浪漫的女英雄三国志

萩原 歓

14 天子

 陶謙は劉備と話し合ううちにますます人徳の高さと、不思議な魅力に心酔し徐州を譲りたいと言い始めるが、劉備はそのようなつもりで援軍にきたのではないと断る。曹操は再度、徐州を狙おうと戦を仕掛けようとしたところ彼女の領地であるエン州を呂布が攻め込もうとしているという知らせを聞き、「おのれ! 匹夫めがあ!」と激昂し、徐州攻めを諦め、引き返す。曹操軍によって呂布はすぐに撃退されたとの報告により、陶謙はまた徐州を責められることにおののき病に倒れてしまう。
遺言のような形で亡くなった陶謙から徐州を譲り受けることになるが、敗戦して劉備を頼って落ち延びてきた呂布にその徐州を奪われる。




 その頃、都、長安では董卓の部下であった李カクが司徒、王允を死に追いやったのち横暴の限りを尽くしていた、董卓によって擁立された献帝、劉協は李カクから逃れ、洛陽へと戻っていた。側近の董承より献帝を救ってほしいとの書状が袁紹と曹操の元に届けられていた。袁紹は迷った挙句動かず、曹操は即断し徐州攻略の前に献帝を救出すべく洛陽へと向かう。


 廃墟となった洛陽に到着し、献帝は玉座であった場所に座り込む。幼いながらも才覚がありしっかりしている彼でも流石に空腹と疲労には勝てない。一緒になって逃げてきた宦官たちは息も絶え絶えで呻き、疲労して痛む足を押さえたりさすったりして横たわっている。


「もうここには董卓もいないが漢王室の欠片も残っていないのだ」


 献帝は飲まず食わずで流れない涙を流していた。
すると黒い人だかりが見え、宦官たちは李カクが軍を率いて追ってきたのだと思い震え出す。献帝だけはしっかりと見据えどうなろうとも皇帝の威厳を崩さぬと姿勢を正した。


「陛下! ご無事でしょうか!」
「誰ぞ」
「曹孟徳にございます」


 曹操は献帝の前にひれ伏し、「陛下万歳、万々歳!」と深く礼をする。


「おもてをあげよ」
「ありがとうございます。陛下をお救いしたく馳せ参じました。おい! こちらへ持ってこい!」


 ふわっと旨そうな匂いが漂いざわめきが起きる。


「早くしろっ」


 献帝の前に温かい肉汁が差し出される。


「おお! こ、これは!」
「どうぞ、火傷なさらぬようにお召し上がりください」
「ああ、これは、なんと美味いのだ!」
「たくさんありますので」


 曹操は宦官たちすべてに肉汁を配らせ、腹を満たさせ、身体を休ませ、人心地ついた頃に「ここはもう都としては復興できますまい。どうでしょう。まずは私の領地であります、豊かで安全な許に参りましょう」と反対の声をあげさせることが出来ぬように提案をする。軍勢とこの救出劇に献帝他重臣たちも反対することは出来ず従うほかなかった。早々に許へ献帝は連れ帰られ、曹操は彼の名のもとに思うがまま、詔を発布するのであった。




 許に献帝の屋敷を用意させ、曹操はほくそ笑む。


「愚かな袁紹、天子を手に入れようとせぬとは。更に愚かなのは玉璽なんぞ石ころに現を抜かす袁術か。孫堅の息子だけは見所があるかもしれぬな」


 献帝の前に姿を現す前に曹操は、こほんと咳ばらいをし着物を正した。


「入るがよい」


 頭をさげながら献帝の前に座り、そのまま床に額をつけ拝礼をする。


「おもてをあげよ」
「ははっ。陛下ご機嫌うるわしゅう。今日は一緒に詩文でも作りませんか」
「うむ。面白そうだな。庭の梅でも眺めて作ろう」


 二人は主従関係ではあるが師弟関係のようでもあり、聡明な献帝にとって知識人であり鑑識眼の高い曹操は憧れの人物でもあった。側近の宦官たちは曹操は董卓と同じく献帝を傀儡とし利用していると思い、非常に警戒し恐れた。
しかし実際曹操には献帝を教育し、たんなる漢王朝を受け継ぐ血筋としてではなく本当の意味での指導者に育て上げたかったのである。


「陛下。あなた様はどんな時でも迷ってはなりません。失敗してもそれを認めてはなりません」
「そうであるか? 孟徳よ。朕は失敗を失敗と気づくであろうか」


 独特の帝王学というべきものを曹操は献帝に仕込んでいく。そして彼が妃を娶る前に女を教えることにした。


「今日は大事なことをお教えします。天子にとって最も大事なものは何かお分かりですか?」
「最も大事なことか――なんであろう。教養も人徳も決断力も大事であろう? うーん。臣下であろうか」
「ふふふっ」


 毅然としているが未だ幼い献帝はあどけなく真剣に考え込んでいる。曹操は付け髭を取り、まとめた髪をおろし、胸元に忍ばせておいた紅をそっと唇に差した。


「も、孟徳?」
「お忘れでしたか? 私が女であることを」
「い、いや、知っておったが、そう改めてそのような姿を見せられると――」


 怪しい魅力と抗えない威圧感に献帝は息をのむ。


「大事なことはしっかりした跡継ぎを作ること。自分の意志を受け継ぐものを」
「よ、世継ぎか」
「まあ、私のようなものもおりますが、やはり息子を持たねばなりません。天子と言えども命に限りがある。せっかく作り上げた天下泰平を自分の代だけで失くしてしまうことを回避せねばなりません」
「なるほど。確かにそうであるな」
「また残念ながら天子という立場であられても妃の全て自身の好むものを置けるとは限りません。つまりどのような女人が妃でも抱き、息子を産ませることが必須なのです」
「そ、そのような言われ方をすると――朕にはあまり自信がないな」
「ふふっ。ですから私が房中術をお教えいたしましょう」
「房中術とな」
「はい。今日はまず私に全て身を預けてください」
「わ、わかった」


 こうして献帝はこれから皇后を迎えるまで曹操を抱き続けるのであった。




 献帝を得て、内部を安定させたのち曹操は徐州攻略に着手する。呂布と劉備を仲たがいさせるべく荀彧による『二虎競食の計』と『駆虎呑狼の計』が用いられるが失敗に終わる。
そこで曹操は一旦、徐州攻略を後回しにし、玉璽を孫策から手に入れ、「皇帝を名乗る袁術を討伐せよ」との勅命を献帝から各諸侯に発布させ出陣を促すが、応じたのは劉備だけであった。相容れぬ二人ではあるが曹操は唯一加勢に来た劉備を喜んで迎え、先鋒を切らせる。
曹操の猛攻を受け、袁術は寿春から、淮南に逃げ落ちる。


 追撃をする前に、劉備は拠点の小沛へ戻り、曹操も軍の立て直しを図ることにする。
束の間の休息に曹操と郭嘉の計略にはまり、今度こそ、劉備と呂布は仲違いをし、血の気の多い呂布に劉備は小沛を奪われ敗走する。呂布は曹操による水攻めと部下の裏切りにより、囚われ処刑された。こうして多彩な策がめぐらされた後、徐州は曹操のものとなる。



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