元アイドルヲタが魔王を倒したんだが、ご褒美として前世を性転換してやり直せることになった話

旅猫

1

 

「はぁ、はぁ、やっと終わった…… 」

 ここは地球のどこか、ただの人間には見えない場所。そしてそこは世界を支配しようと暗躍していた、魔王と呼ばれる者の根城でもあった。

 今まで一度も陥落することのなく、地球上の生物とは思えない異形な生き物達が蔓延っていたこの城は、今日この時をもって崩壊の一途を辿ることとなった。

 その原因とも言えるのが王の間に立つ一人の青年。片手にしっかりと握られた聖剣が、彼が魔王を打破したのだということを知らしめていた。

 そんな青年の目は、先程倒したばかりの魔王の亡骸にも、魔王打倒に沸く仲間達にも向いておらず、どこか遠くを見つめていた。心にあらずといった顔だ。

 ただ口からは怨念のようにボソボソと何かを発していた。

「おい見ろよ、ヒカルのやつせっかく魔王を倒したっていうのに、またいつものボソボソやってるぜ」

「もうどうしようもないわよ。はじめて会ったときからずっと暇さえあればアレよ。ほっときましょ」

「それもそうだな…… にしても残念だよなぁ、あんなに容姿が整ってて背も高くて、ちょっと女の子に話しかければ誰でもイチコロなのによぉ」

「ムリムリ! だって私、ヒカルが最初に会ったときに一目惚れしちゃったのは覚えているでしょ? それで何度もアタックかけたのに振り向くどころかリアクション一つ起こさないのよ。アレはもう病気の類よ! さぁさぁ、いつも通りなら後二十分はあのまんまだし先に戻ってましょ」

「コリー、仮にも『魔王を倒した者』だぜ…… もう少し気にかけてやれよ。しかも一応お前、あいつの婚約者だろ」

「その話はしないでレイ! あれはパパが勝手に言っただけよ! はぁ、憂鬱だわぁ。どうせならこのまま冒険続けばいいのに。そうすればあいつじゃなくてあなたともう少しいられるでしょ 」

「はぁ、その話は勘弁してくれコリー。とにかく戻るか…… おい、ヒカル先言ってるぞぉ!」

 レイとコリー、二人の仲間が立ち去ってもヒカルはそのままボソボソ言いっ放しだった。

 実はヒカル、二人の話が聞こえていないわけではない。

 それどころか内心では会話に入って心の中だけで突っ込んだりなんかはしている。ただコミュ障なだけで言葉を発してないだけなのだ。そして自分が何かボソボソ言っているという自覚もない。毎回暇さえあればボソボソ言ってる云々と言われたときも、ヒカル自身からすればクールを装って佇んでる、ただそれだけのはずなのだ。

 では、いったい何が口から発せられているのかというと、

「るーなちゃん! るーなちゃん! るなにゃんいっちばんかわいいよぉ! ! 言いたいことがあるんだよ! やっぱりるなはかわいいよぉ! 好き好き大好きやっぱ好き! やっとぉ見つけたお姫様ァ! 俺が生まれてきた理由! それは瑠奈に、出会うため! 俺といっしょに人生歩もう世界で一番愛してる! ア・イ・シ・テ・ル瑠奈ちゃぁああんん…… 」(一貫して小声)

 それは彼という人間の本能であり反射的なものであり、こんな冒険を強いられたことによりヲタ活を強制終了された男の呪いの言葉であった。本能の奥底に深く染みこんだそれは、例え地球の果てにいようと抜けることは全くなかったのだ。

 ただし、魔王をたおした今日のボソボソは、少しいつもと変わっていた。

「フヒッ! やっとだ! やっと戻れるぞぉ! 瑠奈ちゃんまっててね! グフッ! あぁ、あの糞神早く来ねぇかなぁ、今日ばかりはあいつが来るのが待ち遠しいわぁ。まじ早めで」(一貫して小声)

 そう、ヒカルはこの冒険を強いられた時に神と約束していた。魔王を倒したらこのばかげた生活から元の生活に戻れると。ヒカルはそれを心待ちにしている。

 ……しかし、神は元の生活に戻れると言っただけで、何もかも同じ状態で戻れるとは言っていない、ということをヒカルはまだ気づいていない。それはまた次のお話し。



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