冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
春編1:ラオメイの挨拶
冷風の後押しによって、私たちは爆速で緑の国の山頂まできた。
切り立った山の頂上に宮殿があるのは、かつてここが断崖絶壁を駆ける山の民の集落であり、仙人様が最上部で修行場を開いていた名残なんだって。
ここは峡谷(きょうこく)の僻地なので、修行なしに生活するのは無理だったんだろうね。
緑の民の民族衣装は、細身の上着に男女ともに動きやすそうなズボンスタイル。フラットシューズの底は柔らかそうで、案内人がゴンドラの中を歩いても足音ひとつしなかった。ぴったりと床にフィットしている。そして護衛を務める軍人ゆえによく訓練されているからなんだろう。
──切り立った山々。霧が濃くて見えないくらい深い谷底に、春龍様がいる。
余韻はここまで。
さあゴンドラから降りますよっと。
あ、フェンリル手を取ってくれてありがとう……えへへ。
後ろを振り返る。
影さんは緑魔法の使いすぎでちょっとぐったりしてて、でも冬フェンリルの実力”は”認めてくれたみたいだ。
山頂の近くでは、ゴンドラのロープが複数に枝分かれした。
私たちは山頂の宮殿へ、そして下方に伸びていたのは市民街にたどり着くのかもしれないね。市民街も独特の雰囲気で、切り立った崖にくっつくようにして山荘が並んでいた。また訪れられたらいいなぁ。
どことなく中華風の大きな宮殿から、音もなく歩いて来る人々がいる。
国王様たちだろう。豪華な刺繍が遠目にも鮮やかだ。
彼らを眺めていると、自然とその間にある門も目に入る。
緑と黄・赤・桃色を基調に鮮やかなウロコ模様が描かれていて、龍の造形が掘られている。
何体か龍がいるけど、どれも形に統一感がない……胴体が長かったり短かったり、手足が獣型で毛深いものもあれば、つるりとした造形で翼が生えたものもいる。ヒゲが長いのだけ共通している。
春龍様はあまり人前に姿を現さなかったらしいから、想像が加速したのかなあ……。そうして春への敬意がすり減っていった?
門を王様がくぐった時、「圧」を感じた。
私はブラック企業でぶっ壊された社畜だったので、こういうのが超苦手なんですけどね。くうう。
でも、となりにフェンリルが堂々といてくれるから、なんとか、足を踏ん張って、こちらも圧かけていこうじゃないの!!
「……よくぞいらして下さいました」
国王様がゆっくりと重石のような低音で語り、深々と礼をしてくれた。
拝むように両手のひらを合わせて合掌している。
スラリとした軽装。それはなぜなのか、理由をゴンドラの中で念入りに教えてもらっていた。
『武器や毒を仕込んでおりません』……っていう誠意の表れなんだって。物騒。国によって色々あるねえ。
私たちも頭のスカーフを取り、上着を脱いで軽装になってから、同じ仕草を返した。
すると国王様は感動したようだった。
鋭い黒目がスッと糸のように細くなる。
「狼耳をお持ちのフェンリル様方……こちらの礼儀にわざわざ合わせてくださるとは……。その春色の御髪(おぐし)も大変ありがたいことです。このような名誉を賜り、ラオメイの長として深く感謝申し上げますぞ」
よかった、双方の挨拶の感触は良好。
ちょっと肩の荷が下りたあああ。どんな方なのかなって思ってたから……。
私たちがやるべきは、春龍様の治療だ。
この人物となら、協力体制が取れそうだよね。
でもその前に……
「大丈夫か? エル」
「フェンリルも……声がかすれてる。ここでの高温多湿の初夏の気候、きついねぇ……」
かなり夏の気候にやられてしまっている。
ぐったりと体が重いよ。私たちは冬フェンリルだから、四季の乱れゆえの気持ち悪さをすごく感じ取ってしまう。
「この周辺の気候を整える魔法を使ってもいいですか?」
「私からもよろしく頼む」
フェンリル、第一声を譲ってくれてありがとうね。
この旅は、新人冬姫である私の、気候制御の練習でもあるから。
いろいろ盛り込んでるのよ。でもフェルスノゥのユニコーンの補佐が出来るってふんで組んだスケジュールだから、がんばってできないことないっしょ。私、ファイっっ……!!
「ええ、勿論です」
「王!! フェンリル様がどれほどの影響力を持つのか検証を重ねてからでないと……」
大臣さんたち〜、そこでごねられると私たちの体調不良が長引くのでちょっと控えてくれない?
影さんをつつくと、私たちが倒れたら春龍様の治療も遅れると思ったのか、王族側に交渉してくれた。
よっしゃ!!
やりますか!!
「私たちの魔法で表れるのは主に冷風だ。雪や氷で覆う訳ではないことを保証しよう」
「あ、改めてよろしくお願いします」
ヨッ、フェンリル外交上手!
「ハネムーンに来たのだから、快適に過ごさせて欲しくてな。協力いただき感謝する」
お、お楽しみ上手……!
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