フォレスター

萩原 歓

20 転職

 春から林業組合に就職し実家に戻った。
そして試用期間も終わり晴れて正社員になった。
梅雨も去って初夏の爽やかな風が吹く。
労働の合間のしっとりとしたそよ風が、直樹の首筋をくすぐった。


 今日も一日良く働いた。
しばらくは下刈りと言う、雑草を除去する作業だ。
連日の草刈機の振動で手や腕がしびれた。
単純作業のようだが足元の不安定さと危険性の高い器具を扱うこと、また些細な小石や小枝が鋭い武器となって襲い掛かってくることがあり、油断大敵だった。
直樹は顔に飛んできた木屑にヒヤッとしたことがありパソコン用の眼鏡をうっかりかけたままやってきたことをラッキーだと思った。


 同じことの繰り返しのようなのに緊張感と達成感で満たされていくのを感じ、生きている実感と心地よい疲労感で眠りにつく。
 早朝にひんやりとした山の空気を吸い込み作業を開始しようとすると、一度退職をして再雇用された望月悟がすでに山をぐるりと一周して戻ってきたところだった。


「おはようございます」
「おう。直樹、早いな」
「いえ」
 望月は寡黙な直樹を何かしらサポートしてくれ、休憩時間には今まであった色々な山での出来事を話して聞かせてくれた。
 林業組合で直樹は最年少の若さだった。
望月にすると孫のような感じなのかもしれない。
直樹は自分を育ててくれようとしている職人気質で頑固だがあたたかい望月を慕っていった。




……風は吹いていないな。
「伐倒方向よし!」
 周囲の安全を確認して直樹は号令をかけた。
とうとう林業のメイン作業ともいえる主伐の時期に入った。
五十年育てた木を切り倒すのだ。


 今回初めて直樹が主となって望月と作業をする。
倒す方向に切り込みを入れ受け口と言うものを作り、木が揺れていないか注意しながらチェーンソーで切り込みを入れた。
重機の振動と緊張の動悸が直樹の全身を駆け巡る。
まず水平に刃を当て少しだけ押し込み、抜いて今度は上から下に向けて三十度ほどの角度を作った。


「はあっ」と息を吐き出すと後ろで望月が「大丈夫だ」と落ち着いた声で直井の緊張を解いた。
 落ち着いて次に受け口の反対側に追い口と言う切れ込みを入れた。
望月がコンコンコンとくさびを打ち込んだ。
木がざわめく。


 立っていることができないようなうめき声が聞こえ始め、高い杉はメキメキと音を立てながら倒れた。地面の振動がズシーンと身体に響く。
(初めて倒した木だ……)
感慨深く眺めていると望月が肩に手を置き
「上手くやったな。もう少ししたら次だぞ。気を引き締めてな」
 と、目を細めて嬉しそうに言った。
「は、はい」


 望月も過去にこんな初めて倒す巨木を見て感動したのかもしれない。
倒れた木を見、立っていた場所を見つめ、そして青く澄んだ高い空を見上げた。
充実感が直樹を満たす。
(よし。次だ)
 気を引き締め直して望月の待つ、次の木へと向かった。

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