箱庭の神様
血を吸う鬼と護身刀 15
黒龍叶をマフラーのよう首に巻き、肩へしがみつかせた状態で。なんの配慮もなく脱ぎ落とした浴衣の下からは、傷痕だらけの肢体が覗く。
血液を触媒に術を使う性質上、普段から生傷は絶えないものの。それとこれとはあまり関係がなかった。
血統そのものからして血を操ることに長けた「鬼王の忌子」であれば、指先をほんの少し傷付けるだけで必要充分な量の触媒を取り出してしまえる。だから、体に痕が残るような傷は「術の行使」以外の理由でつけられたものが大半。
どれをとっても、屈辱的な手傷の残滓だ。
「お前、生傷以外も治せたりしない?」
鏡に向かって伸ばした指先でなぞるのは、一際大きな首元の傷。冗談抜きに死にかけたのは一度や二度のことではなく。背中や足にも、おいそれと人目に晒せないような大きさの傷痕が残ってしまっている。
「できなくはないけど……」
「けど?」
その全てを消し去ってしまうことができるなら。それなりの代償を支払う覚悟もあった。
「そんな目で見ないで」
連れ歩きやすいよう、せっかく縮めた姿を元に戻して。真後ろに立った叶の手の平が、鏡越し視線を交えていた私の目元を覆う。
後ろから覆い被さるよう、回されたもう一方の腕が広げるローブにすっぽりと包み込まれながら。引き寄せられるがまま体を預けた私の耳元でか細く落とされる吐息には、気の早い後悔と諦観が滲んでいた。
「あんまり気持ちのいい方法じゃないんだよ」
正直気が進まない――。
そういう本心が駄々漏れた物憂げな声音に、今更心変わりをされては堪らないと、私は強請るための手を伸ばす。
「叶」
引き寄せた頭は簡単に私の肩へ懐いた。
「綺麗に消せたら、私が死なない程度に好きなだけ血をあげてもいい」
「いらないよ……」
「どうして?」
「すぐにわかる」
目元を覆っていた手が離れると、代わりにのっぺりとした触手がはりつけられて。視界は闇に閉ざされたまま、くるりと向きを変え、持ち上げられた体はすぐさま洗面台のあるカウンターへと下ろされる。
いつの間にか、叶が着ていたはずの黒衣ですっぽりと覆われた体に、カウンターの無機質な冷たさが触れることはなかった。
「どのみち全部はお前の体力がもたないから、今日は一つだけ……ね?」
頑是ない子供へ言い聞かせるよう囁いてくる叶の指先が、首元の傷痕をなぞる。
とりあえずそれだけでも消えるのならと、その言葉に私も渋々頷いて返した。
「お前が動くと危ないから、少し抑えるよ」
そう断りが入れられてから。ほんの一二本ずつ腕や体へ巻きついて、私の体を些細な身動きもままならないほどきつく縛めていったのは、叶が操る触手だろう。
「この絵面、遮那が見たら大騒ぎしそう」
「邪魔されたくないから、空間を閉じてる。終わるまで入ってこれないよ」
「それはそれで騒ぎになりそうだけど……」
「ならやめる?」
「冗談でしょ」
「『できる』なんて、口を滑らせるんじゃなかった……」
私が望むならなんだってできるだけの力があるのだと豪語したその口で、憂鬱な本心を隠そうともせずそんなふうにぼやく叶は、溜息混じりに私の首元へと顔を近付けた。
肌を撫でる吐息のくすぐったさに震えたはずの体は、完全に抑え込まれて実際にはぴくりともしない。
「お前がどうしてもと強請るから、こんなことをするんだからね」
はじめは、血を吸われるのかと思った。
ちょうど傷痕のあるあたりに叶の舌が這わされ、唾液にぬるつく肌へ三度目の牙が突き立てられるまでは。
「あっ――」
けれど、現実はもっと凄惨だった。
血液を触媒に術を使う性質上、普段から生傷は絶えないものの。それとこれとはあまり関係がなかった。
血統そのものからして血を操ることに長けた「鬼王の忌子」であれば、指先をほんの少し傷付けるだけで必要充分な量の触媒を取り出してしまえる。だから、体に痕が残るような傷は「術の行使」以外の理由でつけられたものが大半。
どれをとっても、屈辱的な手傷の残滓だ。
「お前、生傷以外も治せたりしない?」
鏡に向かって伸ばした指先でなぞるのは、一際大きな首元の傷。冗談抜きに死にかけたのは一度や二度のことではなく。背中や足にも、おいそれと人目に晒せないような大きさの傷痕が残ってしまっている。
「できなくはないけど……」
「けど?」
その全てを消し去ってしまうことができるなら。それなりの代償を支払う覚悟もあった。
「そんな目で見ないで」
連れ歩きやすいよう、せっかく縮めた姿を元に戻して。真後ろに立った叶の手の平が、鏡越し視線を交えていた私の目元を覆う。
後ろから覆い被さるよう、回されたもう一方の腕が広げるローブにすっぽりと包み込まれながら。引き寄せられるがまま体を預けた私の耳元でか細く落とされる吐息には、気の早い後悔と諦観が滲んでいた。
「あんまり気持ちのいい方法じゃないんだよ」
正直気が進まない――。
そういう本心が駄々漏れた物憂げな声音に、今更心変わりをされては堪らないと、私は強請るための手を伸ばす。
「叶」
引き寄せた頭は簡単に私の肩へ懐いた。
「綺麗に消せたら、私が死なない程度に好きなだけ血をあげてもいい」
「いらないよ……」
「どうして?」
「すぐにわかる」
目元を覆っていた手が離れると、代わりにのっぺりとした触手がはりつけられて。視界は闇に閉ざされたまま、くるりと向きを変え、持ち上げられた体はすぐさま洗面台のあるカウンターへと下ろされる。
いつの間にか、叶が着ていたはずの黒衣ですっぽりと覆われた体に、カウンターの無機質な冷たさが触れることはなかった。
「どのみち全部はお前の体力がもたないから、今日は一つだけ……ね?」
頑是ない子供へ言い聞かせるよう囁いてくる叶の指先が、首元の傷痕をなぞる。
とりあえずそれだけでも消えるのならと、その言葉に私も渋々頷いて返した。
「お前が動くと危ないから、少し抑えるよ」
そう断りが入れられてから。ほんの一二本ずつ腕や体へ巻きついて、私の体を些細な身動きもままならないほどきつく縛めていったのは、叶が操る触手だろう。
「この絵面、遮那が見たら大騒ぎしそう」
「邪魔されたくないから、空間を閉じてる。終わるまで入ってこれないよ」
「それはそれで騒ぎになりそうだけど……」
「ならやめる?」
「冗談でしょ」
「『できる』なんて、口を滑らせるんじゃなかった……」
私が望むならなんだってできるだけの力があるのだと豪語したその口で、憂鬱な本心を隠そうともせずそんなふうにぼやく叶は、溜息混じりに私の首元へと顔を近付けた。
肌を撫でる吐息のくすぐったさに震えたはずの体は、完全に抑え込まれて実際にはぴくりともしない。
「お前がどうしてもと強請るから、こんなことをするんだからね」
はじめは、血を吸われるのかと思った。
ちょうど傷痕のあるあたりに叶の舌が這わされ、唾液にぬるつく肌へ三度目の牙が突き立てられるまでは。
「あっ――」
けれど、現実はもっと凄惨だった。
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