冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

74:ラストエピローグ【フェンリル編】

 
【冬フェンリルエピローグ:4】
(エル視点)



 春の食卓。

「ひとつ季節が過ぎたら、テーブルの上ががらっと変わるものだねぇ」

 じぃんと感激しながら、食卓を眺める私の目は、潤んでいたらしい。
 瞬きをしたらころりと一粒、とても小さな真珠がこぼれ落ちて、テーブルの端に雪の結晶のような花を咲かせた。

「エル……」
「あっ。えっと、感激のあまり」
「喜びゆえの涙だったんだな」

 なんだか、フェンリルがほっとした顔をしている。
 さっきは心配そうな表情を垣間見せていた。

 ……なにを思われていたのかは、わかる。
 食事も満足に取れないほどに日本の仕事は忙しかったか? って心配されていたのでしょう。
 まあそれは、その通りです。会社勤めだった時には、ゼリー飲料ばかり食べてたからなぁ……。

 四季の恵み豊かなこの食卓を見て、幼い頃に、実家で暮らしていた頃を思い出したよ。お母さんは料理が上手で、お父さんはきちんと「美味しい」って言葉で伝える人だった。
 それが懐かしくて、じぃんとする。

 私、幸せだったなぁって。
 今、また幸せだなぁって。

 フェンリルたちにきちんと伝えよう。

「仲良しの人たちと食卓を囲んでることでしょ。季節感のある料理がとっても美味しそうなことでしょ。全部、嬉しいよ。ここに招待してくれて本当にありがとう」
「エル……!」

 フェンリルからの抱擁。
 それから、王族の皆さんがみんな顔を覆ったり肩を抱えたりしながら……な、泣かせちゃってごめん。
 みんなで泣き笑いになった。


「よい食事の時間にしましょう!」

 ミシェーラが音頭をとり、杯を掲げる。

 金色の軸のバカラグラス。その中には、雪解け水が入っている。
 山頂でくんだ雪解け水は、私たちからのおみやげだ。
 そして雪結晶の花の、花びらが浮かんでいる。

「乾杯!」

 ぐいっと一斉にグラスを傾けた。
 口の中が潤って、つめたさを主張しながらさらりとお腹に流れていく。
 胃が、底冷えする。
 冷えたところから指先まで、つめたさが流れていって、爪がいっそう青く染まった。

 それを、とても心地いいと感じる。

 ふうっと息を吐くと、まるで冬のようにひんやりと白さがたゆたう。
 雪がはらはらとわずかに吐きこぼれて、唇に付着して溶けた。

「ふあぁ……特別な雪解け水。美味しいねぇ」
「ふむ。私がエルに教えたいところだが、せっかくなので次期女王に聞くといい」

 フェンリルに尋ねると、そっと囁かれる。
 それが礼儀なんだね、学習しておきます。

 ミシェーラの方を向くと、心得たと言わんばかりに彼女が口が開く。

「この雪解け水、雪山の頂上付近で採取してくださったでしょう? 冬の魔力が濃く溶け込んでいて、わたくしたちフェルスノゥ国民を頑丈にしてくれるのです」
「そうなんだ。頑丈?」
「魔力量が増えますし、栄養がさまざま入っていると言われています。次の冬まで、民が生き長らえるようにという加護をいただくのです」

 ミシェーラが祈るように手を組んで、私たちを見つめた。

「フェンリル様方、感謝申し上げます」
「どういたしまして。はい、エルも」
「どういたしましてっ」

 会釈することなく、背筋をしゃんと伸ばして、言い切った。
 今にも腰が曲がりそうだったけどね、営業職のクセで。
 冬姫ならば、こうするべきだから。

 ふふふふと至る所から微笑ましげな声が聞こえてくる。

「冬姫様、えらいです!」
「あっこら」

 ちいさな王族の子たちが褒めてくれたから、なんか照れくさくなって、てへへと笑ったらキラキラした目で獣耳を凝視された。
 ……あとで触らせてあげようかな?


 ミシェーラが大臣らしき人に「雪解け水を国民にも分配して」と指示をした。永久氷結の氷瓶に入れられた雪解け水が、下げられていく。

 王族が一番に飲んでから、なんだね〜。なるほど……。

 魔力がもともと高い人は、濃い雪解け水を飲んでも大丈夫で。
 時間が経つにつれて、魔力が放出されていくので、一般国民が飲めるのだとか。子どもには、普通の水に数滴、雪解け水を垂らす。フェルスノゥ王国の春先の縁起物なんだって。


「いただきます!」

 私が手を合わせると、フェンリルたちも真似をするし、王族たちも目を輝かせて倣ったので、いただきますの手のポーズが新儀式として認知されてしまった──。


 食べ物は、素材の味が濃くて、茹でてあるだけのサラダでも素晴らしいごちそうだ。
 にんじん、ブロッコリー、カリフラワー、お豆。
 ドレッシングはナッツの風味が豊かで、はちみつがほんのり甘い。
 兎肉のグリルは焦げ目がパリっとしていて、香ばしい。赤カブのソースがよく合う。
 蒸し鶏と野菜を重ねた皿は、冬と春のはざまの山みたい、って思っていたら、食べられる白雪花をてっぺんに乗せてくれた。シェフがこだわったテーマどんぴしゃだったみたいだね。

 みんな、もくもくと食べる。
 上流階級のマナーなのか? 国民性なのか?
 ……幸せそうにほころんだ表情を見ていると、きっと、美味しくて夢中なのかもしれないなって思った。

 私も、ほっぺが美味しいものでいっぱいで、話せそうもない。
 あとでたくさん、語ろう。

 春の食事もいいねって。

 雪解けを見守ったフェンリルとグレアも、国土を誇るフェルスノゥ王族の皆さんも、きっと笑ってくれるに違いない。

 デザートのホワイトチーズババロアを頂きながら、ほわーーっと私は幸せなひと息をついた。




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