幸野曇の気まぐれショートショート集

幸夜曇

愁いを知らぬ鳥のうた




____僕は幼い頃から、彼女の歌を沢山聴いてきた。


彼女とは幼稚園が同じで、物心ついた時には既に仲良しだった。

彼女はいつも明るい曲を書き、明るい曲をカバーし、元気に唄った。

その歌達は多くの人に褒められ、認められた。

彼女は、不快や嫌という言葉を知らず、災害にも遭わず、家族・友人に恵まれていた。


僕はそんな彼女の事が好きだし、羨ましく思っている。

だが、反感を抱いていたのも事実だ。


十代にもなっていない人間としては複雑な感情を持ちながら、僕は大人になった。

彼女も大人になった。


彼女は成長していく過程で、愁いという言葉を知った。

経験も豊富になった。


そして今、僕は相方として、恋人として。

彼女の隣にいる。


飛貴あすき、ここのギターソロなんだけどさ……」

「あー、そういえばこの曲の事考えずに弾いてたなぁ……不自然だよね、ごめん」

「いや、すごい良いと思うよ!! 強いて言うなら、ここをこうした方が……」


今話し合っているのは、今度のアルバムに入れるオリジナル曲のギターパートの事だ。

昔の彼女からは考えられない程切なく、人々の心に刺さるであろう曲。

そして、僕のギターと彼女の歌声にマッチにしている曲でもある。


いつの間にか、彼女が音楽をやる目的が変わっているような気がする。

幼少期は、自分が楽しいから。

今はきっと、人を楽しませたいから、人々の心に届くような音楽を作りたいから。


「よし、早速合わせてみよ!!」

「分かった。突然だから、失敗しても許してね。心鳥ことり


あはは、と笑ってからメトロノームの調整をした彼女。

やっぱり好きだ、なんて思う。


演奏中、すぐ近くで聞いた心鳥の歌声。

それは哀愁を感じるものだった。

けれどやっぱり、幼い頃の面影もあり、成長したのだなと思わせるものでもあった。


愁いを知らぬ鳥は、もう彼女と僕の心の中だけにあるのだろう。


けれどその鳥のうたは今、僕の心の中で流れている。

彼女の、愁いを知った鳥のうたとハモるかのように。

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