冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

77:ラストエピローグ【ミシェーラ編】

 
【冬フェンリルエピローグ:7】
(ミシェーラ視点)



 世界会議の場は、大海の中心にぽっかりと浮かぶ島。

 ぽっかり、とはいえ、その面積は陸の大帝国と同等ほどもあります。
 そびえたつ山は亀の甲羅のように丸く、黄色の葉っぱの樹木が並び、まるで海の中の太陽のよう。
 海岸沿いはぐるりと大港になっていて、多国籍の商店が軒を連ねている。カラフルな旗がひらひらとはためく景観は一度見たら忘れられないほどだとか。


 夏の魔獣・夏亀が住まう離島──ホヌ・マナマリエ。


 ”かつて常夏の小島に、少数民族が暮らしていた。
 魔獣が住みつき、海底をググッと押し上げた。
 そして太陽の光を甲羅に集めて、常向日葵トコ・ヒマワリを生やして土地を肥やしたのだ。

 三日月型のホヌ・マナマリエ島の、内陸の海に魔獣は住んでいるのだという。
 白砂がさらさら流れる浅瀬で、甲羅を日干しすると、反射した黄金の光で、ホヌ・マナマリエの真上にある太陽はより美しく輝く。

 夏の時期には、光の柱が、ホヌ・マナマリエ島から天に突き抜けているように見えるのだ。”


 ──伝承のおさらい、終わり。
 わたくしは本をパタンと閉じました。

「……ふぅ。そろそろ着きますね」

 本をテーブルに置いて、遠方に見えてきた黄色の島を眺めながら、わたくしは白い帽子を押さえます。海風にさらわれてしまいそう。それは春が不安定で風が強すぎるため。

 ……氷の目を鋭く細めて魔力を込めると、港町の様子がよく見える。
 あら、警備にあたっているセーラー軍服の者がよく目立ちますね。

「この大港においても目立つほどに、警備員を確保している。いえ、軍人ですね……あの厚みのある体つき、隙のない立ち振る舞いは。他国の商人たちに威圧感を与えないよう、服装で景観のバランスを調整しているのでしょう。他国との中心地なだけありますわねぇ」


 ホヌ・マナマリエ島は、各国の中継地点となりゆたかな貿易で栄えています。

 船の休憩場所として、交易をする港として、大国になった。
 危険も多いポジションですが、夏の魔獣がいるために、世界協定によって侵略を受けたこともない。
 そのため若干平和ボケともいえるやわらかな空気感も、島の魅力と言っていいでしょう。

「素敵な国ですわ!   でも大国だからと安易に憧れるのではなくて、わたくしたちはフェルスノゥ王国を誇りましょう。小国なれど、氷のように強く慎ましく、雪の大地で生きましょう」

 微笑んで振り返ると、自国の護衛たちがホッとした顔をした。
 ええ、初めての国外遠征だからといって、浮かれて他国に入れ込むことはございませんよ。
 安心してくださいまし。

 グレア様が「フェンリル様がいらっしゃる土地が最高峰ですからね」と熱弁しています。
 本当にそうですね。

 そうっと自分の青い爪を撫でて、ブレスレットに触れると、ひんやり心地いい。
 わたくしたちはフェルスノゥの民。


「グレア様は、世界会議に出たこともあるのですよね。どうかよろしくお願いいたします」
「何をですか? 俺は自分の仕事をこなすだけです。ミシェーラ、支えられることを求めているわけではないでしょう」
「ええ。わたくし、王族を会議で黙らせることには自信がございますわ。しかしながら……慣れない土地を歩くのは不慣れでして」

 ようは街歩きの際、市民にフレンドリーに話しかけたりしすぎないよう、自国と他国のけじめをつけるように叱って頂きたいのですよね。
 お兄様は、そのあたりの塩梅がとても上手ですから、そつなくこなしていたでしょうけれど。

 わたくしできるかしら。
 わりと好奇心旺盛と称されますので……。

「クリスを基準に注意すればいいんですね。わかりました」
「よろしくお願いいたします」

「気合いが入っているな。ミシェーラ」

 お父様も甲板に上がってまいりました。
 ……船酔いですわね。顔色が悪い。
 グレア様が、持ってきたツリーの木の実を提供してくれたのでお父様の体調が治りました。

「と、とてもありがたい。このたびの船旅に同行してくださったことを、深く感謝いたしますぞ」
「フェンリル様が望まれましたので。使える物を出し惜しみするのは無駄ですから、気分が悪い者は俺に言うように。部下に伝えてください、国王」
「ありがとう」
「……どういたしまして」

 グレア様は、そう言うとお父様と船の中に入っていきました。
 あいかわらずユニコーンは女子しか治せませんけれど、エル様たちからもらってきた木の実まで分けてくださるなんて。

 彼、よく喋るようになりましたね。
 エル様がやってきてから、とても変わったように思います。
 彼も、わたくしも、みんなが。



 港に着きました。

 見たこともない大きな帆がたくさん揺らめいていて、それぞれ国や商店のカラーを主張しています。

 フェルスノゥ王国の白雪号は、白の船体に青の帆。
 物珍しそうにいろんな人から眺められて、そして船の小ささを『国力の差だな』なんて陰口も聞こえてきます。あらぁ……北の海を渡ってきた船は特別頑丈でしてよ?

 わたくしを訝しげに見る目もある。
 王子殿下はどうした? と商人らの噂。

 上等ですわ!

 船を降りると、そのままコートをグレア様に任せます。
 青色のドレスと氷のショールをなびかせて歩くと、街ゆく人々の視線を奪いました。

 さあご覧くださいませ。
 フェルスノゥ王国の美しい青を。
 歩いた後には雪の粒がはらはらと散り、氷のパンプスから魔力の波動がトゥン……! と結晶模様を描きます。この街では珍しい冷気をぶわりと纏う。

 さあ、参ります!!

 お父様に苦笑されながらも、勝負はファーストインパクトですわ。
 くいっと口角をあげました。



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