流行りの異世界転生が出来ると思ったのにチートするにはポイントが高すぎる

萩原 歓

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「ここでいいわ。ちょっと歩きたいの」
「では、ここでお待ちしています」
「帰っていいわよ。そこの角に確かバス停があったからバスで帰るわ」
「ダメですよ。これから大事な期間に入るのに何かあったら困ります」
「はいはい。じゃ30分くらいはふらふらさせてね」
「30分ですよ!」


 やれやれと私は秘書を車に残し、懐かしい神社の前に立つ。


「なんて懐かしい……」


 ここを通りがかったのは偶然だ。もう若くない私は懐かしさを胸に赤い鳥居をくぐり、本殿の前にやってきた。参るものは誰もおらず静かな境内は時間が止まったようだ。


「まさか、もういないわよね」


 もう記憶ではぼんやりしている人外の銀月様の姿を思い浮かべるが、あれは若い頃の幻想だったのだろうと今では思っている。


 でもこの神社に訪れてから自分の生き方が変わったのは確かだ。周囲の人間関係を大事にし、そのうちそれが良好になってくると私は福祉に目覚めた。福祉に従事しながら社会全体に目を向け、気が付くと政治家になっていた。今度また選挙がある。ここまであっという間に時間が過ぎ息つく暇もなかったように思う。恋愛することも結婚することもなかった。熱心にアプローチしてくれる人がいたのになぜだか心が動かされなかった。




 お札を一枚と45円を賽銭箱に投げ入れ柏手を打った。薄暗い神社にぱっと眩しい光が放たれる。


「ぎゃっ! な、何かしら!?」


 驚いてきょろきょろすると目の前に銀月様が現れた。


「ま、まさか……」
「久しいな。ポイントの交換に参ったのか」


 以前の麗しい姿のまま銀月様は静かに佇み私の目を見つめる。


「いえ……もう、おばさんになりましたし。若い頃のような願望は――もう、消えてしまいました」


 初めて彼と会い、身体を重ね愛されたいと願ってから30年経っている。私はすっかり年老いて肌はたるみ、かさつき、シワも深い。


「銀月様は変わらないですね」
「お前たちと時間の過ぎ方が違う故、変化がないように見えるのかもしれないな」
「久しぶりにお目にかかってなんだか元気が出てきました。気持ちが若返った気がします」
「もう何も願望はないのか」
「願望――ですか……」


 何の恐れもなく反省することも後悔もしなかった頃を、瑞々しい若かった頃の自分を思い出す。あの頃は異世界へ転生し麗しい貴公子に溺愛されたいと単純にロマンチックなことを考えていた。そのあと銀月様に会い、心から愛され、叶わねば彼の子供が欲しいと願いここまできた。


「もっと若ければあなたにまた愛されたいと願うのかもしれませんね」


 ふっと笑んで銀月様は「今のままで愛されたくないのか」と問いかける。私はほのかに湧き上がる温かい感情を優しく受け止めるが以前の劣情にはならなかった。


「これではどうだ」


 銀月様は煙に巻かれる。もやもやした中を目を凝らしてみていると年老いた彼が現れた。


「え、ぎ、銀月様! その姿は……」
「うむ。私の時間を進めたのだ」


 若く麗しい青年の姿から渋いロマンスグレーの中年になっている。


「と、歳をとられても、か、かっこいいんですね」


 こんなカッコイイ男の人初めて見たと思った。きっと若い時に初めて彼に会った時もそう思ったはず。


「今のお前と釣り合うだろう」
「私のために……」
「時を進めると私にも乏しい感情が少しだけ深まった。今になってやっと気づく。お前を好いておる」
「えっ!」


 何を言われたのか全く分からなかった。『オマエヲスイテオル』この言葉を何度も頭で変換してやっと彼が私を好きだと言ってくれていることに気づく。
 嬉しさのあまり血圧が高くなってこのまま倒れてしまいそうだ。若い頃なら鼻血を出しているはず。


「あ、あの」
「お前の願いを叶えるために私は待っていた。ポイントは十分ある全ての願いが叶うだろう」
「す、全て……」


 年老いて深い感情を見せる銀月様がじっと私を見つめる。私、愛されてるの?


「何でも言うがよい。何の特技も持たずに生まれてそれだけの高ポイントを貯めるのは歴史上でも10人はいないだろう」


 どうやら普通の人は寿命までになんとか8万ポイント貯めて、天国と呼ばれる異世界に旅立つそうだ。


「私の願い……」


 蘇る若かりし頃の願い。銀月様の子供を産んで育てたい。らぶえっちの証を残したい。


「でも、私がいなくなると……」
「案ずるな。お前が行った功績は残り、お前の代わりがちゃんといる。もう今の世界が良いのならばこの世での願望をかなえてやろう」
「いいえ、いいえ。私はあなたに愛されたいと、愛されることが無理なら何か残るものが欲しかった。願いは若い頃と同じです」


 やっぱり気持ちは変わらない。環境の変化と時間で想いが薄れてはいたけれど。


「では叶えよう」
 目の前がぱっと白く眩しい光に覆われ私はぎゅっと目を閉じた。




 ――――――――






 若い頃に住んでいたアパートのベッドのうえで目が覚めた。


「あれ? めっちゃ長い夢おち?」


 うーんと背伸びをして時計を見ると7時半だった。


「あ、やばっ! 遅刻しちゃうよ」


 長い長い夢を見ていた気がする。


「自分が年取るとあんなふうなんだなあー」


 朧げな夢を思い出しながらパンをかじり、支度を急ぐ。出掛ける寸前にはもう夢の内容は忘れていた。


「さて、いこう」


 がちゃりとドアを開けると目の前に夢だったはずの銀月様が、麗しい袴姿で優雅に尻尾を揺らしながら宙に浮いている。


「ぎ、銀月様……」


 ぽかんとしている私に銀月様は手を差し伸べる。


「迎えに参った」


 まだ夢見てるのかな? 言われるままに差し出された手を取ると銀月様は私の身体をふわりと抱き上げ口づけを与える。
 甘い感触にこれは現実だとやっとわかった。


「こ、これは一体?」


 どこからどこまでが現実だったのだろうか?


「お前のポイントをすべて使った。これから一緒に年老いてゆこう。――異世界で」
「――! どこでも、異世界でも、天国でも、地獄でも、どこでもいです! 銀月様と一緒にいられるなら!」


 嬉しさのあまり身体が震え、涙が溢れてくる。その涙を銀月様は優しく指先で拭い、そっと囁きかける。


「まずは、らぶえっちからだったな」
「!!!」


 私はもう、悶死寸前です。






 終



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