冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

75:ラストエピローグ【フェンリル編】

 
【冬フェンリルエピローグ:5】
(エル視点)



 会議室にはフェルスノゥ王族・大臣たちが揃っている。

 小さな王族たちも出席している。
 今回の世界会議では、前代未聞の報告をしなければならないから、幼い子たちも知っておくべきだという王国の方針は、もっともだと思う。

 異世界からの冬姫誕生と、現フェンリルが力を取り戻したこと。

 フェルスノゥ王国においてのみならず、全世界にこれから起こりうるかもしれない話である。


「まずエル様に、この世界について根本的なことを説明いたしますわ」

 ミシェーラの声は静かに、すうっと耳に入ってきて、強調したいところは少し音が低い。
 彼女が磨いてきた「聞かせる話術」なのだろうと思う。

「神話からまいりましょう。──遥か昔、この世界はひどく曖昧でした。あたたかい日、寒い日、きままに移り変わって、作物は育ちが悪く、人々は飢えておりました」

 そうなの!? と言いたいところだけど、ぐっと飲み込んで集中する。

「人と獣は魔力を介して、話し合いをしました。そして、最も力を持つ獣と娘が四体ずつ、世界と混ざり、四季の魔獣となったのです。それから世界は安定しました。春、夏、秋、冬、移り変わりのたびに豊かな恵みをもたらします。そんな安寧が1000年続き、寿命を察した四季獣はこの世界に降りたって、四季の影響が濃い土地に腰を下ろしました。春のラオメイ、夏のホヌ・マナマリエ、秋のヒトウ、冬のフェルスノゥ。そしてその土地の姫君と代替わりし、生まれ変わることで、四季魔獣のやくわりを繋いでいったのです」

 ──感嘆の息を吐いた。

 私だけじゃなく、他の人も。
 ミシェーラが「四季魔獣」と口にするとき、言葉に魔力が込められていて、ぐっと私たちを神話の世界に引き込んだ。
 すごいね。

「ねぇミシェーラ。それは神話なの? 歴史なの?」
「神話ですわ。文字のない昔から人伝いに語られた最も尊い民話……なので脚色もされているでしょうし全てが真実とは言えませんが、現代にフェンリル様たちがいらっしゃることは確かですから」
「大事なのはそこだもんね」
「ええ。昔の人々を尊び、なによりも現代のわたくしたちが生きなければなりません」

 ミシェーラの微笑みは、力強かった。
 女王の器だぁ……魅せられた。

「続きを」

 フェンリルの声がして横を向くと、ウッッッこちらもなんという女王の器。いや男子だけど。
 冬の女王という名乗りにふさわしい美貌。慣れるということはなくて不意打ちにホントやられる。

「そんなに感激した目で見られると、照れてしまうな?」
「つつ続きをーーー!」

 フェンリルのからかいがえぐい!  
 流し目が麗しい!
 ばっくんばっくん心臓が鳴っているのをごまかして叫ぶようにいうと、みんなに笑われてしまってなんだか恥ずかしいな……。


「現代の四季魔獣について、説明いたしましょう。四季魔獣が健康に存在することにより、四季が安定する。もしも体調を崩していたり、代替わりがうまく行われなかった場合……春の暴風雨や夏の干ばつ、秋の日照りに暖冬、などが起こります。自然災害によって世界が貧しくなる。もしも四季魔獣が失われたら、この世界からは春夏秋冬がなくなるかもしれませんね……」

 本当に大事な存在なんだね、四季魔獣って……。

 自分がひょっこり現れてしまったことの重大さに、今更ながらぶるっと震えた。
 それから、フェンリルたちとフェルスノゥ王国民の皆さんが、異物である私を優しく受け入れてくれたことに感謝した。

「気候が安定したひと冬を体感した。世界中が、そうでしょう。フェンリル様の代替わりがきちんと行われたなによりの証明になります──」

 ハッとする。
 大事なのはここね。
 落ち込んだり感謝したり、ひとりで感情を揺さぶられている場合じゃないの。

 事実を語るのが、政治。
 ミシェーラはそれを私に学ばせようとしているのかもしれない……やたらと目が合うから。

「異世界からの冬姫様。フェンリル様が力を取り戻したこと。それが安定を害なさないこと、恵みをもたらしてくれる『善』の存在であることを世界に認めていただきましょう。わたくしが、フェルスノゥ王国代表として世界会議に行ってまいりますね」

 ミシェーラはにっこりと微笑んだ。

 ほーーッと肩の力が抜けた。
 背筋はしっかりと伸ばしておく。

 王族のみなさまも無言だから、もうミシェーラが認められているんだろう。

「会議の場で文句を言ってくる輩がいましたら、わたくしが受けて立ちますわ。盾として剣として、フェンリル様方を守って見せますから!」
「ありがとう。とっても心強い……!」
「世界との調整は、ミシェーラに任せよう」
「ご承認ありがとうございます。お任せくださいませ。それこそが、フェンリル様に恩恵をいただいているフェルスノゥ王国の王族としての務めです」

 一礼をすると、ミシェーラの金糸の髪がふわふわと揺れる。
 持ちあがった顔にきらめく双眸は、青色を増していた。
 それから頬がちょっと赤いのは、さっきの雪解け水で「酔っぱらった」せいみたい。魔力が濃すぎたらしいの。

 薔薇色の頬は、ミシェーラをいっそう綺麗に際立たせている。

 感激で涙ぐんでいるクリスをちらりと眺めると、おや、こっちはちょっと顔色が悪いなぁ。魔力の悪酔いがあるらしい。
 そう考えると、ミシェーラは王族の中でもっとも魔力が強い姫君なんだな……ってあらためて実感する。

「エル様、見つめる眼差しが変わりましたわね」

 ミシェーラがそんな風に言う。
 えっ、ガン見じゃなくてさりげなく観察してつもりだけど……へ、変だった?

 フェンリルが私の顎を指でとらえてクイっと横を向かせた。

「ああ、冷静でいい観察の目だな。青色が濃くて、瞳孔が細い目」
「……フェンリルが会議中にいつもよりクールでかっこいい理由が分かったかもしれない……」
「私がそんな目をしている表情が好きか? 覚えておこう」

 待って、覚えておかれて私は一体何をされるっていうんだ?
 視界の幸福度がどうにかなりそうだ。顔がいい。

「フェンリル様の現状報告について、議題終了」

 ミシェーラがパンと手を打って告げた。
 ナイスタイミング。
 緩んだ顔を引き締めるのよエル!


 続く言葉を聞いて、私の背筋がまた伸びた。


「それでは、緑の国の襲撃について、報告内容をとりまとめます」

 ミシェーラが一瞬、窓の方を見て、私たちも同じ方向を向いた。
 ──籬塔。あの最上階に、緑の国の姫君が捕らえられている。

「緑の国は水面下の戦争をしかけてきたと考えてもいいくらいです。数年前からフェルスノゥの街に国民を潜ませて、姫君と合流させ、緑の妖精を使いっぱしりにして雪山に毒を撒いた。これらは事実として、全て詳細に報告してまいります」

 ゴクリ、と生唾をのむ音が、複数響いた。
 ミシェーラの淡々とした声が、氷のような冷たい怒りを感じさせる。

「緑の国にどのような処罰を与えるべきか?……という判断は、世界会議の場で行いますわ。ですから、この場での相談は以上となります」

 ニコ、と微笑むミシェーラには裏の思惑がとてもたくさんありそうだ。

 うーん、議題としては、これで一件落着! でいいんだろうけど……。

 手を挙げる。

「どうぞ、エル様」
「処罰によって、フェルスノゥ王国にはどのような影響がありそう?」
「影響ですか。まず、緑の国との力関係が変わります。あちらは我が国に借りがたーーくさんできましたから、貿易や外交において優遇をたーーくさんすることになるでしょう。わたくしたちが強要しなくても、世界会議が許しません。フェルスノゥ王国の法律以上の厳罰を処すでしょうね。なにせ世界的に大事にしなければならない四季魔獣を害したのですから……」

 やっべぇ。
 一番利益が大きくなるようにミシェーラはすべて計算済みだった。

「それくらいでは生ぬるくないか? 自国の春龍をほったらかしにしている件も厳しく追求すべきと思うんだが」

 おおっとークリスも参戦。しかも過激派。
 そうか、これまではクリスがこういう外交の場に主戦力として出ていたんだっけ。
 政治の世界って度胸がいるんだなぁ……。

「もちろんですわ。緑の国の姫君を返すときに、わたくしが涙ながらに様々訴えてまいりましょう」
「黒幕だとかいう緑の王子は、俺が呪っておきましたので」

 グレアアアア! いつの間に!?

「今頃、その私欲馬鹿野郎は無限の腹痛に苦しんでいることでしょうね」

 うわっ……想像しただけでつらっ……! 無限に胃腸風邪ってこと? 生涯? なんという生き地獄……
 思わず自分のお腹をさすってしまった。

「大丈夫か? エル。体調が悪いのか?」

 フェンリルが背中をさすってくれる手がとても優しくて、顔を見たら美しくて惚れるしかないほんと好き。
 この魔狼を毒で殺そうとしていたどこぞの王子殿下は胃腸風邪でも生ぬるいくらいだと思い直した。

「あらエル様、いい目ですこと」
「ミシェーラ。万事うまくいきますように」
「うまくやりますわ。ええ、ええ」

 氷色の瞳と瞳で、がっちりと合意を確認した。
 クリスとグレアも、何やらコソコソと話し合いをしている。

「私にもできることがあれば言って欲しいな、ミシェーラ」
「ありがとうございます。世界会議の場には、わたくしとグレア様、妖精王族のお二人が出席してくださいますから。フェンリル様とエル様は、どうか春の野山でゆっくりと過ごしてください。冬の間、フェンリル様方にどれだけの恩恵をいただいたか。ずっと働きづめだったでしょう?」

 きちんと休んで、次の冬にもまた、雪を降らせること。
 それが求められているんだなって、理解した。

「むしろやりたいことがあれば、わたくしたちに仰ってくださいね。今回素晴らしい冬を呼び、今後300年ほどの安定を約束できるフェルスノゥ王国は、世界会議でも発言権が強くなりますから」

 ここにずっと押し込められるわけではないらしい。
 やりたいことはなんでも、かぁ。

「ありがとうミシェーラ」
「お互い様ですわ。こういうのって、気持ちがいいですね」

 とてもいい笑顔を見せるミシェーラは、本当にハツラツとしている。


 ちょっと想定してることがあるの。
 世界会議はミシェーラに任せられるなら、フェルスノゥ王国の春の催しとか楽しみたいよね。

 フェンリルとのんびりお花見して。
 ……国民まきこんでの桜祭りとか? 企画業務を任されていた時の血がさわぐね!

 それから、夏と秋はどんな風景に変わるんだろう?
 レヴィたちとまた会うときまでに、たくさんお土産話を作りたい。

 ワクワクウズウズと尻尾が揺れる。

「ああそうだ。エルとの結婚式をしたいと思うのだが。次の冬に」

 フェンリルーーーーーーーーー!?
 私の尻尾を持ち上げて、毛先に口付けながら、彼はそんなことを言う。

「ぜひ盛大に祭らせて頂きますわ!!!!」
「皆の衆、冬に向けて祭の準備だ!!!!」
「「「うおおおおおお!!!!」」」

 ザッ!!!! と会議室の全員が立ち上がるほどの盛り上がりを見せた。

「も、もー……フェンリルぅ……!」
「次の冬を呼ぶとき、エルのドレスを私が創ろう。雪山の頂上の祭壇に、一緒に登ってくれるだろう?」
「よ、よろこんで!」


 会議ってなんだっけ。
 こんなに楽しいものだっけ。

 私がフェンリルに飛びついて、ふんわりしっかりと抱きとめられて、桜の花がぶわわっと窓から吹きこんで舞い、祝福の声が満ちた。



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