冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
春編7:ラオメイの第一王子
彼は味方になってくれそうだけれど、一応確認をしておこう。
「私たちはこれからどう動くのがいいと思われますか?」
ここでまたさりげなく宮殿を勧められたら、怪しいところだけど。
「フェンリル様方には大精霊と呼び合うような感性があるとミシェーラ王女から伺っております。ですので先ほどの言葉通り、春龍様の元に辿り着くまでお供致します。ラオメイの責任は僕が持ちましょう」
顔が土気色だけど大丈夫だろうか……。
この人、本当にこういうの苦手なのかもしれない。
うっかり僕って言っちゃっているし。
けれど判断はとても正確だ。
だからこそ次期国王として最優先の人物だったし、傲慢らしい実の兄に疎まれていたんだろうな。
(エル。連れていくんだな?)
(うん。彼がいる限り緑の国もこっちに手出しはできないだろうし、それを売り込むつもりでもここに来たんだと思うから)
(あの帯剣に毒は塗られていない)
(影さん。勝手に会話に入って来すぎです)
毒が塗られていない。それが緑の国の礼儀なんだね?  もー物騒。
私たちが春を読んだ時のことを思い出してみる。
反応はさまざまだった。
歓喜の表情を見せた護衛。
桃の花降る宮殿をふりかえった王族関係者。
いかめしい顔つきを保ちつつ真っ先に山荘の方を確認していた大臣たちの半数(・・)。
睨むように谷底を見下ろしていた大臣たちの半数(・・)。
──内部ですげーー喧嘩してんのね。
終わってから呼んでくれと愚痴りたくなるけど、春の治療は早めにしないとね。
振り返ってみると、お茶にと誘ってきたのは、あちらの大臣たちの中でもふくよかな妙なにおいがする男性だったなあ。ぶっちゃけ、くさい。鼻の内側がまだピリピリしてる。脂汗とか体臭とかに混じって、嗅いだことのない複雑なにおいがしてて……
「そのようなにおい、心当たりあります?」
ハオラウ王子に直接聞いちゃえ。
あちらはわずかに目を細めて、渋い表情をした。
「恥ずかしながら申し上げます。宮殿内部の隠し部屋で、不法植物が栽培されて輸出されておりました。現在、関わったものどもを摘発中です」
「行かなくてよかった……!」
「ええ。大変恥ずかしながら」
顔色がめちゃめちゃ悪くなっているから、この辺にしといてあげよう。
彼はどうにも、すべて一人で受け止めようとするタイプのようだから。
国なんてものを、一人でまだ背負えないから”王子”の立場なんでしょう?
あなたは王様じゃない。
きつくなりすぎるから言わないけどさー。
こういう時、どう言葉をかけたらいいかな……。
なんだか気になっちゃう。
ちょっと言いよどんでいると、フェンリルがさらりと伝えた。
「まっすぐに教えてくれてありがとう」
「あ、いえっ」
これで、よかったじゃん?
影さんの時は言えていたのに、あれ、どうして私は今言葉が出てこなかったんだろう……。
フェンリルを振り返ってみる。
そしたらさ、なんかこう私がフェンリルマニアだからこそなんだけどね?
昔の私をみるような目をしてない??
そっかーーブラック企業から抜け出せない真面目さんだこれ。
そう思うと親近感がすごい。
なんか慰めたくなって、後ろに生えていた春植物の桃をむしって彼に渡した。
「これどうぞ。そこに生えていた桃です」
「毒品種ですよ」
「そんな……緑の国そういうとこある」
「ご存知なかったようですから悪いようにはとらえません。おおよそ我が国が悪いので」
ダークサイドに落ちないでください。顔がドス暗いですよ。この人さては根暗だな。昔の私にそっくりだわちくしょう。
「この桃、毒のにおいがしていない。変質しているようだ」
「影さん、それほんと?   私のせいかな……」
「むしろこの無毒が本来の春の姿なのではないか? 春龍が望んだ、この谷を繁栄させるための桃。私たちフェンリルは手伝いをさせていただいただけだよ」
フェンリルが微笑んで伝えてくれたことが真理なのかな。
そう、信じたいねえ。
「この桃は……」
ハウラオ王子がポツリと言った。
「千年桃が実るもっと前の、原種であると伝えられています。コレから様々な毒や薬が生まれました。僕が知る頃にはもう毒の桃としてみなが扱っており、それを口実に宮殿のものは"植え替え"がされました。現在では諸外国からの贈り物の植物園が作られております。けれど……我々は緑の国ラオメイの者として、そうするべきではなかったのかもしれません……」
反省と取れる。
けれどこのまま私たちに伝えても良い内容じゃないはずだけれど。
俯いていた顔を上げたとき、彼はまっすぐな目をしていた。
「宮殿内でつい先ほどまで調査に当たっておりました。隠し部屋もほとんど把握したといえます。このたび私が口にしたことはまぎれもない現実で恥部ですが……ここから緑の国ラオメイは変わるつもりがございます。原種の桃を宮殿に植えることも成しましょう。
ですので何卒、春龍様を救うことにお力をお貸しください──」
最敬礼。
私、と言ったから、これはラオメイ側で用意しておいた定型文のはずだ。
けれど原種の桃のことであったり、彼が考えて発言した言葉でもある。
なにより言葉と礼を尽くしてくれる中に、熱量が感じられたよね。
私たちは微笑んで、彼が頭を上げるのを待った。
これひとつだけの思考だとは思っていない。悩みも託された作戦もあるだろう。けれど敵じゃないなら、一緒に歩んでみたいと思う。
そして今度は並んで、階段を降りていった。
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