箱庭の神様
土地神様の花嫁御寮 03
「――香夜子」
慈しむよう、柔らかく。微睡み揺蕩う意識に呼びかけられて、目を向けた先。
確かなものなんて何一つない夢の只中で、きらきらと銀色の光が輝く。
「君を傷付けようとする奴は、俺がぜーんぶ殺してやる。だから君は、何も怖がらなくていいんだ」
「だれ……?」
「君の護法神」
私の護法神。
そう言われて、真先に思い浮かんだのは、顔さえ知らない鬼の名だった。
「きおう、さま?」
ゆるゆると、姿の見えない誰かに頭を撫でられている。その心地良さが、私に深く考えることを許さない。
「なんだ、やっぱり俺のことを信じているんじゃないか。君は本当に嘘吐きだな。……そういうところも憎たらしくて可愛いが」
「でも、鬼王さま、しんじゃったって……」
思いついたそばから口を飛び出して行く言葉は、私の感情のままに響いた。
「俺が君をおいて死ぬわけないだろう」
「それじゃあ……叶は?」
「あれも俺さ。俺の一部だ。俺のことなんてすっかり忘れた今の君に愛されようと思ったら、ああいうものに生まれ変わるしかないだろう?」
「わたし……?」
「言っておくが、俺が君に触れるのを許すのはあれが俺でもあるからだ。君が他の誰を選んだって、君を抱かせはしなかった。これまでもこれからも、君に触れられるのは俺だけだ。……だからもう、あの時のことを思い出して泣くのはやめてくれ。怖い思いをさせたのは謝るし、もう二度と誰にもあんなことはさせないから。いつまでもあんな奴のために君の心を割かないでくれ」
「あのとき……」
「――あっ」
ばさりと、大きな布の翻る音がして。きらきら輝く銀色を、漆のような闇が遮る。
「なにしてる」
低く抑えられた声音は聞き慣れない。それでも、その声の主を、私は知っているような気がした。
「叶?」
何もかもが不明瞭な夢の中。ありもしないのに伸ばした腕が、ふわふわと掴みどころのない闇を掻く。
「叶、どこ?」
ゆらゆら、ゆらゆら。
いつまで経っても触れられないもどかしさと心細さに、声が震える。
「叶……」
「――ここにいるよ」
声は、すぐ傍から聞こえていた。
誰かの腕が、私を抱きしめる。なのに私からは触れられなくて。体にぐるりと回された腕を、ほんの少し掴むことさえままならなかった。
「お前のすぐ傍にいる。だから泣かないで。――かなで」
「馬鹿!」
どうしてと、考える。頭にかかった靄の晴れる切欠は、香夜子ではないかなでの名前。
「その名で呼んだら、せっかく結んだ術が――」
魔力を纏わせ、振り抜いた腕が解けかけた術の残滓を払う。
ぱちんっ、と水泡の弾けるような音を最後に、まやかしの夢は崩れて消えた。
「――術が、何?」
叶に体半分、抱えられながら横たわる私のすぐ傍に、きらきらと輝く銀色の正体は座り込んでいた。
それは叶とよく似た、美貌の少年で。
その姿形とは裏腹に、叶とはかけ離れた気配に混ざる異質な魔力の正体を、私は今更誰に教えられるまでもなく知っていた。
「鬼王谷」
慈しむよう、柔らかく。微睡み揺蕩う意識に呼びかけられて、目を向けた先。
確かなものなんて何一つない夢の只中で、きらきらと銀色の光が輝く。
「君を傷付けようとする奴は、俺がぜーんぶ殺してやる。だから君は、何も怖がらなくていいんだ」
「だれ……?」
「君の護法神」
私の護法神。
そう言われて、真先に思い浮かんだのは、顔さえ知らない鬼の名だった。
「きおう、さま?」
ゆるゆると、姿の見えない誰かに頭を撫でられている。その心地良さが、私に深く考えることを許さない。
「なんだ、やっぱり俺のことを信じているんじゃないか。君は本当に嘘吐きだな。……そういうところも憎たらしくて可愛いが」
「でも、鬼王さま、しんじゃったって……」
思いついたそばから口を飛び出して行く言葉は、私の感情のままに響いた。
「俺が君をおいて死ぬわけないだろう」
「それじゃあ……叶は?」
「あれも俺さ。俺の一部だ。俺のことなんてすっかり忘れた今の君に愛されようと思ったら、ああいうものに生まれ変わるしかないだろう?」
「わたし……?」
「言っておくが、俺が君に触れるのを許すのはあれが俺でもあるからだ。君が他の誰を選んだって、君を抱かせはしなかった。これまでもこれからも、君に触れられるのは俺だけだ。……だからもう、あの時のことを思い出して泣くのはやめてくれ。怖い思いをさせたのは謝るし、もう二度と誰にもあんなことはさせないから。いつまでもあんな奴のために君の心を割かないでくれ」
「あのとき……」
「――あっ」
ばさりと、大きな布の翻る音がして。きらきら輝く銀色を、漆のような闇が遮る。
「なにしてる」
低く抑えられた声音は聞き慣れない。それでも、その声の主を、私は知っているような気がした。
「叶?」
何もかもが不明瞭な夢の中。ありもしないのに伸ばした腕が、ふわふわと掴みどころのない闇を掻く。
「叶、どこ?」
ゆらゆら、ゆらゆら。
いつまで経っても触れられないもどかしさと心細さに、声が震える。
「叶……」
「――ここにいるよ」
声は、すぐ傍から聞こえていた。
誰かの腕が、私を抱きしめる。なのに私からは触れられなくて。体にぐるりと回された腕を、ほんの少し掴むことさえままならなかった。
「お前のすぐ傍にいる。だから泣かないで。――かなで」
「馬鹿!」
どうしてと、考える。頭にかかった靄の晴れる切欠は、香夜子ではないかなでの名前。
「その名で呼んだら、せっかく結んだ術が――」
魔力を纏わせ、振り抜いた腕が解けかけた術の残滓を払う。
ぱちんっ、と水泡の弾けるような音を最後に、まやかしの夢は崩れて消えた。
「――術が、何?」
叶に体半分、抱えられながら横たわる私のすぐ傍に、きらきらと輝く銀色の正体は座り込んでいた。
それは叶とよく似た、美貌の少年で。
その姿形とは裏腹に、叶とはかけ離れた気配に混ざる異質な魔力の正体を、私は今更誰に教えられるまでもなく知っていた。
「鬼王谷」
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