いえいえ。私は元の世界に帰るから結婚は却下しますっ!

月宮明理

さよならは突然に

 シグルドに思われているどこかの馬鹿について考えていると、時間は驚くほど早く過ぎていった。
 数十分したのち、シグルドが部屋に戻ってきた。その表情はかなり暗くひきつっている。

「どうしたの? 何かあったの?」
「落ち着いて、聞いてくださいね」

 シグルドは平坦な口調でそう言った。

「国王様が、何者かの手によって――暗殺されました」

 何を言っているのか全く理解できなかった。
 暗殺……?

「ど……ゆうこと……?」

 感情が、理解することを拒んでいた。
 違う。本当は理解できてしまっている。でも、言葉にはしたくない。認めたくない。

「国王様が……死んだんです」

 シグルドは目を伏せつつ、そう言いきった。

「う、そ……」
「残念ですが……本当のことです」

 思考がお父様で埋め尽くされた。
 理不尽で頑固で、そのうえ浮気者。なにより本当の、本物の父親ではない。なのに、どうして――

「……悲しいですか?」
「うん……」

 胸に、大きな喪失感がある。

「お父様に何が起こったのか、詳しく話してくれる?」
「――はい」

 短い返事の後、シグルドは淡々と語りだした。
 ――事が起こったのは昨日の夜……というか今日の夜。普段、お父様の寝室の前には二人の兵士が立っていて夜通し警護を行っている。今日も例外ではなかった。
 その兵士たちの話によると、お父様の部屋に入った人はいなかった。二人別々に話を聞いたらしいが、気になる不一致は出てこなかったので間違いはないとのこと。
 逆に、お父様自身が部屋から出た……ということもない。
 朝になり、いつもは早起きのお父様が中々起きてこないことを不審に思った兵士の一人が、お父様の寝室を訪れたら……すでに亡くなっていた。
 目立った外傷はなく、誰かと争った様子もないことから、寝ている間の暗殺、という見解に落ち着いた――
 シグルドもショックを受けているはずなのに、冷静にポイントを絞って話してくれた。

「――そうなんだ」
「……はい」

 あるべくしてある沈黙。私には何も言う気力が起きなかった。



 二日後、葬式は城の中で一番大きな部屋で行われた。
 この世界には写真なんか存在しないので遺影はない。代わりと言ってはなんだけど、かなりの数の花が供えられていた。ものすごくたくさんの花に囲まれた場所に、お父様は棺に入って眠っている。
 フローラさんは棺にすがりついて泣いていた。この前ようやく仲直りできて、やっとまた二人で人生を歩みだす……その矢先の出来事だったのだ。
 私は犯人が許せなかった。
 お父様は国王様だ。誰かから命を狙われることもあるだろう。しかし、そんな理屈じゃ納得できない。

「ヒメカ……」

 静かに私を呼ぶ声。振り向くと、そこにはルカ王子がいた。
 この前合った時のようにきらびやかな服ではなく、黒くて飾りの少ない洋服だった。
 いままで国交はあまりなかったそうだが、婚約を結んでいる最中という微妙な関係の今、王族であるルカ王子が弔問に来るのは当然と言える。

「こんにちは、ルカ王子。私に何か用事?」
「いや……その、なんていうか……」

 歯切れの悪いルカ王子。おそらく、私を慰める言葉を探しているのだろうが、気の利いた言葉が浮かばないのだ。

「――ルカ王子、ありがとう」

 私はルカ王子の言葉にならなかったなぐさめを受け取ってお礼を言った。

「なっ! まだ、何も言ってないぞ」
「言おうとしてくれたことが嬉しいの」

 静かに曲が流れ始めた。
 のっぺりと伸びるような音……おそらくオルガンで演奏しているんだろうけど、それにしても――

「暗い曲」
「葬式で明るい曲流すわけにもいかないだろ……」
「……うん」

 それはそうなんだけど、ね。
 暗い気持ちに、暗い曲。相乗効果で、どんどん、どんどん、気分が沈みこんでいくような気になる。
 明るい曲とはいわないけれど、もう少し……こう、聖歌のような神聖で前向きな曲を選んでほしかった。

「ヒメカ、ちょっといいか?」

 いきなり腕を掴まれた。

「ルカ王子?」

 ルカ王子は真剣な瞳で私を見ている。

「少し話がしたい。……誰にも邪魔されずに話ができる場所に案内してくれ」

 国王様の葬式はたくさんの人が来るから、基本的に出入り自由だ。
 やってきた人たちはお父様の遺体の前で、順々にお辞儀をして、来客同士で色々話をしてここを出ていっている様子だった。
 だから私が出ていっても問題ないだろう。私はコクリと頷いた。

「ついてきて」

 向かう先は私の部屋。あそこなら内側からカギをかけてしまえば、誰も入ってこられない。話をするにはうってつけの場所だ。
 私たちは足早に部屋へと向かった。

 ――それは、パタンとドアが閉まると同時だった。

 がっちりした腕が私の背中にまわり、顔には程よい筋肉の感触が押しつけられた。すぐ近くで、さわやかな匂いがかおる。
 私は部屋に入るなり、ルカ王子に抱きしめられたのだ。

「ル、ルカ王子……?」
「ヒメカ、我慢しなくていいんだぜ?」

 と彼は優しい声で言った。

「無理するなよ。泣きたい時は泣いた方がいい」

 私を包み込んでいる腕に力がこもる。

「何言って――」

 言い終わらないうちに涙が込み上げてきた。
 自分でも信じられなかった。
 お父様の死は確かに衝撃的だったし、悲しかった。
 けれど、本当のお父様ではないのだ。あくまでもこの世界でのお父様だ。だから、まさか自分が泣くほど悲しんでいるだなんて――知らなかった。

「……っく」

 押さえがきかず、せり上がってきた声が漏れた。
 涙を受けとめてくれる人がいることは、すごく幸運なことだ。私はそれを心から感じた。
 溢れだした涙が、ルカ王子の服にしみ込んでいく。
 しかしそんなことを気にすることもなく、黙って抱きしめてくれるルカ王子。

「ご、ごめんっね……。すっぐ……と、止めるっ、から……」
「……気にすんな。泣きたいだけ泣けばいい」
「……っん。……っり、がと」

『ありがとう』という言葉すら言えない。悲しさと悔しさが作り出す涙が邪魔をする。
 どうしてお父様が殺されなければならなかったのだろう。いったい犯人は、お父様の死にどんな意味を見出していたのだろう。
 考えても分からない。人殺しの思考なんか理解したくはないが、考えなければ真相にはたどり着かない。
 私は犯人を絶対に許さない。見つけ出して、どうしてお父様を手にかけたのかを白状させてやる。

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