深海から助ける魚になりたい。

幸夜曇

第9話 頼ってばかりの僕と頼られてばかりの彼

ゴールデンウィーク中に迎える5月の最初の方というのは、迫り来る授業ばかりの日々を思い出さされて辛いものだ。それは毎年そうなのだが、特に天皇退位・即位があり1週間以上の休みになっている今年は特に。きっと「嗚呼……」とベッドで呟く事になるのだろうと昨年から思っていた。
だが、今年は違う。渡辺わたなべさんに出会ってからずっとそう思ってきた。再開する学校が楽しみ過ぎて、スマホのカレンダーに「渡辺さんに会えます」と10回は打ったくらいだ。

好きなロックバンドの最新曲を聞きながら英単語帳を軽く読んでいると、音量が下がった瞬間に某メッセージアプリの通知音が耳の入り口で鳴った。
メッセージの送り主はしゅんのようだ。「今から駅前で会わね?」と、はたから見たら自分勝手だと思う一文。だが、この連休が目と鼻の先になった頃、突然呼び出すかもしれないと言っていたので、今日か、と思うくらいだ。
特に用事もないし、行くか。


「ごめんかのう、用事とかなかったか……?」
「大丈夫やで、この連休用事皆無」

あ、さっきの文字に起こしたら中国語っぽいかな、なんて思いながら、自分より少し背の高い彼の顔を見続ける。
ならよかった、と安心する瞬。

「とでも言うと思ったか!! 渡辺はどうした渡辺!!」
「うっわぁ!?」

いきなり早口で、しかも大声で言われたもんだから心臓止まるかと思った。まるでカクカクした立体的な文字が上から時速160キロメートル前後で降ってくるようだった。

「良いか、次の長い休みは2ヶ月以上先なんだぞ? ゴールデンウィーク中にデートしないでいつするんだ」
「デートって……だって、人を何かに誘うの苦手やし……」

おいおい、そんな事言ってたらただの同級生のまま卒業式でバイバイだって。と呆れた声で言われた、僕はこんな事言われる為だけにここに来た訳じゃないんだけど。
デートはただただカップルが手を繋いでイチャイチャしてるのを非リアに見せつけながら歩いている事だけじゃなく、恋人じゃなくてもそう呼べるという事は分かっている。だが、渡辺さんとは、瞬がきっかけを作ってくれた2回の昼休みと勇気を振り絞って話しかけて一緒に帰った1回、合わせて3回しかまともに話していないのだ。そんな人からいきなりお出かけしようなんて言われたら気持ち悪いと思うに違いない。

「はぁ……渡辺の連絡先あげようかなぁ??」
「え、持ってるん!?」
「いいや? ダチに持ってる奴がいるだけ。頼めばQRくれるんじゃね」

そう言ってレザーの手帳型ケースに包まれた薄っぺらい機械を操作し始めた瞬。わずか5分程で「おっ」と声を出し、液晶画面を見せてきた。
強いブルーライトを放っているそれが映し出しているのは紛れもなく、ピクセル単位で黒と白が複雑に配置されているQRコード。

「大丈夫なん、繋がりが薄い人間が勝手に登録して……」
「本人の承諾が得られたらしいし大丈夫だろ」

なら良いけど、と呟いて自分のスマホでそれを読み取る。本当に大丈夫なのかな、と何度も言ったが、内心嬉しい。
本当に、彼には頼ってばかりになっている。

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