箱庭の神様
土地神様の花嫁御寮 01裏
最期は、なんともあっけないものだった。
私に嫌われたくなかったら――。
そんな子供じみた脅し文句でまんまと叶を縛り、徹頭徹尾自らの好きに振る舞った。「これは儀式」と割り切るかなでが、叶に触れることも許さなかった秘裂へ致命的な楔をねじ込んだ、その刹那。
ふつりと事切れた体が、「大人しく」という無情な命に縛られた叶の胸へと倒れ込んでくる。
遅れ馳せ、カチリと歯車の噛み合うような感覚があって。どこからともなく濁流のよう押し寄せてきた「何か」を、叶はそっくりそのまま――いざとなれば切り捨ててしまうことも容易な――自身の使い魔へと押しつけた。
そうすることで、自らの変質を防ぎながら。気乗りしないまま義務的に、息継ぐことをやめた肢体を揺さぶる。
そうして、無理矢理に注ぎ込んだ魔力はかなでが腹に収めた叶の目玉と呼応して、やがては凍りつく心臓の代わりをはじめた。
枯れ果てた霊力の代わりに、叶の潤沢な魔力がかなでの体を満たしていく。
これが終わったら――。
事がすめば、無事ではいられないと知っていて。
己が息を吹き返すには叶の魔力が必要だとわかっていて、かなではあんなことを言ったのだろうか。
そうであればいいと心の底から願う叶の背後で、闇ともつかない影が蠢く。
ずるりと、そこから這い出してきたのは、叶が自身の身代わりに押し寄せる「何か」を受け止めさせた使い魔――その、成れの果て――だった。
「受取拒否なんてあんまりだ――」
頭は一つ。手足は四本。目と耳、鼻と口はそれぞれ二つと一つずつ。
平均的な「徒人」と似通った姿形で叶の影から這い出してきた「成れの果て」は、裸の体にいそいそと影の衣をまとい、叶の所行に対する批難ともつかない嘆きを上げた。
そんな「成れの果てに」に、けれど叶は目もくれない。
ようやく、けふりと息を吹き返した縁を抱きしめながら。ぴったりと隙間なく寄り添って、徐々に失われていく体の熱を惜しむのに忙しかった。
「御主人様が目を覚ますまでそうやってはりついてるつもりなら、せめて神域に連れて行ってやったらどうだ」
「神域……?」
かなでに関わる話題だけが、かろうじてその耳に届く。
「その子の命を対価に、お前はその資格を得た。今ならどこよりも安全で満たされた場所に、その子を連れて行ってやれる。暗くて冷たい石の上より、ちゃんとした寝床で目覚めた方が、その子も気分がいいだろう」
つらつらと流暢に言葉を紡ぎ、叶の知らないことを知っている。
そんな「成れの果て」にようやく幾許かの関心を抱いた叶は、使い魔の主人として当然の権利を行使して、その中身をさらった。
自身にまでおかしな影響が及ぶことのないよう、かなでに対して払うのと同じくらい、細心の注意を払いながら。まずは「成れの果て」にかなでを害する意図と理由がないことを、くどいほど慎重に確かめていく。
叶の支配下にある限り、「成れの果て」にかなでを害することなどできようはずもなかったが。叶にとっては、どのような形であろうと自身に属する存在がかなでに対して害意を持つこと自体、耐え難い――そして何より恐ろしい――ことだった。
「頭の中を探るならそう言ってくれ……」
頭を抱えながらぼやく「成れの果て」のことなど、一顧だにしないまま。少しずつ汲み上げた情報を精査していく叶の脳裏に、看過し難い事実が過ぎる。
「――お前が、鬼王?」
「俺がそうなら、お前もそうさ」
ようやく、かなでから視線を引き剥がした叶が振り返って見た「成れの果て」は、銀色の髪に蜂蜜色の双眸を持つ、叶をかなでよりもう少しだけ若返らせたような少年の姿をしていた。
年の頃は、徒人でいう十歳前後。
二人の近似は、片割れである叶の目から見てもあからさまなほどに明らかだ。
「俺は記憶の、お前は身体の残滓」
「かなでは鬼王を嫌ってる」
このことを、かなでが知ったらどう思うだろう――。
「成れの果て」の口や精査を続ける中身から次々と明かされる数多の――かなでが知らないだろう――事実に、叶は慄く。
その中には、かなでが知れば到底心穏やかではいられないだろうと、叶でさえ考えの及ぶようなものが幾つもあった。
「『嫌い』なんて、そんな言葉じゃ生ぬるすぎる。鬼王はその子が最初の神事で捧げた血に込められた憎しみで死んだんだ。――お前、よく目玉の一つで許してもらえたな?」
知られたくない――。
心からそう思っていても。かなでへ真実を明かさずにいることなど、叶にできようはずもない。
むずがるよう腕の中で身動ぐ体へ目を戻し、震える瞼に気付いた叶は、祈るような気持ちで冷たい肢体を掻き抱いた。
私に嫌われたくなかったら――。
そんな子供じみた脅し文句でまんまと叶を縛り、徹頭徹尾自らの好きに振る舞った。「これは儀式」と割り切るかなでが、叶に触れることも許さなかった秘裂へ致命的な楔をねじ込んだ、その刹那。
ふつりと事切れた体が、「大人しく」という無情な命に縛られた叶の胸へと倒れ込んでくる。
遅れ馳せ、カチリと歯車の噛み合うような感覚があって。どこからともなく濁流のよう押し寄せてきた「何か」を、叶はそっくりそのまま――いざとなれば切り捨ててしまうことも容易な――自身の使い魔へと押しつけた。
そうすることで、自らの変質を防ぎながら。気乗りしないまま義務的に、息継ぐことをやめた肢体を揺さぶる。
そうして、無理矢理に注ぎ込んだ魔力はかなでが腹に収めた叶の目玉と呼応して、やがては凍りつく心臓の代わりをはじめた。
枯れ果てた霊力の代わりに、叶の潤沢な魔力がかなでの体を満たしていく。
これが終わったら――。
事がすめば、無事ではいられないと知っていて。
己が息を吹き返すには叶の魔力が必要だとわかっていて、かなではあんなことを言ったのだろうか。
そうであればいいと心の底から願う叶の背後で、闇ともつかない影が蠢く。
ずるりと、そこから這い出してきたのは、叶が自身の身代わりに押し寄せる「何か」を受け止めさせた使い魔――その、成れの果て――だった。
「受取拒否なんてあんまりだ――」
頭は一つ。手足は四本。目と耳、鼻と口はそれぞれ二つと一つずつ。
平均的な「徒人」と似通った姿形で叶の影から這い出してきた「成れの果て」は、裸の体にいそいそと影の衣をまとい、叶の所行に対する批難ともつかない嘆きを上げた。
そんな「成れの果てに」に、けれど叶は目もくれない。
ようやく、けふりと息を吹き返した縁を抱きしめながら。ぴったりと隙間なく寄り添って、徐々に失われていく体の熱を惜しむのに忙しかった。
「御主人様が目を覚ますまでそうやってはりついてるつもりなら、せめて神域に連れて行ってやったらどうだ」
「神域……?」
かなでに関わる話題だけが、かろうじてその耳に届く。
「その子の命を対価に、お前はその資格を得た。今ならどこよりも安全で満たされた場所に、その子を連れて行ってやれる。暗くて冷たい石の上より、ちゃんとした寝床で目覚めた方が、その子も気分がいいだろう」
つらつらと流暢に言葉を紡ぎ、叶の知らないことを知っている。
そんな「成れの果て」にようやく幾許かの関心を抱いた叶は、使い魔の主人として当然の権利を行使して、その中身をさらった。
自身にまでおかしな影響が及ぶことのないよう、かなでに対して払うのと同じくらい、細心の注意を払いながら。まずは「成れの果て」にかなでを害する意図と理由がないことを、くどいほど慎重に確かめていく。
叶の支配下にある限り、「成れの果て」にかなでを害することなどできようはずもなかったが。叶にとっては、どのような形であろうと自身に属する存在がかなでに対して害意を持つこと自体、耐え難い――そして何より恐ろしい――ことだった。
「頭の中を探るならそう言ってくれ……」
頭を抱えながらぼやく「成れの果て」のことなど、一顧だにしないまま。少しずつ汲み上げた情報を精査していく叶の脳裏に、看過し難い事実が過ぎる。
「――お前が、鬼王?」
「俺がそうなら、お前もそうさ」
ようやく、かなでから視線を引き剥がした叶が振り返って見た「成れの果て」は、銀色の髪に蜂蜜色の双眸を持つ、叶をかなでよりもう少しだけ若返らせたような少年の姿をしていた。
年の頃は、徒人でいう十歳前後。
二人の近似は、片割れである叶の目から見てもあからさまなほどに明らかだ。
「俺は記憶の、お前は身体の残滓」
「かなでは鬼王を嫌ってる」
このことを、かなでが知ったらどう思うだろう――。
「成れの果て」の口や精査を続ける中身から次々と明かされる数多の――かなでが知らないだろう――事実に、叶は慄く。
その中には、かなでが知れば到底心穏やかではいられないだろうと、叶でさえ考えの及ぶようなものが幾つもあった。
「『嫌い』なんて、そんな言葉じゃ生ぬるすぎる。鬼王はその子が最初の神事で捧げた血に込められた憎しみで死んだんだ。――お前、よく目玉の一つで許してもらえたな?」
知られたくない――。
心からそう思っていても。かなでへ真実を明かさずにいることなど、叶にできようはずもない。
むずがるよう腕の中で身動ぐ体へ目を戻し、震える瞼に気付いた叶は、祈るような気持ちで冷たい肢体を掻き抱いた。
コメント