冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

64:雲の乙女

「怪物との戦闘で、この周辺が一気に温められただろう?  熱が空に登り……春になったのだと勘違いした雲の乙女が一人、降りてきてしまったのだ。これをきっかけに、雲の乙女たちは次々に雪原にやってくるだろう」

 フェンリルの言葉はピンとこない……しょんぼりと私の獣耳が伏せる。
 大きくてふさふさの尻尾が私の側にやってきたので、抱き枕のようにぎゅっと抱えた。
 落ち着くぅ……

 ホッと息を吐くのを確認したフェンリルが、目元を和らげた。
<よくお聞き>と静かに語りかけてくれる。

<冬が終わる>
「……それって……春になるから?」
<そうだ>
「この雪原は、どうなるの……?」
<雪が溶けて、清らかな水が川となり春の芽吹きを誘う。緑のじゅうたんが広がり、花畑でいっぱいになるぞ。きっとエルも好きな光景だろう>

 そうなんだ……。

「好きだけど……」
<不安か?>
「うん。雪山はもっと好きだから」

 そう言うと、フェンリルがとても嬉しそうにふっと息を吐いた。

<また冬は訪れる。何度も、何度も、この地とフェルスノゥ王国は雪化粧を纏う。一年経ったら冬を呼べばいいんだよ。私たちが、二人で>
「……そうだね」

 言葉に込められた特別な意味と、青い瞳の奥に秘められた熱さに、体がぽかぽかしてきた。
 照れ笑い、になっちゃっていそう。えへへ……。

 咳払いしたフェンリルが前脚で自分の顔を毛づくろいした。
 えっっちょっっ何その仕草可愛いね!?
 その水色の肉球ぷにぷにしていいかな!?

<そんなことがしてみたいのか……?>とフェンリルは首を傾げていたけど、めっっっちゃしたいよ!
 前脚貸してくれてありがとう!
 やったあああああ!
 ふにっと柔らかい。柔らかいんだよ!?  可愛い!!  癒しの権化か!!  ありがとう!!

<エルは……ええと……大丈夫なんだろうか、グレア?>
<癒されたいんだと思いますよ>

 その通り。
 グレアのおかげでフェンリルは大人しくぷにられてくれている。ありがとう。

 グレアが<ああ尊い……>って羨ましがってる呟きを聞いたから、よし、お礼に私があとでフェンリルの肉球ぷにぷに計画を立ててグレアも招待してみせるね。

 視界の端に天使様の翼が映る。
 がっつり放置されていた少女は、退屈したのかころころと雪玉を転がして遊び始めていた。
 まじで忘れてたゴメン……!!

「ね、ねぇフェンリル。予定より早い雪解けになるんだよね?  力を失ってた動植物の回復は間に合うの……?」
<心配ないよ。もう大地は完全回復している。エルが改めて冬の魔力を浸透させてくれただろう?  あれがよく効いたんだ>
「そっかぁ。良いこと、できてたんだね」
<とてもえらい>

 甘やかしをいっぱい受けて、心を癒していく。
 フェンリルの顔を抱きしめる。

 雲の乙女がガン見してきている。

 放置してゴメンって……!!

<フェンリル様がいれば夢中になるのは仕方ありませんよね>

 それな。
 グレア名言だわ。

<──ねぇ。レヴィはどこー?>

 雲の乙女の第一声を聞いて、私は目を丸くする。
 どうしてレヴィを呼んだの?

<湯の乙女を天に誘うのはまだ少し待ってくれ。そうだな……明後日の昼くらいまで>
<ええー。早く空で遊びたいのにー。三年も我慢してたのよーっ>

 ……ああ、この世界の春の訪れの方法を思い出した。

 冬の終わりになると、雲が降りてきて湯の乙女の手を取る。
 抱き合って空に登ると、あたたかな雨が雪を溶かして……新たな季節が訪れる。
 春になるんだ。

「レヴィ、行っちゃうんだね……」

 寂しいな。せっかく仲良くなれたのに。

<もともとレヴィはー、真冬には目覚めない湯の乙女よー?  こんなに早くあの子が目覚めてたのがー、びっくりなの。そんな気配なかったのにねー。さっき、雪原がとーっても熱くなっていたからー、レヴィがやっと起きたと思ったのだわー>

 雲の乙女が不思議そうに首を傾げている。
 そっか、レヴィの目覚めもイレギュラーだったんだもんね……すっかり馴染んでて、忘れてた。
 あの子が自分の温度を制御できるようになったことも話す。
 雲の乙女は楽しそうにレヴィの話を聞いた。

<冬姫様ー>
「なんでしょう?」
<あのねー。レヴィと遊ぶの、楽しいでしょー?  あったかいしー>
「はい。あったかいですしね」

 温泉の温度を思い出して、ぽわわんとあったかい思い出に浸る。
 うう、毎朝の温泉最高だったなぁ……っ!  いなくなぅちゃうのかぁ。

<湯の乙女はねー、秋雨の時期に空から雫となりたっぷり降ってー、地中に留まるのー。そしてまた、地上に顔を出すのをじいっと待っているのだわー。冬姫様、あの子寂しがりだからー。また来年も早めに呼んであげてくれるー?>
「ぜひ、そうしたいです」
<よかったぁー>

 ふわわんと雲の乙女が微笑んだ。

「レヴィ、こんなに素敵なお友達がいたんだね」
<三人とも、友達ー?>
「光栄です。ぜひ、友達になってください」
<やったー!  友達ー♪  友達ー♪>

 ふわふわ、ふよふよ、半ば無重力のように雲の乙女が舞う。
 空中宙返りがきめられるのをぽかんと見上げながら私が拍手すると、ほわーんと笑った。
 とても良い子だね。

 フェンリルが今後の予定をまとめてくれる。

<明日の朝になったら、雪山に登りレヴィに会おう。それからフェルスノゥ王国を訪れて……街の氷のアーケードに[永久氷結]を施す。その移動をしていたら、1日が終わるだろう。翌日の昼に、春の訪れを祝おうではないか。よいか?>
<ありがとー!  いいよー>

 雲の乙女も承認してくれた。

 クリスとミシェーラも王国に一度帰りたいだろうしね。
 怪物を倒して二人とも無事だってオーブとティトに連絡してもらったけど、王様達は、家族のことを心配しているはずだ。
 とてもあたたかい家族だから。

 グレアに包まれてすやすや眠る二人を眺めて「ありがとう」とまた、お礼を言った。
 本当に頑張ってくれたね。

 少し暖かいとはいえ冬の夜だから、グレアごとかまくらで囲っておく。
 保温はばっちり。

 私はもう少し、フェンリルのもふもふに包まれて眠ることにした。
 ……さっきまで寝てたから、ちょっと目が冴えちゃってる。
 ……べ、別に、何度も愛の告白をされてめっっっちゃ照れたからなんてことは……ありますけどね!  わ、私も大好きだよ!  もーー!

 幸せにしてくれて、ありがとう。
 とてもいい夢が見れそう……でも、現実の幸せには敵わないだろうな。

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