冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
67:常冬の氷のアーケード
街の住民に囲まれる。
みんな顔から光を発しているくらいのキラキラ笑顔……宗教画かな?  ってレベルの光景。
おもむろに前に出てきた町長を、フェンリルがやんわりと手で止めた。
「せっかくなので、王たちも揃ってからにしよう」
「なんと!」
どういうこと?
あとで王宮に行くのかなって思っていたけど……
そう考えていると、私たちが下ってきた時のような氷の線路が、反対方向から伸びてくる。
上には新幹線が。
ちょっとーーー!?
プォーン!  って汽笛に、驚きすぎてちょっと脱力してしまった。
街を一周して勢いを殺した新幹線が、やっと止まる。
顔を真っ青にした王様たちが現れた。
そうだよね……進む先が断崖絶壁で、リアルタイムで線路が更新されて行く乗り物なんて怖いに決まっているよね……!
お疲れ様です!
子どもたちはきゃっきゃっと大はしゃぎで頬を染めていて、新幹線からなかなか降りてこないため、王妃様とメイドさんが手を焼いているみたい。
子どもってこういう乗り物好きだよねぇ。
「フェンリル様!」
フェンリルの姿を確認した王様が、表情を厳格に取り繕って、深々と頭を下げた。
さすがの切り替えだなぁ。
階段を下まで降りてきて、改めて一礼。
「ご招待誠にありがとうございます。そして、怪物の退治、お疲れ様で御座いました!」
「ああ。エルが頑張ったんだ」
私ッ!?
名指しはちょっと……あの……この人数に一斉に見られると心臓が跳ね上がるから!
獣耳がピンと立って、しっぽがぶわっと膨らんだ。
じと、っとフェンリルを横目で見ると、あまりに嬉しそうに獣耳をぱたぱたさせながら私を見ているから、うっ、好きだ!!!!
んもーーーーー!!
「みんなが!   頑張ったので!  なんとか事態を収めることができました。フェルスノゥ王国のクリス王子やミシェーラ姫にもたくさん助けて頂いたんですよ。みなさんに被害がなくて本当に良かったです」
「息子たちは役に立ったんですね」
「それはもう」
王様の瞳がやんわりと弧を描いて、目尻に涙がにじむ。
子どもが活躍して嬉しいんだろうなぁ。
クリス姫とミシェーラ騎士が頑張っ……これは言わない方がいいかな……。
王様は「光栄です」って告げて、また膝を折った。
「ほら、クリスとミシェーラ。お父さんに無事を伝えて!  ここぞと褒めてもらう時だと思うよっ」
二人の背中を私がぐいぐい押して、王様の方に向かわせる。
「お前たちはこの国の誇りだ」
「よく帰って来てくれたわね、愛しい子たち」
「お父様……!  お母様……!」
親子四人で、ひしっと抱き合った。
よし!
クリスとミシェーラも、怖かったはずなんだ。怪物に対峙すること。
でも国と国民を背負って、頑張った。その努力を褒めてもらって一番嬉しいのは、やっぱり国王様だと思うんだよね。
とん、とフェンリルの肩に頭を預けた。
抱きしめられた。
公衆の面前……!!!!
「あのように抱きしめられたいのかと思って」
「否定はしないんだけどさぁ……!」
親子の抱擁に感動してちょっと羨ましかったのは事実だけども、フェンリルは私のこと愛娘って呼んでくれる人だけども、ええい、もう!
真っ赤な顔で察してよ……。
……そういえば最近愛娘って呼ばれないな……。
「フェンリル様と冬姫様、お揃いの指輪が綺麗だねぇ!」
幼い王子が、ピュアな笑顔で私たちをにーっこり見つめて宣言した。
街人たちから黄色い歓声が上がったのは、なんなんだろう……指輪の慣習、同じなの……?
そういえば今朝、フェンリルに付け替えられたんだった。
左手の薬指。
──フェンリルは、私の日本での記憶を、共有している、わけで?
「わぁー。冬姫様の頬が薄紅色でとっても美しいです」
子どものおそるべきストレートな表現がぐっさり胸に刺さって、私は顔を両手で覆ってしまった。
背後でグレアが得意げに腕をクロスさせて、私たちと似ている指輪を得意げに見せびらかしたので、いったん注意がそちらに向いた。
ありがとう!
☆
王宮の怪物も姿が消えたのだという。
これにて本当に解決ですね、と王様と明るく話した。
「今回この街に来たのは他でもない。氷のアーケードを[永久氷結]させるためだ」
フェンリルがそう言って、手で印を組む。
「[永久氷結]」
彼が足を踏み出したところから、雪色の魔法文字が伸びていって、氷のアーケードを伝って登った。
頑丈になった氷の芸術は、もう夏の太陽が照りつけようと溶けてしまうことがない。
フェンリルの魔法はそれで終わりじゃなかった。
「ねぇフェンリル様。雪だるま、いなくなってしまうの……?」
「寂しそうだな。友達になったのか?」
「うん」
「それはいいことだ。では、冬の終わりが二人を引き裂くことのないように……スノーマンにも魔法をかけよう」
子どもにフェンリルが優しく笑いかけた。好き。
ぱちんと指を鳴らすと、街のあちこちから、遠巻きに私たちを見ていたスノーマンが集結した。
「冬のヴェールを」
フェンリルが衣を着せるように腕をやんわりと下ろすと、オーロラのようなヴェールが現れて、スノーマンたちを包んだ。
「氷のアーケードとスノーマンたちが、フェルスノゥ王国の新たなシンボルとなる。冬を司る雪国に相応しいだろう?  これくらいなら四季を乱さないはずだ」
「ありがとうございます、フェンリル様!」
町長が大げさなくらい腰を曲げて礼をした。
……やっぱり、以前のフェンリルとは、ちょっと雰囲気や考え方が変わってる気がする。
これまでは、あくまで伝統的な冬の魔狼フェンリルとして、雪山だけを守っていた。
でも今の彼は、王国も含めて愛して、より良くなるように……新しいことを考えている気がするんだ。
グレアにその考えを、そっと耳打ちする。
「確かに。しかし何か問題ですか?  俺はこれからもフェンリル様を尊敬し、エル様に仕えるだけですから、何も変わりません」
「……そうだね。これからもよろしくね」
まっすぐな言葉に、ただ頷いた。
モヤモヤしたものがなくなって、ホッと息を吐いた。
フェンリルが、例えば獣としての気持ちを見失って、王子様時代の感覚が強くなり、王国を”優先する”……なんてことは起こらないだろう。
王子様時代に彼を尊敬していた国民と同じかそれ以上に、今のフェンリルを慕うグレアたち雪山の生物がいるんだから。
フェンリルが私たちを振り返ったので、グレアと二人で声を揃える。
「「お慕いしています!!」」
はにかむ彼の微笑みに、信者一同、ノックアウトされた。
つまり街のアーケードには、身悶えした人々が死屍累々と転がった。
レヴィとミムレットが、私たちをつついて遊んでいた。
☆
「フェンリル様。冬の終わりが二人を引き裂くことのないように……って、どういうことでしょうか……冬の終わりが、近い、って聞こえました」
幼い王子たちが私たちを見上げている。
すごい、鋭い……!
瞳の奥にはすでに聡明な光が輝いていて、さすが王族だなぁって感心する。
こんなに幼いのに、いつもほわほわと無邪気なわけではないんだ。
クリスとミシェーラ、フェンリルの子供時代もこうだったのかなぁってつい想像する。
「いいか、皆、心して聞いてくれ。この少女ミムレットは、雲の乙女」
フェンリルが告げると、事情を察した人々が息を呑む。
さすがに毎年春の訪れを経験しているだけあって、理解が早いね。
「今年の冬は終わりを迎える。いつもより早いため、湯の乙女たちの温度が足りないんだ。祭りの時に扱っていた入浴剤を売って欲しい」
「分かりましたフェンリル様。こちらへ」
町長が案内して、私たちは商店通りへと進んでいく。
雪の間から冬の花が顔を出して、スノーマンが踊っている。
この冬を名残惜しく感じながらも、これから先、フェンリルたちとともに歩む未来は楽しみだと思う。
そんな気持ちになれて、本当に嬉しいな。
みんな顔から光を発しているくらいのキラキラ笑顔……宗教画かな?  ってレベルの光景。
おもむろに前に出てきた町長を、フェンリルがやんわりと手で止めた。
「せっかくなので、王たちも揃ってからにしよう」
「なんと!」
どういうこと?
あとで王宮に行くのかなって思っていたけど……
そう考えていると、私たちが下ってきた時のような氷の線路が、反対方向から伸びてくる。
上には新幹線が。
ちょっとーーー!?
プォーン!  って汽笛に、驚きすぎてちょっと脱力してしまった。
街を一周して勢いを殺した新幹線が、やっと止まる。
顔を真っ青にした王様たちが現れた。
そうだよね……進む先が断崖絶壁で、リアルタイムで線路が更新されて行く乗り物なんて怖いに決まっているよね……!
お疲れ様です!
子どもたちはきゃっきゃっと大はしゃぎで頬を染めていて、新幹線からなかなか降りてこないため、王妃様とメイドさんが手を焼いているみたい。
子どもってこういう乗り物好きだよねぇ。
「フェンリル様!」
フェンリルの姿を確認した王様が、表情を厳格に取り繕って、深々と頭を下げた。
さすがの切り替えだなぁ。
階段を下まで降りてきて、改めて一礼。
「ご招待誠にありがとうございます。そして、怪物の退治、お疲れ様で御座いました!」
「ああ。エルが頑張ったんだ」
私ッ!?
名指しはちょっと……あの……この人数に一斉に見られると心臓が跳ね上がるから!
獣耳がピンと立って、しっぽがぶわっと膨らんだ。
じと、っとフェンリルを横目で見ると、あまりに嬉しそうに獣耳をぱたぱたさせながら私を見ているから、うっ、好きだ!!!!
んもーーーーー!!
「みんなが!   頑張ったので!  なんとか事態を収めることができました。フェルスノゥ王国のクリス王子やミシェーラ姫にもたくさん助けて頂いたんですよ。みなさんに被害がなくて本当に良かったです」
「息子たちは役に立ったんですね」
「それはもう」
王様の瞳がやんわりと弧を描いて、目尻に涙がにじむ。
子どもが活躍して嬉しいんだろうなぁ。
クリス姫とミシェーラ騎士が頑張っ……これは言わない方がいいかな……。
王様は「光栄です」って告げて、また膝を折った。
「ほら、クリスとミシェーラ。お父さんに無事を伝えて!  ここぞと褒めてもらう時だと思うよっ」
二人の背中を私がぐいぐい押して、王様の方に向かわせる。
「お前たちはこの国の誇りだ」
「よく帰って来てくれたわね、愛しい子たち」
「お父様……!  お母様……!」
親子四人で、ひしっと抱き合った。
よし!
クリスとミシェーラも、怖かったはずなんだ。怪物に対峙すること。
でも国と国民を背負って、頑張った。その努力を褒めてもらって一番嬉しいのは、やっぱり国王様だと思うんだよね。
とん、とフェンリルの肩に頭を預けた。
抱きしめられた。
公衆の面前……!!!!
「あのように抱きしめられたいのかと思って」
「否定はしないんだけどさぁ……!」
親子の抱擁に感動してちょっと羨ましかったのは事実だけども、フェンリルは私のこと愛娘って呼んでくれる人だけども、ええい、もう!
真っ赤な顔で察してよ……。
……そういえば最近愛娘って呼ばれないな……。
「フェンリル様と冬姫様、お揃いの指輪が綺麗だねぇ!」
幼い王子が、ピュアな笑顔で私たちをにーっこり見つめて宣言した。
街人たちから黄色い歓声が上がったのは、なんなんだろう……指輪の慣習、同じなの……?
そういえば今朝、フェンリルに付け替えられたんだった。
左手の薬指。
──フェンリルは、私の日本での記憶を、共有している、わけで?
「わぁー。冬姫様の頬が薄紅色でとっても美しいです」
子どものおそるべきストレートな表現がぐっさり胸に刺さって、私は顔を両手で覆ってしまった。
背後でグレアが得意げに腕をクロスさせて、私たちと似ている指輪を得意げに見せびらかしたので、いったん注意がそちらに向いた。
ありがとう!
☆
王宮の怪物も姿が消えたのだという。
これにて本当に解決ですね、と王様と明るく話した。
「今回この街に来たのは他でもない。氷のアーケードを[永久氷結]させるためだ」
フェンリルがそう言って、手で印を組む。
「[永久氷結]」
彼が足を踏み出したところから、雪色の魔法文字が伸びていって、氷のアーケードを伝って登った。
頑丈になった氷の芸術は、もう夏の太陽が照りつけようと溶けてしまうことがない。
フェンリルの魔法はそれで終わりじゃなかった。
「ねぇフェンリル様。雪だるま、いなくなってしまうの……?」
「寂しそうだな。友達になったのか?」
「うん」
「それはいいことだ。では、冬の終わりが二人を引き裂くことのないように……スノーマンにも魔法をかけよう」
子どもにフェンリルが優しく笑いかけた。好き。
ぱちんと指を鳴らすと、街のあちこちから、遠巻きに私たちを見ていたスノーマンが集結した。
「冬のヴェールを」
フェンリルが衣を着せるように腕をやんわりと下ろすと、オーロラのようなヴェールが現れて、スノーマンたちを包んだ。
「氷のアーケードとスノーマンたちが、フェルスノゥ王国の新たなシンボルとなる。冬を司る雪国に相応しいだろう?  これくらいなら四季を乱さないはずだ」
「ありがとうございます、フェンリル様!」
町長が大げさなくらい腰を曲げて礼をした。
……やっぱり、以前のフェンリルとは、ちょっと雰囲気や考え方が変わってる気がする。
これまでは、あくまで伝統的な冬の魔狼フェンリルとして、雪山だけを守っていた。
でも今の彼は、王国も含めて愛して、より良くなるように……新しいことを考えている気がするんだ。
グレアにその考えを、そっと耳打ちする。
「確かに。しかし何か問題ですか?  俺はこれからもフェンリル様を尊敬し、エル様に仕えるだけですから、何も変わりません」
「……そうだね。これからもよろしくね」
まっすぐな言葉に、ただ頷いた。
モヤモヤしたものがなくなって、ホッと息を吐いた。
フェンリルが、例えば獣としての気持ちを見失って、王子様時代の感覚が強くなり、王国を”優先する”……なんてことは起こらないだろう。
王子様時代に彼を尊敬していた国民と同じかそれ以上に、今のフェンリルを慕うグレアたち雪山の生物がいるんだから。
フェンリルが私たちを振り返ったので、グレアと二人で声を揃える。
「「お慕いしています!!」」
はにかむ彼の微笑みに、信者一同、ノックアウトされた。
つまり街のアーケードには、身悶えした人々が死屍累々と転がった。
レヴィとミムレットが、私たちをつついて遊んでいた。
☆
「フェンリル様。冬の終わりが二人を引き裂くことのないように……って、どういうことでしょうか……冬の終わりが、近い、って聞こえました」
幼い王子たちが私たちを見上げている。
すごい、鋭い……!
瞳の奥にはすでに聡明な光が輝いていて、さすが王族だなぁって感心する。
こんなに幼いのに、いつもほわほわと無邪気なわけではないんだ。
クリスとミシェーラ、フェンリルの子供時代もこうだったのかなぁってつい想像する。
「いいか、皆、心して聞いてくれ。この少女ミムレットは、雲の乙女」
フェンリルが告げると、事情を察した人々が息を呑む。
さすがに毎年春の訪れを経験しているだけあって、理解が早いね。
「今年の冬は終わりを迎える。いつもより早いため、湯の乙女たちの温度が足りないんだ。祭りの時に扱っていた入浴剤を売って欲しい」
「分かりましたフェンリル様。こちらへ」
町長が案内して、私たちは商店通りへと進んでいく。
雪の間から冬の花が顔を出して、スノーマンが踊っている。
この冬を名残惜しく感じながらも、これから先、フェンリルたちとともに歩む未来は楽しみだと思う。
そんな気持ちになれて、本当に嬉しいな。
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