浪漫的女英雄三国志

萩原 歓

10 反董卓連合軍

 劉備、関羽、張飛の3兄弟はしばらく放浪したのち、学友であった公孫サン伯珪に声を掛けられ、身を寄せることになった。
公孫サンも黄巾討伐で功績をあげ、中郎将という地位を得ている。
同じ活躍でも得られる地位が違うことに張飛は文句を言う。


「俺たちだってあんなに活躍したのに、なんでい、扱いが違い過ぎる」
「伯珪は元々豪族の家柄であるからな」
「ふんっ。兄者は皇室の末裔ではないか」
「しょうがない。今はもう没落しておるからな」
「翼徳。また兄者を困らせて」
「だってよお」
「いいのだ。翼徳は私を思ってくれての事であるから。まあ伯珪のおかげで少し安住できそうなので感謝せねばな」
「まあ、そうか」
「我ら三人が一緒に居られることがなによりも幸せなことである」


 狭い寝台で三人は肩を寄せ合い眠り、天下泰平の夢を見る。


 都を追われた袁紹は董卓討伐を呼びかけ、各諸侯が一堂に会する。公孫サンも勿論招かれており、劉備に共に参ろうと誘った。劉備は十八鎮諸侯の一人ではないが、一己の将として参加したいと思い、公孫サンとは別に参ることにした。
しかし門番は三人組を軽んじ、中には入れてくれない。


「こちらにおわす兄者を何者と心得るのだ! 中山靖王劉勝の子の劉貞の末裔であるのだぞ!」
「はあーん? そんな立派な方がまたどうして家来が二人しかいないんですう?」
「馬鹿にしおってえ!」
「翼徳、よしなさい。良いのだ。ここに居れば董卓軍がやってくる。その時に私たちが打って出ればよい」
「兄者の言う通りだ。我ら三人、十八鎮諸侯の仲間にならずとも必ず活躍は出来るのだ」
「しかし、兄貴」


門番に馬鹿にされ張飛は我慢ができないらしく大きな眼をさらに大きく開ける。
そのやり取りを少し遠くから見ているものがいた。それは曹操孟徳であった。門番と睨み合う劉備たちの前にすっと現れ門番に「曹孟徳だ」と小柄ながら堂々とした風体で告げる。
曹操はちらりと劉備を見やり、関羽と張飛を一瞥し値踏みをする。劉備は自分と同じ匂いがするが何かが違う気がして興味をそそられる。そしては関羽と張飛は自分の配下である典韋と許チョとなんら劣らないと判断する。有能な人材に目がない曹操はこの三人組を無視することは出来なかった。


「私は曹孟徳と申す。あなたたちはこの反董卓連合軍に加わりたいのかな?」
「これはこれは董卓暗殺で有名な曹殿か。私は劉玄徳と申します。朝廷を揺るがす董卓を打つべく参加したいのです。しかし……」


劉備は自分の非力と関羽と張飛への申し訳なさを恥じ口をつぐむ。


「ふーむ。玄徳殿。あなたは漢室の末裔というお家柄。もちろんこの反董卓連合軍に加わるべきでしょう」


曹操は劉備の肩を気軽にたたき中へ入ろうと促す。


「曹将軍。そんなどこの馬の骨ともわからぬ奴らを信用するんですかい?」


門番は後で罰せられることを恐れ曹操に意見する。曹操は短いまばらな顎鬚をなでハハッと乾いた笑いをみせ「だからお前は門番止まりなのだ」とキッと自分よりも頭二つ分大きな門番を睨みつけた。
タジタジになっている門番に「私が責任を取る。お前は黙って門を開けるがいい」と門を開けさせた。


「さて、玄徳殿、それとお二方参りましょう」
「かたじけない」


こうして劉備たちは曹操孟徳の取り成しにより反董卓連合軍に加わることとなった。


 袁紹を始め曹操と公孫サン以外の鎮諸侯たちは劉備たちを冷ややかな目で見ていたが関羽が董卓軍の猛将・華雄を倒したことにより一気に好意的な眼差しに変わった。曹操は改めて己の鑑識眼を自負し、そして劉備の陣営を尋ねる。


「いかがですかな? 今回の活躍で家来も増えましたしますます活躍できるでしょう」
「これはこれは孟徳どの。このような待遇を受けるのもあなたのおかげです」
「いやいや。あなたの力の賜物でしょう」


 曹操はちらちら劉備を見ながら値踏みをし、このものをどうにか自分の配下に加えられないものかと思案していた。劉備もまた曹操は今まで出会った諸侯と一風変わった、しかしとてつもない力を秘めていると直感的に感じ緊張している。曹操は人払いをさせ劉備と密室で二人きりになる。玄徳は息苦しさを感じ、まるで曹操が大蛇のように思えた。


「玄徳殿。私には身近なものにしか知らせていないことがあるのだ」
「はあ」


劉備は自分よりも少し小柄な小男が何を言いたいのか分からなかったが、近づいてくる曹操に身体が硬直し身動きすることが出来ずにいた。


「私は玄徳殿が欲しいと思っているのだ」
「え……」
「ふふふっ」


曹操はバリと勢いよく糊で漬けられていた髭をはがし、漆黒の艶やかな髪をバサッと広げ劉備に迫る。


「あ、あなたは……」


にやにやと薄い唇を曲げ胸元を開け見た目よりもずいぶんと豊満な乳房を劉備に押し付けてくる。


「玄徳殿。私のものにおなりなさいな」


無理やり唇を重ね曹操は劉備の胸元を広げる。


「あっ! だ、め」
「これは……」


曹操ほどの豊かな膨らみはないにせよ劉備が女人であることは一目瞭然である。


「私とおなじでしたか。どうりで」


 さっと胸元を元に戻し「女人と分かった以上ご興味をそがれたでしょう」と落ち着いて襟を正すが、曹操は何も堪えない様子で「ふふふっ、男も女も変わりませんからな」と手を止めようとはしない。


「御無体はおやめください。あなたとはこれからの事を話しあえたらと思っているのです。他の諸侯とは出来ない話を」
「ふむ。それならそれでよいか」


あっさりと姿勢を正し曹操は気さくな様子で酒を劉備の盃に注ぎ、自分の盃にも注いだ。


「さて何から話し合いましょうか。せっかくですから腹を割って話しましょう。玄徳殿はなぜ男装なさってるのかな?」
「あなたとて女人が挙兵するとなると難しいのはわかるでしょう」
「まあ、そうですな。ただ私の場合女の身であることをひた隠ししているわけではないのですよ」
「ほう」
「漢の高祖、まああなたのご先祖様でもありますが、その高祖の妻、呂太后の所業はご存じでしょう。女人が権力を持つとそうなるであろうと懸念されるのが都合悪いのですよ」
「なるほど孟徳殿の言われることは一理ありますね」
「女人は細やかな神経を持っていますので痒いところにも手が届きますが、悪くなると目先の欲に走ってしまうのです。私は国を安んじたいと強く切望し有能な人材を常日頃求めてはいますが決して己が贅沢や享楽にふけるつもりはないのです」
「ふーむ。言葉に偽りはないでしょう」


劉備は曹操の話を感心して聞き、またその話がとってつけた偽りでないことは彼女の衣服が上等なしつらえではあるが袖口や襟元が補強され直され大事に着続けられていることで分かった。着るもの、持ち物、考え方一つ一つが繊細に大事に扱われているところはやはり女人らしい。


「玄徳殿なら私の言わんとすることが良く理解していただけると思う」
「ええ。はやく姦賊、董卓を討伐し、天子をお救いしたいものです」


国を安んじたいところは共通の想いであるが劉備の天子を救いたいという希望を聞いたとき、曹操の胸に違和感を覚えた。


「そうですな。あなたは特に漢室の末裔ですからそうお思いでしょう」


共感するふりをするがその実、曹操には全く天子を救いたい気持ちはなかった。ただ漢王朝400年の歴史の重みを無視はできないと考えている。劉備の邪気のない清廉潔白な瞳を見ていると曹操は彼女を配下に置くことは難しいと思い始めた。


「玄徳殿は漢王室そのものが衰退しているとは思いませんか?」
「そうですね。確かにそれは紛れもない現実ですが、漢の禄を食み恩恵を得ていたことを臣下が肝に
銘じ忠臣となれば漢はまたもとの正しい在り方に戻ると信じています」
「うーむ。やはりまずは漢在りきなのでしょうか。民を安んじるためには」
「そう願いたいものです」


 劉備は話し合えば会うほど曹操とは相容れないことがわかってきた。彼女とは目的のために個人の欲求など取るに足らないものであるところは非常に共感できたが、合理的すぎる彼女の考え方はどうしても受け入れがたかった。曹操の方も劉備の深情けともいえる情に苛立ちを感じる。どうやら二人は似て非なるもののようだ。それでも曹操は彼女と己のみがこの雑多な諸侯らの中で英雄であると知覚する。
 言葉が途切れ始めた頃、曹操が「有意義な時間を持てました。これでお暇します」となんら未練がないように立ち去った。潔く爽やかな曹操の後姿を見送り、劉備は彼女とは出来るだけ敵対したくないものだと思っていた。

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