冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
73:ラストエピローグ【フェンリル編】
【冬フェンリルエピローグ:3】
(エル視点)
フェルスノゥ王城の壁は白く、屋根は青い。
冬にはまるでもう一つの雪山みたいにそびえていたんだけど、雪解け後の緑の大地を背景にすると白さが映えてとても目立つ。
デザインした建築者の意図を感じるよねぇ。
<春のお城も綺麗だなぁ>
「……ええと、冬姫様が何かおっしゃられましたか?」
ミシェーラが眉尻を下げた笑顔で、私に聞く。
小さな魔狼に視線を合わせるように、しゃがみこんでくれた。
あっ、ごめんね。私、獣だから言葉がわからないよね……!
次期女王様にこんな姿勢させちゃったらよくないね。
ミシェーラの手の甲に、ぽふんと子狼の前足を乗せて(んんっ! と王族の皆さんの咳払いが聞こえた。相変わらず魔狼信仰が揺らぎない)魔狼の毛皮を変化させる。
ミシェーラの手を引っ張り上げるようにして、人の姿になった。
白銀の魔法の光に包まれて、二人の女の子が立ち上がる。
半獣人の姿は、22歳からかわっていない。
私の春衣装は、上品な白銀のミニドレスに、氷を梳かしたような涼やかな肩掛けマント。
首には涙から生まれた真珠のネックレス。
かかとを下ろすと、シャリンと、ツララが鳴ったときのような音が響いた。
それから、春風になびく桜色の髪。
「じゃーん。桜フェンリルだよっ」
ミシェーラの前で宣言してにっこり笑うと、彼女の頬がぽうっと染まった。
大きな目には、微笑んでいる冬姫=私の姿が映っている。
ほんと、フェンリルの魔力で綺麗な容姿にしてもらったなぁと思う。
獣耳を揺らしたら、しっぽまで勝手に揺れてしまって……うーんまだ制御になれないなぁ。自分の体なのにねぇ。
──固まってる王国の皆さーん、大丈夫?
「あのね。フェンリルも桜色なの」
「お揃いだ」
フェンリルが人型になって、私の隣に並ぶ。
桜色の髪がふんわりと、彼の肩のところでなびいて、フェンリルの長髪を愛でられなくなったのは残念だけどね、尻尾同士がこっそりとふれあって、そのくすぐったさに私も赤くなってしまった……。こっそり後ろで手を繋いで、微笑みあった。
「ウワーーーーッッ」
「あばばばばばばばば」
「フェンリル様の、けっけけけ毛並みが」
「服装が、軽装に」
「髪!!!!ああああ!!!!」
信者たち落ち着いて。
しかしながら、バターーン! と倒れそうになった人を咄嗟に支えて補助する反射力はさすがだわ。こうなるよなってお互いに理解しているのね。魔狼信仰凄すぎる。
みんな足はガクガク震えている。
長らくフェンリルが姿を見せず信仰心をもてあましていたところに、今年は圧倒的供給だもんねぇ。
感激もひとしおなのでしょう。
わかる。
「フェンリル様」
「クリス。久しいな」
「フェンリル様たちは冬毛の時期が終わられた。他の季節を過ごすための毛皮となり、人型の頭髪などに影響が現れている。……という解釈であっているでしょうか?」
王子様のクリストファーが、分厚い本を片手に尋ねてくる。
あれは、グレアと一緒に洞窟の文章を研究している冊子だっけ。
「そうだよ」
あ、私が回答しちゃった。
現代フェンリルが言うべきだったとこなのに。
うっかり私と目を合わせてしまったクリスが、フラッとして、しかし足を踏ん張って立った。ドンっと地面に重い音。
おおおお!!
成長を感じる!
「ご回答ありがとうございます! エ、エル様」
「うん。でもね、現代フェンリルが答えるべきところを先取りしてしまったから……ごめんなさい。今後、気をつけます。つい、いつもの仲良しの雰囲気のまま話してしまって……」
クリスがぶっ倒れた。
なんかごめんね。
頭を両腕でかばう姿勢でおそらく受け身も取りながら、とっても上手に転けてみせた。
これ……対フェンリル衝撃に備えて訓練してた?
あっ、血が出てるよ!?
大丈夫!?
「お兄様立ってください」
ミシェーラの冷めた声!!!!
労ってあげてーーーーー!
努力の成果、出てるから!
「だ、大丈夫だ」
「大丈夫を維持してくださいね」
グレアの指摘も実にきびしい。
でもクリスが立ち上がるのに手を貸しながら、治療もしてあげたみたいで、血の名残も消えている。ホッ。雪山調査員と補佐官の仲が良いのは、いいことだね。
グレアが人型になっても、その姿は冬の時とあまりかわらない。
長い紫髪を、首の後ろでくくっている。
服装はすこし軽装になった。
「なんですかエル様? その視線は」
「グレアの髪の長さは変わらないなぁって。今更ながら」
「……今更ですねぇ。この髪色は目立つので、長いままにしています。補佐官が見つけられやすいと、手間がかからないでしょう?」
そういう理由だったんだね。
目元を和らげて、グレアの髪をジッと眺める。
「綺麗な紫髪、つい見ちゃうもんね」
グレアがクリスの後ろに隠れた。
なんなんだその顔逸らしの最上級型は。
「……そういうところですわ、エル様」
「え、なにが。フェンリルも、グレアの紫髪好きだよね?」
「ああ、いい色だと思う」
「一生お慕い申し上げます!!!!」
グレアの絶叫が響いた。
みんなそれに引くことなく、うんうんと深く頷いて満足そうなのが、フェルスノゥの国民性を表しているなぁ。
「立ち話が長引いてしまいましたね。さあ皆様、城の中においでくださいませ。春のフェルスノゥ郷土料理を用意してありますわ」
「わかった」
フェンリルの返事。
よ、よし、私、耐えたぞ。
楽しみー! ってすぐに言ってしまいそうだったところを、ぐっと堪えた。
まずはフェンリルが回答してから、私の番だもんね。
「冬のお料理もとっても美味しかったからね。春はなにが食べられるのか、楽しみー!」
「ふふ。冬の雪のおかげで、大地に魔力が染み渡り、春の恵みもとても豊かです。フェンリル様方に、深く感謝申し上げますわ」
ミシェーラの一礼。
腰を落として、頭を少し下げて、手のひらと拳を胸の前で合わせる。
どこか力強い印象もあるフェルスノゥ最敬礼は、彼女の凛とした雰囲気にとてもよくあっている。
次期女王様が礼をしてから、国民がそれに続く。
国王様もミシェーラの後だった、って考えたら、王冠継承はまだだけどミシェーラの立場がすでに強いってことなんだろう。
ミシェーラの頭に薄氷のティアラをつくってあげると、それは嬉しそうに微笑んでくれた。
また、フェルスノゥ王族のしきたりも勉強しようっと。
廊下を歩みながら、本日の予定を聞く。
「まずはお食事を心置きなく楽しんでいただければ幸いですわ。それから、世界会議の内容を相談をさせてくださいませ」
「分かった。……エル、そう固くならなくてもいい。今日は会食と相談だけだし、エルが動くとき隣にはいつも私やグレアがついている。一人にはさせない」
「ありがとう」
つい、肩に力が入っちゃった。
世界会議……それぞれの季節の境目に、世界中の国が集まる機会があるらしいの。
前の季節の報告と、これからの季節に向けての連絡。
つまりは冬のフェルスノゥ王国と、春の緑の国がテーマになるってこと。
緑の……。
…………。
考え込みかけたところで、ふわんといい匂いが鼻をくすぐった。
大広間の扉が、開けられると、いい匂いに包まれる。
「ふわあぁぁ……!」
あ、尻尾がブンブン動いてる。
ちょっ、獣耳以上に私の感情をすぐ反映するなぁぁ……!
「行こうか」
クスクス笑うフェンリルが、私の手を引いてくれる。
大きな手。
指が長くて綺麗だけど、男性らしい骨格の太さがあるね。
私の手が乗ると、そうっと包まれた。
ああ、守られているなぁ。
(大好き)
風に気持ちを乗せて、フェンリルの獣耳をくすぐると、彼の尻尾もわずかに揺れた。
にやにやしてしまったのは、料理が美味しそうだから楽しみですってことにした。
クリスをまた倒してしまったのはごめん。
(エル視点)
フェルスノゥ王城の壁は白く、屋根は青い。
冬にはまるでもう一つの雪山みたいにそびえていたんだけど、雪解け後の緑の大地を背景にすると白さが映えてとても目立つ。
デザインした建築者の意図を感じるよねぇ。
<春のお城も綺麗だなぁ>
「……ええと、冬姫様が何かおっしゃられましたか?」
ミシェーラが眉尻を下げた笑顔で、私に聞く。
小さな魔狼に視線を合わせるように、しゃがみこんでくれた。
あっ、ごめんね。私、獣だから言葉がわからないよね……!
次期女王様にこんな姿勢させちゃったらよくないね。
ミシェーラの手の甲に、ぽふんと子狼の前足を乗せて(んんっ! と王族の皆さんの咳払いが聞こえた。相変わらず魔狼信仰が揺らぎない)魔狼の毛皮を変化させる。
ミシェーラの手を引っ張り上げるようにして、人の姿になった。
白銀の魔法の光に包まれて、二人の女の子が立ち上がる。
半獣人の姿は、22歳からかわっていない。
私の春衣装は、上品な白銀のミニドレスに、氷を梳かしたような涼やかな肩掛けマント。
首には涙から生まれた真珠のネックレス。
かかとを下ろすと、シャリンと、ツララが鳴ったときのような音が響いた。
それから、春風になびく桜色の髪。
「じゃーん。桜フェンリルだよっ」
ミシェーラの前で宣言してにっこり笑うと、彼女の頬がぽうっと染まった。
大きな目には、微笑んでいる冬姫=私の姿が映っている。
ほんと、フェンリルの魔力で綺麗な容姿にしてもらったなぁと思う。
獣耳を揺らしたら、しっぽまで勝手に揺れてしまって……うーんまだ制御になれないなぁ。自分の体なのにねぇ。
──固まってる王国の皆さーん、大丈夫?
「あのね。フェンリルも桜色なの」
「お揃いだ」
フェンリルが人型になって、私の隣に並ぶ。
桜色の髪がふんわりと、彼の肩のところでなびいて、フェンリルの長髪を愛でられなくなったのは残念だけどね、尻尾同士がこっそりとふれあって、そのくすぐったさに私も赤くなってしまった……。こっそり後ろで手を繋いで、微笑みあった。
「ウワーーーーッッ」
「あばばばばばばばば」
「フェンリル様の、けっけけけ毛並みが」
「服装が、軽装に」
「髪!!!!ああああ!!!!」
信者たち落ち着いて。
しかしながら、バターーン! と倒れそうになった人を咄嗟に支えて補助する反射力はさすがだわ。こうなるよなってお互いに理解しているのね。魔狼信仰凄すぎる。
みんな足はガクガク震えている。
長らくフェンリルが姿を見せず信仰心をもてあましていたところに、今年は圧倒的供給だもんねぇ。
感激もひとしおなのでしょう。
わかる。
「フェンリル様」
「クリス。久しいな」
「フェンリル様たちは冬毛の時期が終わられた。他の季節を過ごすための毛皮となり、人型の頭髪などに影響が現れている。……という解釈であっているでしょうか?」
王子様のクリストファーが、分厚い本を片手に尋ねてくる。
あれは、グレアと一緒に洞窟の文章を研究している冊子だっけ。
「そうだよ」
あ、私が回答しちゃった。
現代フェンリルが言うべきだったとこなのに。
うっかり私と目を合わせてしまったクリスが、フラッとして、しかし足を踏ん張って立った。ドンっと地面に重い音。
おおおお!!
成長を感じる!
「ご回答ありがとうございます! エ、エル様」
「うん。でもね、現代フェンリルが答えるべきところを先取りしてしまったから……ごめんなさい。今後、気をつけます。つい、いつもの仲良しの雰囲気のまま話してしまって……」
クリスがぶっ倒れた。
なんかごめんね。
頭を両腕でかばう姿勢でおそらく受け身も取りながら、とっても上手に転けてみせた。
これ……対フェンリル衝撃に備えて訓練してた?
あっ、血が出てるよ!?
大丈夫!?
「お兄様立ってください」
ミシェーラの冷めた声!!!!
労ってあげてーーーーー!
努力の成果、出てるから!
「だ、大丈夫だ」
「大丈夫を維持してくださいね」
グレアの指摘も実にきびしい。
でもクリスが立ち上がるのに手を貸しながら、治療もしてあげたみたいで、血の名残も消えている。ホッ。雪山調査員と補佐官の仲が良いのは、いいことだね。
グレアが人型になっても、その姿は冬の時とあまりかわらない。
長い紫髪を、首の後ろでくくっている。
服装はすこし軽装になった。
「なんですかエル様? その視線は」
「グレアの髪の長さは変わらないなぁって。今更ながら」
「……今更ですねぇ。この髪色は目立つので、長いままにしています。補佐官が見つけられやすいと、手間がかからないでしょう?」
そういう理由だったんだね。
目元を和らげて、グレアの髪をジッと眺める。
「綺麗な紫髪、つい見ちゃうもんね」
グレアがクリスの後ろに隠れた。
なんなんだその顔逸らしの最上級型は。
「……そういうところですわ、エル様」
「え、なにが。フェンリルも、グレアの紫髪好きだよね?」
「ああ、いい色だと思う」
「一生お慕い申し上げます!!!!」
グレアの絶叫が響いた。
みんなそれに引くことなく、うんうんと深く頷いて満足そうなのが、フェルスノゥの国民性を表しているなぁ。
「立ち話が長引いてしまいましたね。さあ皆様、城の中においでくださいませ。春のフェルスノゥ郷土料理を用意してありますわ」
「わかった」
フェンリルの返事。
よ、よし、私、耐えたぞ。
楽しみー! ってすぐに言ってしまいそうだったところを、ぐっと堪えた。
まずはフェンリルが回答してから、私の番だもんね。
「冬のお料理もとっても美味しかったからね。春はなにが食べられるのか、楽しみー!」
「ふふ。冬の雪のおかげで、大地に魔力が染み渡り、春の恵みもとても豊かです。フェンリル様方に、深く感謝申し上げますわ」
ミシェーラの一礼。
腰を落として、頭を少し下げて、手のひらと拳を胸の前で合わせる。
どこか力強い印象もあるフェルスノゥ最敬礼は、彼女の凛とした雰囲気にとてもよくあっている。
次期女王様が礼をしてから、国民がそれに続く。
国王様もミシェーラの後だった、って考えたら、王冠継承はまだだけどミシェーラの立場がすでに強いってことなんだろう。
ミシェーラの頭に薄氷のティアラをつくってあげると、それは嬉しそうに微笑んでくれた。
また、フェルスノゥ王族のしきたりも勉強しようっと。
廊下を歩みながら、本日の予定を聞く。
「まずはお食事を心置きなく楽しんでいただければ幸いですわ。それから、世界会議の内容を相談をさせてくださいませ」
「分かった。……エル、そう固くならなくてもいい。今日は会食と相談だけだし、エルが動くとき隣にはいつも私やグレアがついている。一人にはさせない」
「ありがとう」
つい、肩に力が入っちゃった。
世界会議……それぞれの季節の境目に、世界中の国が集まる機会があるらしいの。
前の季節の報告と、これからの季節に向けての連絡。
つまりは冬のフェルスノゥ王国と、春の緑の国がテーマになるってこと。
緑の……。
…………。
考え込みかけたところで、ふわんといい匂いが鼻をくすぐった。
大広間の扉が、開けられると、いい匂いに包まれる。
「ふわあぁぁ……!」
あ、尻尾がブンブン動いてる。
ちょっ、獣耳以上に私の感情をすぐ反映するなぁぁ……!
「行こうか」
クスクス笑うフェンリルが、私の手を引いてくれる。
大きな手。
指が長くて綺麗だけど、男性らしい骨格の太さがあるね。
私の手が乗ると、そうっと包まれた。
ああ、守られているなぁ。
(大好き)
風に気持ちを乗せて、フェンリルの獣耳をくすぐると、彼の尻尾もわずかに揺れた。
にやにやしてしまったのは、料理が美味しそうだから楽しみですってことにした。
クリスをまた倒してしまったのはごめん。
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