こちら、ヒュードロイド心療所。

有汐けい

「後悔」それはヒトたらしめるもの

(はぁ…やってしまった。なんであんなこと言っちまったんだ…)
 通学路を歩きながら僕は先程の自分の言動を後悔していた。
 
(千鶴さん、ごめんなさい…)
 
 千鶴さんは母さんが交通事故で死んだ翌日も悲しい顔など見せずにいつも通り、台所で朝食を作っていた。
 
 お父さんや兄貴はそんな様子を見て「あんなに頼子(母さん)が可愛がっていたのに、悲しい顔一つしないなんて、なんてヤツだ!あんなのが家にいるなんて…」そんな言葉を吐いていた。
 
 悲しまない?…そりゃ、当然だろうー。
 だって、千鶴さんはアンドロイドなんだから…。
 
 僕は逆に彼女がいつもと変りなく行動してくれたことで、母の「死」ということをあまり意識しないですむことができた。
 母が生きている時の僕は友人の家に遊びに行ったりすることが多く、家に帰宅しても千鶴さんと会話することなんてほとんどなかった。ご飯や家事をしているということ以外に彼女に興味など示さなかった。
 
 ーそう。僕は当時、彼女を「《《モノ》》」として認識していた。
 
 しかし、彼女がスマートデバイスのような「モノ」でないと理解する日がきた。
 
 あれは、母さんが死んだ翌月…千鶴さんがメンテナンスから帰宅してきた日だった。
 千鶴さんと一緒に作業服を着た人間が家に入ってきて父と話していた。
 
「メンテナンスは無事に終了しました。一つバグがありましたがそれも一日だけで、それ以降は出ていないので問題はないと思います」
「バグ?」
「えぇ…なにやら、この9月20日という日にいくつか繰り返し再生されていた映像がありました」
「な、なんだって⁉な、なにをアイツは勝手に再生していたんだ!!」
 そう言うと父は作業着の男が見せた映像を食い入るように見た。
 
 しばらくすると父は突然泣きながら、リビングに立つ千鶴さんの肩を強く掴むとゆすって叫び出した。
「なぜ、お前はこんなことをしたんだ!!頼子との映像を再生していただなんて《《ヒト》》と同じじゃないか!!!お前はアンドロイドなんだ!人間みたいなことをするんじゃない!」
 電源の入っていない千鶴さんは抵抗することなく父の言葉を聞いていた。
 
 作業員が「壊れますから…」と言うと父は冷静さを取り戻したが、作業員が電源を入れて家を出て行ったあとは、仕事があるといって会社へ行ってしまった。
 
 リビングに一人残された僕は、椅子に座る千鶴さんの前に立った。
 
 そして、彼女に尋ねた。
「なんで、お母さんがいなくなった日にお母さんとの映像を流してたの?」
 
 しばらく考えていたのか、少しの間があったあと、彼女は口を開いた。
「私にも分からないんです。何故、あの日それらの映像が再生されたのか…。」
 
 その言葉で僕は彼女はそこらへんの《《モノ》》とは違うものだということを知った。
 
 それ以降、僕は彼女に学校であったこと、友達と喧嘩したことなど色々な話をするようになった。
 そもそも父は終電帰り、高校生だった兄は部活や塾と…僕は学校から帰ってから21時までは基本的に千鶴さんと二人きりだった。
 千鶴さんは小学生だった僕の話を楽しそうにたまに笑顔を見せながら相槌をうったり、悲しい時があったときは頭をなでてくれたり、お笑い番組を見て一緒に笑ったりもした。
 表情や感情などのプログラムやAI技術などがそうさせていたのだろうが、当時の僕にそんなのことは分からなかった。いつしか僕は完全に彼女が「ヒト」にしか見えなくなっていた。
 そして、千鶴さんは「姉」だという風に思うようになっていた。
 
 しかし、千鶴さんが「姉」などではない現実を中学校に入り思い知らされた。
 
 中学一年生の夏休み、僕は千鶴さんと海に来ていた。
 千鶴さんがテレビの花火大会特集を見て、「本物の花火は見たことがない」と言ったので僕が無理やり連れ出して二人で見にきたのだ。
 
 花火が始まる少し前、階段に座っていると人込みの中からクラスのウザイ男子グループが現れて、僕たちの方に近づいて来た。
 
「あっ、加藤じゃん」
「大人のお姉さんとデートとかやるじゃん。…とか思ったけど…マジかよ…引くわぁ…アンドロイドだわ」
「アンドロイドと花火デートとか…ダサッ!」
「あぁ~…俺、こういうのマジ無理だわ。ロイドにガチ恋とか…」
 そう言い放つと大声で笑いながら、去っていった。
 
 僕はあいつらに何も言い返せなかった。
 だって、僕が「姉」と思っていたのは、他者から見たらただのアンドロイドということは事実なのだから。
「一樹、大丈夫?」
 俯く僕を心配して、隣で首を傾げる千鶴さんの左手首には緑に輝くリングがあった。
 
 ーこんなリング無ければいい!!こんなものがあるから!!
 
 その時、僕は心の底からそう思った。
 
 最高の思い出になるはずだった花火大会は最悪のかたちとなった。
 その花火大会以来、僕は千鶴さんを《《姉》》などではなく《《モノ》》だとして見るように距離を取った。
 しかし、アンドロイドである千鶴さんはそんな思春期の男の気持ちなど理解できるわけもなく、彼女はいつも通り僕に接してきた。
 
 しかし、一度芽生えた「ヒト」というフィルターはどんなことをしても取れはしなかった。
 千鶴さんが話かけてきても僕は気のない返事をしたが、その度に彼女の方を見ると悲しい顔をしているような気がした。その顔を見ると心臓をナイフで刺すような痛みに襲われた。
 
(千鶴さんと今までと同じように話たい)
(今更、モノとして見るなんて無理だ)
 これが中学生の僕が思っていたことだった。
 
 しかし、高校生になった僕の彼女に対する気持ちは少し変わっていた。
 
 学校に着くと友達の康介が話かけてきた。
「うぃ~す。一樹。こないだの件、親父がOKしてくれたぜ」
「ありがとう。本当、助かるよ」
 魚屋の息子である康介に僕は数回のアルバイトをお願いしていた。
 
「一樹。そんな金に困ってんの?大丈夫かよ…」
「まぁ、そこまでではいないんだけどさ、ちょっと買いたい物があるんだけど…ほんの少し手持ちが足らなくて…」
 それを聞くと康介は少しだけ真剣な表情をして僕を見た。
「まさか…お前、もう少しでクリスマスだからって、俺に黙って彼女とか出来てないだろうな!!」
 首に腕を絡ませてくる康介に「ない、ない」と僕は答えた。
 じゃれていると空腹が僕を襲ってきた。
 
(はぁ…千鶴さんの朝食食べればよかった…)
 
 そう思っていると始業のベルが鳴り、いつもの高校生活が始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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