フォレスター

萩原 歓

1 ポスター

 (緑の雇用……)
 直樹は社内の掲示板の一番下の隅に張られた、A四サイズの一枚のポスターに目を留めた。
 深い緑の森をバックに、若い男がオレンジ色の作業服を着て白いヘルメットをかぶりチェーンソーで木を切っている。


「大友。おはよう」
 後ろから声がかかったので振り返り頭を下げた。
「飯田主任。おはようございます」
 寝不足の直樹の目に、飯田のグリーンとスカイブルーのストライプのネクタイが眩しく感じられた。


「ん。何か辞令でもあるのか?」
「あ、いえ。初めて見るポスターがあったので」
 直樹はチラッと、眺めていたポスターのほうに目をやると飯田も一瞥した。


「ああ、昨日、広報の浅田さんが貼ってたな。うちは県内の木材扱ってるからさ。でも林業従事者募集の案内なんか貼ってもうちの会社に効果ないのにとか言ってたよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。いっちゃあ悪いけど、うちは大手だろ?わざわざ年収を半分にまで下げて肉体労働なんて選ばないよ」
「ふーん。なるほど」
 笑いながら言う飯田に、直樹はあまり深く考えずに同調した。


「さ、仕事、仕事」
 直樹の肩を軽く叩いて颯爽と歩く長身の飯田の背と、林業のポスターを交互に見てから直樹は自分のデスクへ向かった。




 直樹は県立大学を卒業した後、静岡県内では大手の建築会社に営業として入社した。
特にこれがやりたいと思って就いた職ではなかったが、周囲には一目を置かれる会社で将来への安定感もあった。
いつの間にか、なんとなくこなれていき、毎日笑顔を作り人と接することにも違和感を感じなくなっていた。
今、緑の雇用のポスターを見るまでは。
(山で肉体労働か……)


 デスクに座り、今日のスケジュールをチェックし予定を組んだ。
電話をかけ、アポを取る。
必要な書類を揃え出かける。
帰ってきたら報告書を作成し提出して退社。
そんな決まった一日を頭の中でシミュレーションしてから直樹は仕事を開始した。

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