冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

81:ラストエピローグ【ミシェーラ編】

【冬フェンリルエピローグ:11】
(ミシェーラ視点)



 壇上に現れた緑の国の王子は、土気色の顔をしています。
 切れ長の瞳はキリリとしているように見えますが、それは民族的造形であり、前髪に隠れた眉は下がっているような気がしますね?

「春の、報告を、いたします」

 ヤジが投げつけられるかと思った。そのように空気がざわめいた。
 しかし春龍のことを聞きたいから、みんな黙っていますわ。

 刺すような視線に晒されている。
 彼個人のせいではないかもしれませんね、春龍の不調も、身内の罪も。
 しかし国家を背負って立つというのは、そういうことです。

 わたくしの背筋も伸びます。

「春龍は……いまだに姿を見せておりません。…………」
「どうするのですか?」
「検討中です」

 カイル王子が進行を手助けしましたが、実のある回答は返ってまいりませんでした。
 思わず皆が唸ります。

 春の異常気象の報告が口々に寄せられます。大嵐、連日の曇り、温度が上がらない、など。
 フェンリル様方が冬を終わらせたので、冬に逆戻りした国はありませんが、春が乱れている場所が多いようですね。

「それらの検討について、この会議で行おうと思ってまいりました!」

 緑の国の王子は、声を大きくそう言って、頭を深く下げた。
 ……驚きましたわ。
 ……そう来るなんて。

 シン、と静まり返る中、彼が事情を話す。

「現状を報告いたします。春龍は400年の歳月を過ごし、体の限界がきています。長命のための仙桃を捧げて毎年の春を繋いでいましたが、それも限界。近年の春の荒れようから、察していただけると思います」

 ええ、フェルスノゥ王国でも、春なのに花が咲かず実りが貧しく、とても苦しかったですわ。
 ここ三年は冬の恵みも少なくて、国民にも辛い思いをさせました。
 様々な国から救援物資をもらった借りを、これから返していかねばなりません。

「春姫を捧げようという話が、我が国でも上がりました。しかし……当の姫が、それを激しく拒んでおり。いまだに春龍の代替わりが行われておりません。姫は、緑の妖精との連絡でも嘘をつき、春龍と国家の連携をめちゃくちゃにしました。厳罰となり部屋に閉じこもっていたところを、我が双子の兄が外交に連れ出してしまいました」

 なんてことを、と呟きが聞こえてきます。
 代替わりの姫君はよっぽどのことがない限り、自国で大切に囲って育てるのが当然なのです。

 わたくしは……そのまま非難する気にはなれなかった。
 人の体を捨てて、記憶を捨てて、魔獣になる選択をすることは、わたくしにとってもそれは恐ろしい決断だったからです──。

 緑の姫君の気持ちは、わかります。
 しかし政治的に許されない。

 緑の国が、フェルスノゥ王国にやらかしたことも。
 それに話をつなげるのでしょうね?

「みなさま、すでにご存知かと思います。冬のフェルスノゥ王国に、我が国ラオメイが干渉したこと。主犯は第一王子カムラウ・リー、緑玉姫メイシャン・リーです。フェルスノゥの大地に緑の妖精を放ち、汚しました」

 具体的に、と怒声が上がります。
 毒を盛った件、それによって異世界との境界が乱れた件、怪物が現れてフェンリル様を殺しかけたこと、など……
 話されるたびに、机が叩かれたり野次で唾が飛んだりしました。

「冬と春が無くなったらどうするつもりだったんだ!!」
「申し訳御座いません」

 それしか言えないでしょうね。
 緑の国の王子は、深々と頭を下げて、しばらく言葉の矢を浴び続けました。


 ……とりなし、どういたしましょうか?
 チラリとカイル王子を眺めると、彼と、その奥の帝国の王子からぱちんとウインクが飛んできました。
 その奥。おい。余計なことはしないでくださいね。
 おっと氷の粒が舞ってしまった……驚かせてしまいましたが野次がいったん止んだので、よしとします。

「罪には、罰が必要だ」

 カイル王子が堂々と声を張る。
 彼の夏の魔力が、わたくしたちの体をカッと熱くさせました。

「春の安定を相談したいと、先ほどおっしゃいましたね? ラオメイだけで調整するのではなく、我々の介入を受ける覚悟があると」
「……我が国は、それほどのことをしてしまったと思っていますから」
「その通りです」

 カイル王子の言葉は、重く、ハッとした外交官が大慌てでペンを動かす音が響く。
 緑の王子、まだ言葉が拙いですね。
 思っています、だなんて、個人の感情を挟むような話題ではないですからそれは悪印象を与えます。

 これまでは彼の兄が政治の場にいた影響でしょう。
 弟のハオラウ・リー王子は慣れておらず、大人しい性格のようですから。

 カイル王子が会議用冊子を眺めています。

「責任事項がどれだけあるか検証するべきですが、フェルスノゥ王国があらかじめ国内記録を提出してくれました。……まずは春を安定させることについて、迅速に話し合いましょう」
「よろしくお願いします」
「緑の国の現王も、それでよろしいか?」

 苔むした千年岩のように沈黙を守っていた灰髪の長老が、重々しく頷いた。
 緑の国家全体で決定している方針のようで、とりあえずは一安心しました。
 …………。

「……四季魔獣の異常への対応について一番頼れるのは、フェルスノゥ王国です。男性の代替わり、異世界人の代替わり、と珍しい前例をこなしてきた」
「わたくしたちの知りうる知識でしたら余すところなく提供いたしましょう」

 それでいいか? とカイル王子の視線はわたくしの父にも送られました。
 目元を和らげた父は、頷きます。

 このミシェーラ、期待に沿ってみせますわ。

「ハオラウ・リー王子。春姫になれるほどに魔力がある王族はいますか?」
「おりません。王族にも国民にも……緑玉姫のみです」
「でしたら、わたくしが提案する春の再生案はふたつ。これまで通りに姫君が代替わりを行うこと。もしくは、名の全てを捧げて現(・)春龍を回復させることです」

 場が騒然となりました。

「無難なのは姫君が代替わりをすることでしょう。彼女は罪人という立場ですから、国際法上でも拒否権はございませんね。しかしせっかく選択肢があるので……彼女と話させていただけませんか?」



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