冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

(おまけ小話)桜祭りと雪の国・当日編2


(エル視点)


<晴れだーーー!>
<ひんやりとしている早朝のうちに出発してしまおう。気温が上がると我々の魔法は使いにくくなる>
<エル様……大丈夫ですか?>
<大丈夫だよ!って私に言わせる作戦だな〜さては?>
<ははは。エルも補佐官のことがよく分かるフェンリルに育ってきたじゃないか。そして自ら大丈夫って言えたなら、できるよ。ほら震えている足を宙に浮かせてごらん>
<むむむ武者震いだし>

なにせ私、自分だけでは初めての冷風のお出かけなんだよね。
くーーーーう勇気! 元気! やったろうじゃん!?


……というわけで氷のアーケードを吹き抜けてみた。

桜の花びらのプレゼント。


やればできるじゃん!と思ったところで、集中力が途切れてしまって壁にぶつかりそうになる。

滑り込んできてくれたフェンリルの毛並みにもふんっと埋もれて、ほっとしたあ。
頑張ったぶんドッと疲れがやってきて、そのまま10分くらい眠った。

仮眠って大事だよ?

<はくしゅん! 馬のたてがみを鼻にこしょこしょして起こすとか、ユニコーンとしての尊厳とかないの!?>
<こんなことしてても俺の見た目はフェンリル様に認められた立派なユニコーンとして揺らぎないので>
<おはよう>

フェンリルが笑って言って、私たちの桜祭りが幕を開けた。





──地味。
桜祭りとはそれに尽きる。

なにせ急きょ手作りで催されたんだから、立派な屋台はなくて、机に食べ物を並べているのはまるで炊き出し。
祭囃子の代わりに、みんなが思い思いに楽器を弾いたり歌ったりしているのは「THE休日」って感じ。
やることはといえば、桜を見るだけ。

外の観光客を呼び込むわけでもなく、今フェルスノゥ王国にいる人たちだけの、ひっそりとしたお祭りなのだ。


「始まりはこれでいいの。これがいいの」
「エル様の計画通りというわけですね」
「後半で盛り上げたいならそれまでは体力を温存しといて、ギリギリお客さんに帰られない程度を維持するといいの。そして一番見て欲しいところをドッカーーーンと飾るわけよ!」
「カイシャで企画も担当していたんですっけ……」
「ステイグレアステイ。暗黒微笑になってきてるよ? フェンリルもね? 過ぎたことだから」
「エルが持ち直してくれてよかったよ」

フェンリルに抱き寄せられるままに抱きしめられておいた。
よせやい。めちゃくちゃ離れがたくなっちゃうじゃん……。

グレア砂時計で時間測るのやめて。なんか笑っちゃうから。
砂が落ちきったら気持ちの切り替えね──よーし充電完了!



布屋さんで買った若草色の布を頭にかぶって、目立たないように獣耳を隠した。
私が冬姫だって知られたら驚かれてしまったけど、内緒にねって口元に人差し指をあててジェスチャーしてみたら、拝まれて許された。ご信仰ありがとうございます……? まだ照れちゃうな。

のんびりと歩く。
街の人たちと同じくらいの速度でね。
布屋さんのような地元の店でちょっとだけ多めの買い物をして、ブラブラとその辺を散歩する人が多い印象。

あ、雪だるまだ!

朝作られたばかりの雪だるまはフカフカとした雪の体に桜の花びらをくっつけていて、子供達が作った花かんむりを頭に乗せて、木の棒へのペイントや、結ばれたネクタイとか、街の人たちから少しずつ贈りものをもらっているみたいだ。

そしてちょっと溶けかけている。
昼にかけて、日差しはだんだんとあたたかくなっているから。


すると雪だるまは助けを求めるように、ばたばたと手を動かした。
氷色の爪を持つ人々が手をつないであげると、氷の魔力を少し吸収させてもらって、また体を保つんだ。

まるでみんなが雪だるま越しに手を繋いでいるみたい。

「いい感じだね〜!」
「うむ。……おっと、あちらをみてごらん」

ん?
フェンリルが指差した方を向くと、家の影に隠れるようにして、おそらく秋の民の青年がいた。
紅葉みたいな赤とオレンジが混ざる髪に、ゆったりとした黒の服。
人見知りなのかな、一人きりで広場を眺めているだけ。

フェルスノゥの民が演奏する笛の音に合わせてタンタンと靴の先を動かしていて、混ざりたい気持ちはありそうだよね?

雪だるまに向かって冷風を吹かせる。

「行ってきて」
<♪♪♪>

雪だるまは一直線に青年のほうに向かっていったので、彼は驚いたように背筋を伸ばした。

木の枝の手を差し出す。
若葉の口元がにっこりと、やわらかく微笑みかけた。

「……ぼ、ぼくでも、いいのか?」
<♪♪♪>

青年が雪だるまの手を取った。

ふうーーーと深呼吸をして緊張した肩の力を抜いて、冷たさをイメージしながら、おそらく氷の魔力を流し込んでくれた。

雪だるまの溶けかけていた体が元どおりになる。

「で、できた」
<♪♪♪>

「うわっ!?」

雪だるまは青年の腕にしゅるりと野いちごのツタを絡ませて、連れていってしまう。

街の中央、フェルスノゥの民が集っている広場へ。

ひとつ、ふたつ、と楽器の音が増えていく。
リズムをとる指揮者の少女は気を利かせて、異国の民謡のゆったりしたテンポを刻んだ。

「! これは……」
「秋の国の温泉街の民謡ですよ。ワタシ、帝国の音楽学校で習いました。……あのもしよろしければ」
「はい。楽しませて、いただき、ます」

二人はぎこちなく微笑みあった。

少女は小声で「フェルスノゥの姫様たちが作って下さった雪だるまを直してくれてありがとう」とお礼を言っていた。


私の獣耳がヒクヒクしている。
やっっっっったーーーーー!

小さなことから一歩ずつ。
歩み寄りたいのにできないときは、第三者の力を借りてみようってね。

「ンフフフフ嬉しいね」
「怪しいですよエル様。よかったですね。秋の国では民謡と舞踏が有名ですから、あの彼も踊ればよろしいのに」
「誘ってみるか?」
「フェンリルが!?」
「まさか。ここで私が出ていったら注目をさらってしまうだろう?」

さすがご自分の価値をよくわかっていらっしゃる。
よっ、伊達オオカミ。

「雪だるまよ──」

フェンリルの起こした冷風に乗っかるようにして、雪だるまがくるくるとコミカルに踊る。
秋の青年の周りをやけに回りながら。
回りすぎてバランスを崩したので、青年が支えると、ぱらぱらと拍手が起こった。

フェルスノゥ王国で尊ばれるものを同じように大事に扱ってくれたのだから。

徐々に、徐々に盛り上がっていく。

こぢんまりとしたコミュニティの囃子が心地いい。


「スノーマンというより雪だるまがいいかも、か。エルが正解だったようだ、異国のものにとってスノーマンは馴染みがないからな」

「巨大なスノーマンだとビビっちゃいそうだなーって。私もそうだったからさー。小さな雪だるまに誘われたら、ちょっと近寄ってみようかな?って思ってくれそうだよねって」

「そんなに違うものですかね」

「一回否定しないと気が済まないのかな?」

「褒めるのはフェンリル様がお得意ですから、俺は牽制と冷静を担当するとしますよ」

「あ、桜」

雪だるまに乗っかっていたものが、風に吹かれたようだ。

みんながほうっとそれを眺める。

「もうしばらくしたら桜は一斉に散ると思うんだ。午後の見せ場だね」
「それまでは小ぢんまりとパトロールをしていこうか」
「贅沢ものですねえ、フェルスノゥ王国の民は!」

グレアが天を仰ぐので、笑ってしまった。

「それは私もそう思うよ。フェンリルにこんなに尽くしてもらってさ、あちらもフェンリルのことが大好きで、そんなこの世界の雰囲気が大好き!」
「……」

フェンリルはどうツッコミしようか迷っているのかな。
尻尾をゆらゆらさせて、珍しい表情をしてる。

「──ああ、フェンリルになってよかったな、と。ふふ……」

たまんないじゃん!?!?!?

胸にこみ上げるものがありすぎる。
王子様からフェンリルに変化して良かったなんてさ、どんな綺麗な心で言ってるの。

私とグレアと雪だるまたちとみんながフェンリルをぎゅっとしてしまった。
目立っちゃった。ごめん。





ーーーー

まだ数日更新しますね。

コミカライズ8話とあわせて
お楽しみいただけますように♪



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