冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

(おまけ小話)桜祭りと雪の国・準備編

 
 桜祭りを開催してもらうことになった!
 やったーー!


 私たちの春の毛並みをまずはフェルスノゥのみなさんに堪能していただく会。

 なんか違くない……? と思わなくもないけど、話し合いに来たフェルスノゥの城で王族たちが熱弁してくれているのを聞くと、みなさんが楽しむにはそれを理由にするのが手っ取り早そうだから。頷いた。
 結果、お花を楽しんでもらえたらいいんだし。初めての桜祭りなんだからやってみなくちゃわからないことってあるよね。

 桜カラーフェンリル(春毛)となった私たちは、冬の力が控えられている。このときに、他国の人を招くのはちょっと気を使う。

 あんなこと・・・・・があったばかりだからさ……
 緑の国の王子様の私欲のせいで雪原に毒がばらまかれたこと、どんなに平和になっても、きっと生涯忘れられない。

 でも、憎しみだけで緑の国を見ていこうとは思ってない。

 だってこんなに春は見事だ。


 思考が逸れちゃったのは、幼狼の私の関心が、窓の外をひらひらと舞う桜に見惚れてしまっていたから。

 そうそう、早くしないと桜は散っちゃう。
 桜祭りは身内だけで、できるだけ盛大に祝うことに決めてもらった。

 こんなに純粋な幼狼になられたプリンセス・エルをお披露目しないのは国の損失ですッ……てクリス泣いてない? それなに泣きなの?? 王族の信仰深さを改めて知った会合だった。

 会議の終わりには、氷水をのむ。
 喉にキンと冷たさが響いて、お腹の奥底が心地よく凍えていくようだ。

 あれ……?

 この感覚を告げると、ミシェーラたちもフェンリルも、目を丸くした。

「それでは、桜祭りの材料を集めましょう。わたくしたちは食卓の支度を。フェンリル様たちは──」





 私たちは桜舞う草原からわざわざ遠ざかり、川の近くを歩いている。
 ああ桜の花びらが流れてる……とトコトコ走って行きそうになると、グレアが私の首根っこをくわえて、フェンリルの隣に降ろす。フェンリルの大きな顎だと、幼狼をまるごと口の中に入れてしまい兼ねないから補佐の担当となっている。

<落・ち・着・い・て、くださいませエル様>
<そうしようと思ってるんだってばあ〜! でもね〜!? みゃんっ>

 尻尾をゆらゆらしながら抗議してたら、尻尾の重みで私はころんと転んでしまった。

 はあーーーあ、とグレアのため息。
 フェンリルがクスクス笑う声。

<しょうがないよ。幼狼になったころは私でも体を使いこなせなかった、かもしれないしな?>
<是非とも拝見したかった>
<こらグレア、贔屓!!>

<フェルスノゥ王国の面々も俺のような心地になるのであろうとお考えですか?>
<そうだ。どうしたってエルは歓迎されるさ。冬を呼んで、見事な春毛にもなった幼狼だ>

 えっへーん。胸を張ってみせると、モフモフとした胸毛が春風になびいた。
 春毛でこれなのだから、また冬に冬毛の幼狼になったなら、毛玉になってしまうのではないだろうか。マヌケだな……?

<ここまで丸っこくはなかったはずだが>

 フェンリル私の思考読んだ?

<口に出してしまっていたぞ?>
<獣の言葉が漏れちゃうの、半獣人になりたての時みたいで困っちゃう>
<なにごとも始めたばかりはうまくいかなくて当然だ。それにエルの症状について教えられる者はいないしな……>

 フェンリルの幼少期はさすがにそこまでマヌケじゃなかったでしょうね。じゃなくて。

<これ、はたして春毛なのでしょうかね……>
<そこだな。エルは異世界人だ。異世界人から、この世界の半獣人になって、幼狼へと成長している。どのような性質を持つ大精霊なのか知っていかないと>

 二人ともが、ジーーーと私を見つめる。
 二人の目には、へにょりと獣耳を伏せたちっちゃな獣が映っている。

<私としても事実がわからないと困っちゃうから、確認しておきたいな。あっ桜の花びらだっ>

 ひょい、とグレアにくわえられ持ち上げられながらも、小さな獣の足がじたばたと動いてしまう。
 ペイッとフェンリルの背に放り投げられた。

 ああああ爪を立てないようにしながらもしがみつくっきゃない、背中が広くて体格差があって良かったよ! ちっくしょーあの補佐乱暴だなあ!?
 ………。

<フェンリルの背中、ふわふわの桜並木みたい!>
<おとなしくしててくれたら、私が目的地まで運ぼう>

 なるほど。
 幼狼がキョロキョロしてたらいつまでたっても川の上流になんて辿りつけやしなさそうだから。ってことね?

 じゃあ坂を駆けのぼるような冷風を吹かせてあげる!

 何かはお手伝いをしたくってね。
 だいじょーぶ、楽しい心で気遣いの気持ちで魔法を使えば、暴走なんてさせないからさ。

 ふうーーーっと私が口をすぼめて息を吐く。
 涼しい春風になり………………いえ、氷の道ができあがりました。今は春なんだよな????

<……確認のしがいがあるな。エル、今、腹の中は冷たいか・・・・・・・・?>
<ううん。普通にあったかくなってる>
<もう一度、魔法を使ってごらん>

 ふうーーーー。
 これは春の冷風になった。

<エルの体内の氷が溶けきったということだろう。エルは体内に氷さえあれば、他の季節であっても、氷魔法が使える可能性がある>
<そんなこと考えもしなかった。……私の魔力を譲ったフェンリルにもその条件が適用されるのかな?>
<そうかもしれない。確かめに行こう>





 川の上流に、洞窟がある。
 まるで竜の口のように大きな入り口で、上からも下からもぎざぎざの岩が突き出しているのは歯に噛み砕かれそうだ。
 奥はどれほど長いのか……ヒュオオオオって身が竦むような風の音がする。

<こ、ここ?>
<そうだ。通称『竜の洞窟』>
<わっかりやすい>
<間違えなくていいだろう? ははは>
<なお、本物の竜はおりません。この大地に住まう大精霊はフェンリル様でありますので、一帯には獣型の魔物が多いのです。竜はフェルスノゥ王国の外にはおりますよ。それから龍については緑の国に多く生存しているそうです……竜、龍、どちらもリュウと発音し、種族特性は極めて近い。体格の違いでおもに分けられています。太古の化石につきましてはドラゴンと命名されているものもございます>

 グレア、博識〜。たしたしとフェンリルの背中で足踏みをすると、『それは拍手なのですか? くっお背中を堪能なさっているようですね!!!!』と何嫉妬なのかわからない感情を向けられた。落ち着きなよ。

 そんな私たちの声も、竜の口にのみ込まれていくように遠く響いた。
 ざわざわと毛並みが逆立つ。
 正直、ちょっと怖い。

<りゅ、竜の洞窟には、竜のような何かがあるの?>
<察しがいい子だ。そうだよ。竜の歯のような形をした──永久氷結の氷がある>

 永久氷結! フェンリルが使う氷の極大魔法だ。
 それはフェルスノゥ王国のアーケードにも使われているけれど、わざわざここにある永久氷結を求めた理由はなんだろう?

 って思わず口に出てたのはナイスだよね。質問の二度手間が省けたんだからさ。はは……ポジティブに考えよう……。

<ここにある永久氷結は、特殊でな。天井を見てごらん>

 真っ暗なんですけど。
 獣の目を持ってしても、この洞窟は驚くほど暗い。
 キンと冷えた真冬のような寒さで、月のない夜のように周りが見えなくて、得体の知れない何かが居るんじゃないかって不安になる。

<恐れることはないよ。そうだ。私の状況をまずは試してみるとしよう>

 フェンリルの吐く息も、白い。
 私はその光景を背中から見ている。

 トン、と足を下ろすと、魔法陣が展開された。

 氷色だ!!

<やはりな。暗く影になっていて、涼しいところで、冬のイメージをしながら魔法を使うと氷魔法となるようだ。たとえ世界の季節が春であっても>

 おっどろきー。それかも、ってすぐ想定したフェンリルの本能も大したものだよね。

 氷色の魔力の線が天井に登っていって、まるで星空のような光となる。
 これなら周りの様子がぼんやりと見えるよ。

<わあ……!>

 それは驚くほど濃い青の、ツララだ。

 天井一面にずらりと揃っているツララ。ゲームのトラップだったら一発アウト、じゃなくて。竜の歯にたしかにみえるね。
 それとはべつに、妙に畏(おそ)ろしいような印象を受ける。なんだろう? 本能的なもので、私の耳の先の毛がピリピリとしているよ。

<これ、全部永久氷結ってこと?>
<歴代のフェンリルたちが冬を呼び、大地に染み込んだ雪解け水が、長い年月をかけて永久氷結になったものだ。氷を作る魔法として作られたものではないから、祈りが偶然形になったぶん、より尊い氷だよ>
<ひょええ……>

 ぽふりと前足を合わせて拝んだら、フェンリルの背中が揺れた。笑ったようだ。

<私の鼻先まで歩けるか?>
<サーカスの綱渡りかな? うううやってみるけど動かないでね……>

 フェンリルの鼻先まで、足先をプルプルさせながらも、獣のバランス感覚のおかげでなんとかたどり着いた。
 黒くて湿った鼻先にうずくまると、フェンリルはぐんと首を上に伸ばす。

 目の前に、永久氷結の氷がある。
 こんにちははじめまして、って感じだ。

<舐めてごらん。つまりは氷水だ>
<それを体内に入れておけってことね!? いいのー!?>

 私の悲鳴が洞窟の隅々まで響いていく。
 まるで返ってきた声がまた私自身に、いいの? って話しかけてきているみたいだ。

 私は……。
 たとえば春の季節、夏や秋、どこかで助けを必要としたときに、自分も氷魔法を使って大事なひとたちを救える幼フェンリルでありたいよ。

 ペロリ。
 舐めた。
 べろがくっついた!?

<ンーーーーー!?>

 イヤイヤするように首を左右に振ると、ぱきりと一片だけの氷が崩れて、舌は外れたけれどくっついた氷をそのまま飲み込んでしまった。
 体、さむっっっっ!
 からの、めちゃくちゃ心地いい冷たさ。

<大丈夫か?>
<うん、なんとか……あのね、ちょう氷魔法使えそうな予感>
<それは良かった>
<良かったのかなあ?>
<別の季節に氷魔法が使えるからといって、すべて氷漬けにしてしまうつもりはないだろう? それならば、幼狼がまだ拙い自らを守るための手段の一つだよ。たまたまエルにとってはそれだったんだ>

<フェンリルは、私の手段をこれにしたかったの?>

<ああ。エルは異世界人が幼狼になった存在だから、なにがこれから起こるか分からない。絶対に助かってほしいから、強大な力は持っているほうがよい。俗世から抗議の声が上がれば、私が守ろう。世界を守る大精霊の決断だ、それを無視できるような国はないさ>

 そっかあ。
 フェンリルが頼もしいし、お腹の中はちょうどいい冷たさだし(よくよく考えたら永久氷結溶けないんだし最初から氷食べさせる気じゃんとあとで思ったけど)、竜の口攻略したし、ミシェーラたちにも今代の春フェンリルの特性について報告ができそうだし。

 終わり良ければすべて良し。
 ね?

<おわあああああ氷の彫像が追いかけてきた、なになに!?>

 オワリヨクナイ!!!!

<永久氷結の祈りが形になったガーゴイルだ。この竜の口を守る番人でな、魔力の濃い氷を盗まれないようにと攻撃的に作られている。つまりコレが稼働する前に氷をいただけたエルは歓迎されていたわけで、私やグレアが私欲で氷を使うことは許されないということさ! はははは>
<笑ってる場合じゃなーい!>
<愛娘が認められたら嬉しいだろう?>

 こんな時でもダテオオカミ!!

<もー恋人って言って!>
<恋獣のほうが適切かもしれないな>
<うわーんグレアぁフェンリルがこんなからかい方するうう>
<俺が一番歓迎されてなくて逃げるのに必死なんで黙ってくれますエル様!?>



 ──ゴタゴタゴチャゴチャしながらなんとか洞窟を抜けた。
 反対側に追いかけられたから、小山の向こう側に出ることになったんだけど、すごい光景に出会ったよ。

 桜色の雪が舞っている。

 さっきの洞窟を通り抜けたときに、中の冷気が私たちと一緒にわずかに溢れ出たからなんだろう。


<これ、フェルスノゥ王国式の桜祭りでもやろうよ。フェンリル>
<ああ。氷魔法を使える今となっては、可能だろうな>
<それにしても美しい光景ですこと……>

 やわらかな春の若草が茂る草原に、しんしんとふりそそぐ桜色の雪。
 すぐに溶けてしまって、大地に染み込んだら、いつかめぐりめぐって洞窟の永久氷結となる。

 私は祈っていた。
 このきれいな風景が、これからもずっと続きますようにって。



ーーーー
(あとがき)
まんが王国様でコミカライズ最新話が更新されました! そのオマケ更新になります。
どちらもお楽しみいただけると幸いです。

また来月25日くらいに更新いたしますね!

読んで下さってありがとうございました。

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