箱庭の神様

葉月+

血を吸う鬼と護身刀 19裏

「おかわいそうなあるじさま」
 主人の手から放り出されて、それっきり。
 たった一振、置いてきぼりをくらった遮那は嘯く。
「でも、ごしんぱいなく。あとのことは遮那におまかせを」
 ぱちん、ぱちん、ぱちんと三度。かなでが定め、遮那に教えたそのとおり。人を模して形作った指を弾き鳴らし、誰より主人に忠実であることを信条とする短刀の付喪は、声高らかに呪言じゅげんを吐いた。



 その視線は、至高の斬れ味を求め鍛え上げられた刃物そのままの鋭さで、哀れな鬼女の器と成り果てた主人の依代を射抜く。
 見かけ相応の「無邪気な子供」という、主人に好かれたいばかりに被った特大の猫を脱ぎ捨てた遮那が見つめる先で、香子はしっとりと濡れたよう艶めく硝子球の瞳を見開いた。
「あ――」
 がらんどうの胸を苦しげに掻き毟り、畳の上へ倒れ伏す姿はまるで生身の徒人ひとのよう。
 けれど。香子が木と髪で作られた木偶人形であることを知る遮那は、主人と瓜二つに作られた少女がのたうち回る姿に毛ほどの憐憫も抱きはしなかった。
 そして。それは、香子を都留媛の器に選んだとて同じこと。

「何をした」
 苦しむ香子にはほんの一瞥くれたきり、手を差し伸べようともせず遮那と向き合っている奏の、一見して冷淡な態度こそがその本心を何より雄弁に物語っていた。

「香子はあるじさまのよりしろです。あるじさまをよびおろすいがいの、いったいなににつかうというのです?」
「かなでを――?」
 愚かな裏切りの代償を思い知り、せいぜい己の選択を悔やむがいい――。
「あるじさまは、ごじぶんがいなくなられてもちゃーんとおまえをまもれるように、ずっとまえからよういをされていました。まさかこんなにはやく香子をつかうことになるとはおもっていませんでしたが。鬼王がめざめてしまっては、しかたありません」
 千歳ちとせを生きた付喪の悪意に満ちた言霊が、そうとは知らぬままぬくぬくと守られてきた奏の首を締め上げる。
 確かな手応えに、遮那は破顔した。

は、だいじな花嫁御寮ですからね!」

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