箱庭の神様

葉月+

土地神様の花嫁御寮 02

「ごめんね」
 首元へ突き立てられた牙が、溢れる鮮血――私の体へ過剰に注がれた魔力――を啜る。
 そうして。過剰な魔力に理性を飛ばし、自分で自分の言動を制御することができなくなっていた体にまともな思考を取り戻した時。私は、魔力に溺れる自分が仕出かしたことの大方を朧気ながらも覚えていた。
 いっそ、何もかもを夢のよう忘れてしまえたら楽だったろうに。

「しにたい……」
 思わず口を衝いて出た言葉に、私の顔色を窺っていた美貌がぎょっと目を剥く。
 まともに目を合わせているのも耐え難くて。咄嗟に顔を覆おうとした両手は、影から伸びる触手にがっちりと縛められていた。
 両腕どころか、触手による拘束は足や胴体にまで及んでいて。これほど厳重に押さえつけていなければ牙も立てられないような有様だったのかと、自己嫌悪に拍車がかかる。
「そんなこと言わないで」
 力任せに藻掻こうとする体を、触手はすんなり解放した。
 仰向けに縛りつけられていた体を俯せに転がし、蹲ると。悲痛な声とともに、背中へ覆い被さるよう叶がしがみついてくる。
「お前に『やめろ』と言っておいて、勝手な女だと思ったでしょう」
「魔力のせいだよ」

 頭では、叶の言うとおりだとわかってはいた。

「魔力で私の感情こころを操った?」
 せめて叶が一言「そうだ」と、私を騙してくれれば気も楽になっただろうに。
「そんなことしてない」
「うぅっ……」
 いっそ殺せと、私は呻く。
 こみ上げる羞恥で顔どころか耳まで熱い。注がれた魔力で昂った体が未だにしぶとく疼いているのも、いっそ惨めで堪らなかった。
「でも、お前がそうなったのは私のせいだから……ね?」
 体の下へ無理矢理差し入れられた腕に抱え上げられ、次に下ろされたのは叶の膝の上。
 癇癪を起こした子供のよう嫌だ嫌だと暴れても膂力の違いは歴然で。強引に唇を押しつけられてしまえば、強張る体をぐずぐずに溶かされてしまうまでがあっという間のことだった。
「最後まではしないとする。お前を楽にしたいだけだから……少しだけ、触らせて?」
 それでも――あるいは叶が相手で、いつもより自制の利かない今だからこそ――横たえられ、上に伸しかかられてしまえば体は条件反射で逃げを打つ。
「やめてっ」
 さっきは
 一度外れた感情の箍は、そうそう元には戻ってくれない。

「かなで?」
「上に、乗らないで」
 燻ぶる熱に喘ぐよう息を継いでいた体が、冗談のようがたがたと震えはじめる。歯の根が噛み合わなくなって。目の焦点はぶれ、堰を切ったよう溢れる涙が頬を伝った。
「こわいの」
 フラッシュバックする記憶をどうにかやり過ごすため、床へ打ちつけようとした頭を差し入れられた手の平がすくう。
 そのまま顔を胸へと押しつけ、膝で囲うよう抱き込まれてしまえば。体は勝手な身動ぎ一つままならない。
「ごめんね」
 これは、私の問題だから。そんな必要もない謝罪の言葉を吐いて。叶はもう一度、私に魔力を流し込む。
「お前の嫌がることはしないから……少し休もう?」
 叶に私の意思を確認するつもりがないことは、唐突に押し寄せて意識を攫っていく睡魔が証明していた。

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