グラデーション

萩原 歓

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 トランペットのファンファーレが鳴り響き『Knight Road』の文字が浮かび上がってきた。正樹は音楽を聴きながらパソコンの画面のオープニングを少し眺めてスタートをクリックした。(やった。やっとプレイできる)


 中学生になった御祝いに父親の幹雄からパソコンを買ってもらった。母親の洋子からは渋い顔をされたが、ゲームで育った幹雄は寛容で、今時の子供が世代を超えて遊べる場所はネットゲームくらいしかないと逆に洋子を説得していた。(親父は話が分かるよな)
 ただし、条件がある。成績と視力が著しく落ちることと両親との会話が無くなった場合には即パソコンを取り上げるというものだ。(さすが元ネトゲ廃人)




 幹雄は結婚前の若い頃、一時ネットゲームにハマり引きこもったことがあったらしい。それを洋子がなんとか現実に引き戻し、今の状況があるようだ。
その時の話を聞くと正樹でも事の大変さがわかった。
 半年間、幹雄は引きこもり食事も親に運ばせて部屋に出るのはトイレと週一の風呂くらい。隣に住む幼馴染の洋子が幹雄の様子を見かねて部屋に押し入りパソコンを机から落として壊したらしい。
 その後の警察を呼ぶ呼ばないの凄まじい喧嘩の後、幹雄は憑きものが落ちたようにネットゲームから引退し働きはじめ、やがて洋子と結婚した。
そして、現在、双子の女児と正樹に恵まれ落ち着いた生活を送り続けている。




 幹雄は今でもネットゲームをすることがあるが、週末プレイヤー程度でネット漬けになることもなかった。
ネットゲームのハマりにはプレイヤー同士の人間関係も大きいらしく共存、依存の関係が現実のそれよりも濃密で短期間でなくてはならない存在になりやすいらしかった。
そして現実より仮想現実のほうがリアリティを帯びてくるというものだ。


 インターネットに関することでは洋子が幹雄と正樹に厳しい視線を送ってくる。しかし子供心にも正樹はネットと現実の人間関係に区別がついているつもりではあった。(俺、友達多いし、ゲームが楽しみたいだけなんだよな)
 プログラムされた同じ動き、決まった数値の敵を倒すことには少し飽きがきていた。敵も同じ人間なら熱いプレイができるはずだと期待を大きくし、キャラクターの設定を始めることにした。




 『Knight Road』通称『KR』は二国に分かれて戦うMMORPGで大規模多人数同時参加型オンラインRPGと言われるものだ。二国はそれぞれ獣人である亜人種とヒューマンに分かれていて正樹は獣人国家を選んでいた。(どうせやるならリアルと違う方がいいよな)
 吟味した結果、銀色の毛並みを持つ兎の魔法使いになることにした。(性別が女ってちょっと辛いけどパラメーター上しょうがないか)
 選択し作り上げたキャラクターに合うように『月姫』と適当な名前を付けた。 
 これからこのネットゲームがどれだけ正樹に影響を与えることになるか、この時はまったく想像をしていなかった。ただ面白そうだという好奇心だけで繊細な少年の指先はキーボードを叩いてた。

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