箱庭の神様

葉月+

土地神様の花嫁御寮 06

「私の、恐怖?」
 心臓の代わりをする目玉。
 あるいは、その目玉から絶えず注がれている魔力そのものが、私の感情を叶に伝えている――。

 そういう可能性に、はたと思い至って。矢も盾もたまらず、指先に引っかけるよう、かろうじて取り持っていた抜き身の太刀をその鞘諸共放り出す。
「私の心を読んでるの」
 代わりに握りしめたのは、目端にたっぷりと涙を湛えた叶の胸倉。
 ぱちりぱちりと、その目が忙しなく瞬いた拍子。零れる涙は、魔性としての叶がその身に宿す魔力の質の高さを証明するよう、透明な結晶に変わってと落ちた。
「心というか……お前の『感情』が、私にとっての食事だから。これだけは、お前がなんと言ってもやめてあげられないよ」
「感情が、食事?」
 思いがけない事実。その告白に、喉元まで迫り上がってきていた不快感が霧散する。
「血に混じる霊力まりょくじゃなくて?」
「違うよ。……そう思ってたの?」
「私の血を吸いたがるから」
 どうやら。先代鬼王の件に引き続き、とんでもない勘違いをしていたらしいと気がついて。私はひとまず、理不尽としか言いようのない両手から叶を解放した。
「お前が私の血から魔力ちからを得るように、私もお前の血から感情かてを得るんだよ」
 振り返ろうとする私を簡単に手放して、それきり。機嫌を伺うようそれとなく体へ添えられたままになっていた腕にすかさず抱え直されても、されるがまま。そんな私の内心なんて、すっかりわかりきっているのだろう。叶はここぞとばかり甘えつくよう、私の頭に頬をすり寄せた。
 その姿がネコ科の動物を模していたら、盛大に喉でも鳴らしていそうな勢い。
「お前……もしかしなくても、未だに私の式なのね……?」
「そうだよ?」
 人としての私が死んで、生きるための魔力を叶に依存している現状。叶が私を依然として主人であるかのよう扱うことに、強烈な違和感を感じていた。
 その答えとして、これほどにわかりやすい理由もない。
 従属の対価が魔力でないのなら、人としての私が死んだこと――私由来の霊力まりょくの喪失――が叶との契約に影響を及ぼす道理もなかった。

 今の君に愛されようと思ったら、ああいうものに生まれ変わるしかないだろう――?

 暗示をかけられそうになった夢の中。鬼王谷に聞かされた叶の「本質」を示す言葉が、笑い混じりの声でリフレインする。
 徹頭徹尾、私にとって都合がいい。私が叶と名付けた人外は、そういうふうに生まれ直した鬼王の成れの果て。
「お前がお前である限り、私は永遠にお前だけのもの」
 その意味が、ようやくはっきりとわかった。

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