グラデーション

萩原 歓

19 双子の姉

「実夏ー。こっちきてみなよ」
「なになに。うえー」


 双子の姉、千夏と実夏が毎月正樹の住むアパートに、お世話という名のチェックにやってくる。
一応、面倒な片付けごとや日用品の追加などおこなってくれるので、ありがたいこともあったが
騒がしく姉貴風を吹かせて帰っていくので疲労感はそれなりにある。


 今日は特に騒がしく洗面所で盛り上がっている。
「なんだよ。いったい」
 実夏と千夏はそっくりな顔で、にやりとしながら後ろ手に持っていた、
ピンクの歯ブラシを取り出して正樹の目の前にかざした。


「あっ」
 ☆乙女☆が珍しく忘れて行った歯ブラシだ。
「あんた。女連れ込んでるんでしょー」
「やーらしいんだあ」
「ちょっ、返せよ」
 笑いながら姉たちはポイっと正樹に歯ブラシを返した。


 ☆乙女☆はすでに何度も泊まっているが、荷物を置いて帰ることはなかった。帰り際には掃除をしてくれるので気配も感じさせることがなく、
今まで一度も家族に彼女の存在を知られずにきていたのだった。


「いつから付き合ってんのよ」
「えーっと、八年くらいかな」
「ええっ。そんなにぃー?」
「どんな子よお?」
 姉たちの追及が始まる。
「名前は?」
「おと、めー座で星奈」
「なに星座から言ってんのよぉ」
「あはははっ、正樹って女子みたい」


 思わずキャラクター名を口走りそうになり、とっさにごまかしたが変な方向に持っていかれた。
「ああ、でも正樹、おうし座じゃん?相性いいじゃん」
「そうだね。八年も続くっていいじゃん」


 無言でいる正樹をよそに、実夏と千夏は盛り上がっている。
二人を放って置き、テーブルに座ってコーヒーを飲んでいると、
二人はずかずかと目の前にやってきて質問を始める。


 年齢、職業、容姿、性格など尋問のように聞いてくる。
正樹は抵抗をすればするほど、ややこしくしつこくされることを経験上知っていたので、包み隠さず話した。
ただし知り合ったきっかけをオンラインゲームだと言わず、友人の紹介ということにした。


 気が付くと勝手にスマフォのフォルダを開き、写真を見ている。
「おいっ、勝手にみるなよっ」
 さすがに恥ずかしく、実夏の手にあるスマフォを取り上げようとしたが、コンビネーションの良い双子は、上手く正樹の奪還を交わし、交互に写真を見ている。


「おおっ!まともそう」
「へー!ギャルっぽくないじゃん」
「なにこれ。正樹ってば、にやにやして」
「あははは」
(くそー)


 幼年期からの習慣であろうか。
本気で姉たちに抵抗することも激怒することできなかった。
 しばらく眺めてスマフォを返し、また口々に言う。


「この子なら妹になってもいいわねえ」
「うんうん。あたしらの言うこともちゃんと聞きそう」
(乙女のこといじめたら承知しないぞ)
「……」
「今までの付き合った子たち趣味悪い子ばっかだったもんねえ」
「ほーんとほんと。けばくてさあー」
(お前らもけばいだろ)
「……」
「はやく結婚したらあ?」
「捨てられないようにね。ほかにこんな続く子出てこないよね」


 プロポーズを断られた話はしなかった。
「姉ちゃんたちが片付いたらな」
 精一杯の負けん気を発揮したが案の定、くどくどガミガミと、ののしられ話は収束に向かった。




 実夏と千夏の気が済み、帰っていったあと正樹は今までで一番疲労した一日だと思い、
飲み物を取り出そうと冷蔵庫を開けた。
 そして小さなタッパーウエアが目に入り手に取って開けた。
中には☆乙女☆が漬けたはちみつ梅が入っていた。
(見つからなくてよかった)


 一粒口に入れると優しい甘さと酸味が口いっぱいに広がり、疲れが癒える気がした。
(あいつらに見つかったら全部食われちまう)
見つかったものが歯ブラシでよかったと思った。


 しかし嵐の様な姉たちが☆乙女☆を認め、けなすことなく歓迎ムードだったことには、さすがの正樹も嬉しく思う。
案外シビアな姉たちの目にも彼女は好感度が高そうだ。
 そして改めて自分には☆乙女☆しかいないと実感した。

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