをきちんとやるのが気持ちいいしね」
「でもあの弁当コンテスト。お前の一番美味かったよ。特にこれってのがないのに」
「これってのがないのは余分だよ」
 星奈は笑って、和弘を肘で小突いた。
創作弁当コンテストで、星奈は食育賞をもらっていた。
彼女の弁当は、まげわっぱに五穀米のおにぎりと青菜の煮びたし、エビのあじさい揚げ、豆腐の白玉ゴマ団子などが食べやすく納まっていた。
地味ではあったが、美味しくできて星奈自身も満足していた。
そしていつか、誰かのために料理を作ってみたいと思っている。

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