浪漫的女英雄三国志

萩原 歓

30 呉の衰退

 劉備玄徳の死後、魂の抜けたようになっていた尚香を陸遜は辛抱強く支え、愛し、女人の装いのままそばに寄り添い抱いた。抜け殻のような尚香は彼のされるがままになり、夢か現かわからぬような日々を2年ほど過ごし、やがて懐妊する。


 新しい命が胎内に宿り、胸のむかつきや吐き気、気怠さを感じ、腹が膨れ内側から蹴られるような衝撃が彼女を現実に引き戻す。
その頃にはもう劉備の存在は薄れ、陸遜の辛抱強い愛情に気持ちは応えていた。しかしそれをなかなか素直に表現するには彼女の自尊心が許さず、無反応な態度から、反発するような態度をとってしまっていた。それも息子の陸抗が産まれて終わる。


 尚香が産気づいてから何刻も立つが一向に生まれる気配がせず、陸遜は部屋の外でうろうろと落ち着きなく歩きまわしていた。そこへ大気を震わすような赤子の、破裂音にも似た叫び声が聞こえた。


「旦那様! お産まれになりました!」
「よし!」


 陸遜は尚香をねぎらうべく彼女の側に駆け寄る。憔悴しきった青白い顔ではあるが、肌は輝き、瞳は喜びに満ちている。


「尚香……。大変であったな。よく、よく頑張った。ありがとう」
「あなた……」


 産婆から「御子息です」と赤子を抱かされ、陸遜は人目をはばかることなく歓びの涙を流し「私の跡継ぎである」と天に寿いだ。


 それから12年の年月が流れ、息子の陸抗は父の陸遜によく似た聡明さと、母の尚香に似た実行力を持ち合わせ、各地の名士から注目されていた。彼の成長と共に尚香の意固地な態度は緩和されていく。そして陸遜も女人の装いをすることはなかった。




 それからまた6年の歳月がたつと陸遜は呉の丞相となった。しかし君主である孫権の重臣による信頼が薄れた今、丞相であることは陸遜とって板挟みになることが必至であった。尚香も彼を支え、呉を衰退させてはならぬと奔走するが、呂壱の事件よりもさらに深刻な皇太子争いに巻き込まれて行ってしまう。この二宮事件によって陸遜を始め、多くの有能な人材を失った呉は衰退を免れないのであった。


 孫権の長子であった孫登が死に、その弟の孫和を皇太子とするが、寵愛する夫人の息子、三男の孫覇をも孫和と同格に扱ったため、孫和対孫覇という二派閥ができてしまう。陸遜はもちろん、長子である孫和を支持し、孫権に進言しようとするが孫覇派の重臣たちに阻まれ逆に追い込まれ左遷される。
 忍耐力のある陸遜でもさすがにこの仕打ちには我慢できず、とうとう憂いその生涯を閉じることとなった。


 尚香は彼の後を追おうと思ったが、『呉の、三国の行く末を見届けて欲しい』と言う彼の遺言に従う。愛する人を二度までも失った尚香は孫権が息子の陸抗に、陸遜の事を謝罪し彼を取り立てたのを見てから、諸国を旅するため、呉から離れた。


「あなた。またここへ帰ってきます」


 陸遜の墓に参り、まずはこれまでの戦の歴史を辿ろうと赤壁へ赴いた。陸抗に「見送りはいらぬ、個人的な感情は捨て身を立てよ」と言い残し長江を渡る。雄大な流れに、己の小ささを感じながら彼女はゆらゆら揺られ流れに身を任せた。

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