いえいえ。私は元の世界に帰るから結婚は却下しますっ!

月宮明理

明かされる真相

 自分の体が発する光に目が覚めた。弱い光が私の体を包んでいる。
 この光には覚えがあった。

 ――この世界に来た時と同じだ。

 ルカ王子が出ていってからまだそれほど時間は経っていない気がするけれど、ルカ王子がマリンちゃんと結婚することを決めたことで、私はお役御免ということなのだろう。
 ようやく元の世界に帰れる。
 ホッとすると同時に、心残りに気がついた。

 ――シグルド。

 彼にもう一度会いたかった。

「姫香、帰る時が来たんですね」

 幻聴まで聞こえる。

「……姫香、聞こえていないんですか?」

 低く温かい声が、まるで現実の声のように聞こえる。
 …………本物?
 私は慌てて体を起こし、声の聞こえた場所――窓の方を見た。

「姫香……」

 いた。彼が、いた。窓を背に、こちらを見ている彼が。
 もう二度と会うことはないと思っていたのに。
 私は立ち上がり、そのまま彼の胸へと飛び込んだ。お父様を殺した人だと分かっていながらも、自分で自分を止められなかった。

「シグルド……会いたかった」
「僕もです」

 腕を回すと、細身のわりにがっちりとした体だということが分かる。
 これは現実。この世界が現実なのかはいまだによくわからないけど、今この手にある感触は本物だと分かる。私の作り出した幻なんかじゃない。ちゃんとここに存在する人だ。

「怪我は平気? 痛くない? ……ごめん、この前は……」

 背伸びをしてシグルドの髪に触れ、この前ビンを当ててしまった場所を撫でた。

「平気ですよ。もう痕もないでしょう」
「良かった……」

 私の体から発せられる光で見えるシグルドの顔。確かに怪我はもう見えない。

「あの……キス、してもいいですか?」
「ん」

 唇がやさしく重なった。この前のような一方的なものではなく、私のことを考えてくれているのが伝わってくるやさしくて温かいキスだった。
 長いキスを終えた後、彼は言った。

「貴女は……ルカ王子が好きだったわけではないんですよね。しかし、それなら何故ルカ王子と結婚しようと……この世界に残ろうと思ったのですか? あんなにも元の世界に帰りたがっていたじゃありませんか」
「それは……。………………ん?」

 答えようとして、色々な意味で言葉が詰まった。
 シグルドと一緒に居たい。そんなこと本人に直接言うのも恥ずかしい。
 でも、今は、そんなことよりも気になることがある。
 どうしてシグルドが、知ってるのだろう。私が『ヒメカ』ではない、と。
 誰にも知られないよう上手く隠してきたつもりだ。
 私の動揺を見て取ったシグルドは、困った顔で微笑んだ。

「もしかして、まだ気づいていなかったんですか?」
「え」
「とっくに気が付いているものだと思っていたんですがね。――僕が姫香をこの世界に導いた魔法使いです」
「え…………えええぇぇぇぇぇぇっ!」

 驚いた。それはもう、ものすごく。シロクマの肌が実は黒と知った時と同じくらいの裏切られた感。
 隠そうと思っていた相手が、隠し事を作った元凶だなんて……なんて馬鹿馬鹿しい。

「まぁ、魔法使いというのは正確ではないんですがね。僕にできる事は、手元にある魔力でヒメカをサポートすることだけでしたし……」
「魔力……ね」

 そういえば、前にシグルドは自分の髪の毛に魔力が宿っていると言っていた。
 ……シグルドが髪の毛を大幅に切ったのはいつだったっけ?

「もしかして……この石ってシグルドの……」

 私はポケットに手をつっこみ、魔法使いさん……いや、シグルドから貰った石を取り出した。
 よく見ればシグルドの髪と同じ色をしている。

「えぇ、それは僕の髪を切って形を変えたものです。……というか、姫香、その石まだ使ってなかったんですね」
「うん……。特に使い道もなかったし」

 マリンちゃんも無事に助かった今、特に叶えたい願いなんて…………あっ!
 私は頭によぎった願いを、そのまま口にした。

「この石使ったら、お父様生き返らないかな?」

 言ってから、しまったと後悔したのは何度目だろう。
 目の前で私を優しげに見つめるシグルドこそ、お父様を手にかけた張本人だ。彼にそんなことを言ったところで良い返事がもらえるとは思えない。
 しかしシグルドは、私の予想とは全く違った行動に出た。

「……その願いを叶えるためにそれを使う必要はありませんよ。見て下さい」

 シグルドの掌から、ふわりと光の玉が浮き上がる。

「それは……?」
「国王の魂……とでもいいましょうか。この世界で人として生きるために必要なものです。僕はこれを彼から抜き取ることによって、彼の生を奪いました」

 淡々と語られた彼の殺しの手口。おとぎの国らしい現実離れした方法だったので少しだけ恐怖心が和らいだ。
 とはいえ、彼の行為がもたらした結果が許しがたいものなのは間違いなく、不愉快な内容に変わりはない。
 私が眉を寄せたのが分かったのか、シグルドは苦笑した。

「そんな顔をしないでください、姫香。分かっていますよ。……さぁ、身体のもとへ」

 その不思議な玉はシグルドの手から離れると、迷いを見せずにまっすぐある方向へと飛んで行った。その方向にあるのは私のお城の方だ。

「これで彼は元通り動きだします。安心してください」
「……うん」

 殺した人間が改心してその相手を生き返した場合、お礼を言うべきなのだろうか?
 どう反応するのが正解なのか分からず、私は小さくうなずくことしかできなかった。

「管理者であっても命を奪うことはしてはいけないことですよね。姫香に言われて、気づきました。悲しい思いをさせて申し訳ありません」

 シグルドはうつむきながらそう言った。その言葉の中に気になる単語がある。

「管理者……?」
「えぇ。僕はこの世界の管理をしているんです。姫香の持っていた『人魚姫』の絵本そのものとして」
「絵本そのものって……」

 目の前の人間の姿をしたシグルドがあの絵本だとすぐに納得するのは難しい。
 困惑する私を笑顔で見つめながらシグルドは話を続ける。

「信じられないかもしれませんが、本当のことなんです」
「……分かった。でも、どうして? どうして私をこの人魚姫の世界に連れてきたの?」

 実はずっと疑問に思っていた。どうして私をこの世界に連れてきたのか。

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