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萩原 歓

15 忘年会

 師走に入り、会社の忘年会があるので直樹も参加した。
仕事の忙しさもあり里佳子とはあれから会社以外で顔を合わせていない。


 今夜は里佳子も参加するだろう。
機会があればもう少し話し合えるかもしれない。
このまま結論を出さないまま時間だけが過ぎてもよくないだろうと直樹は考えていた。




 五十名ほどの参加で、今回はホテルのレストランを貸し切った立食パーティだ。
特に決まった席もなく催しと言えば部長の挨拶くらいなので気楽な会だった。


 里佳子を見かけた。
肩まである艶やかな髪を巻き、ピンクベージュのフェミニンなスーツを着て、ほかの女子社員とおしゃべりに花を咲かせているようだ。
男性社員も混じり始め、にこやかに笑顔を返す彼女を見てると向こうも視線に気づいたらしく、こっちに目をやった。


 さりげなく飲み物を取りに行く振りで直樹のほうへとやってくる。
「なんかひさしぶり」
「そうだね」
「あの二人ってカップル?」
 里佳子と話していた女子社員と男性社員を見ながら直樹が言うと
「ううん。彼女が彼を狙ってるのよ」
 と、チラッと一瞥して言った。


「そうか。お似合いだし上手くいくといいね」
「まあね。彼女は面倒見がいいし彼は甘えん坊だからちょうどいいわね」
 会場をざっと見渡すと飯田が何人かの女子社員に囲まれていた。


「飯田さん最近フリーになったんですってね。さっそく狙われてる」
 くすっと笑いながら里佳子はその光景を眺めている。
「よく知ってるな」


 感心している直樹に里佳子は
「女子の情報網はすごいんだからね」
 と、含み笑いをした。
「そういえばこの忘年会だったな。里佳子とまともに話したの」




 ――里佳子は直樹の一年あとに新卒で入社してきた。
受付に新しい綺麗な娘が入ったと話題になり男性社員を騒がせていたのを覚えている。


 当時は朝、挨拶をかわす程度でよく顔を見てはいなかったが新人歓迎会で里佳子が斜め向かいに座り顔を突き合わせた。
しかしその時も大した話はせず左右の同僚と軽く飲んで食べていただけだった。


 その年の忘年会で里佳子は飲み物を選んでいる直樹の横にきて『大友さんってお酒強そうですね。顔色も態度も全然変わらないんだ』と声をかけてきた。
確かに酒には強いほうで多少気分が高揚する程度だった。


 里佳子は先輩にアルコールを勧められてちょっと酔っぱらったといい、風に当たりたいと言った。
ざっくりした会なので二人で抜け出し近くのファミレスに入ってお茶を飲んだ。
そして連絡先を交換し、年が明ける頃には付き合っていた。




 ぼんやりしている直樹にぷっと里佳子は笑った。
「この会ってさ、ある意味婚活パーティなのよね。あの時、私、直樹狙って話しかけたんだもの。
歓迎会の時にチェック入れてたのよね」
「そうだったのか」
「相変わらずそういうとこぼんやりしてるわねえ。女子はみんなチェック入れてるんだから」
「なんかすごいな」
「普通だってば」


 見えない迫力に圧力を感じ直樹は視線を泳がせた。
なんとなく視界に入った飯田を見ると、またほかの女子社員が増えている。
「飯田主任はいい男だからなあ。あのこたちじゃ無理かもな」
 飯田の元カノの話を思い出しながら直樹はつぶやいた。


「そお?みんな可愛いし、レベル高いじゃない」
「うーん。外見じゃなくってさ。なんていうか、男と女の度合いの数値が近いほうがうまくいくと思うんだ。絶対値っていうかさ。」
「イマイチわからないんだけど……」
「里佳子は十点満点なら七とかだな」
「あら。褒めてくれてるの?」
 気分をよくしているようだ。


「主任は八くらいで俺はニか三だな」
「やけに低いじゃない」
「そんなもんだよ。里佳子んちの親父さんとお袋さんは十とか九じゃないのかな」
「なんかそれって古臭い男と女って感じなだけじゃない」
「いや、なんか本能的なもの」
「はあ……。何が言いたいのよ……」
「いや……」


 暗く沈んでいく里佳子を眺めながら、自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってきてしまい口をつぐんだ。
ただ今初めて彼女に自分の意思や希望を伝えているのだと自覚していた。


「ほかの人のところにも行ってくる」
 顔を上げて里佳子は笑顔を振りまき、みんなと同じように飯田の取り巻きに混じって行った。
直樹は微炭酸になってしまったシャンパンを飲み、賑やかな会場と立っている華やかな人たちを見渡した。
 そして先月体験した山の中の杉林にいる自分を思い出した。
(やっぱりここは俺の場所じゃない)
 改めて確認すると用事がなくなったように感じて会場を去ることにした。

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