冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

52:毒草排除のお仕事1

(クリストファー視点)


 僕はプリンセスが作ってくれた氷の馬に乗り、みんなで雪原のあちこちをめぐる。
 穏やかな北風が吹き、一見いつも通りの雪山に見えるが、大地の揺れの影響で、植物が不自然に雪を被っていたり、ふらふらとした動物や魔物に遭遇した。
 フェンリル様が雪妖精を呼び出し、細やかな対応をまかせる。

 僕たちは毒草の排除が急務だ。
 先頭のフェンリル様が<あの辺りだ>と言うように小さく吠えて、足踏みすると、林の一角に緑の魔法陣が浮かび上がるように現れた。
 今でこそ冬の癒しで大地が回復しているが、この範囲内がずっと穢されていたのだ。

 プリンセスは元・緑の妖精の指示により毒草を見つけた。
 フェンリル様とグレア様はわずかな他国の魔力を嗅ぎ分ける。人型となり丁寧に毒草を抜いた。

 僕はというと、従来の植物とどこが違うか目を凝らして、知識を元に毒草を探した。

「あった」
「こっちも」

 他のみんなは次々に毒草を見つける。
 僕の作業は、正直遅い。
 みんなが二ヶ所見つけて次の場所を探し始める頃、やっと一つの違和感を見つけるのだ。

「作業が遅くて申し訳ないです……」

 次に移動しよう、と言ったフェンリル様に謝る。
 彼は首を傾げた。

「何を言う。これらの植物の排除の方法を、クリストファーが教えてくれるではないか。その植物は根が深いだとか、触れたらかぶれるから注意だとか。それに炎による焼却も。たいそう役に立ってくれているぞ」
「そうですよ!  ありがとうございます」

 フェンリル様とプリンセスが仲睦まじく横に並び、僕にとびきりの笑顔を向けてくれた。

「こちらこそ誠にありがとうございます!!」
「「ん??」」

 ご自覚がないようだが、このお二人が並んでいる光景を間近で見られるなんて、僕はめちゃくちゃ恵まれている。
 視界が尊すぎるあまり、ほうっと目を細めた。

「声が大きすぎでしたよクリス」
「うぐっ!?」

 グレア様のチョップが頭に落ちた。
 ……しかし、おかげで、気分転換することができた……ッと、思う。ちょっとぼうっとしすぎていたから。

「大変失礼いたしました」
「ほら、クリスの声のせいで雪が落ちてきている」
「そんなバカな!?」
「冗談です」

 木からばさっと雪が落ちてくることを僕のせいにされるとは思わなくて、すごくびっくりしたけど、グレア様は冗談を言ってふいっと顔背ける時、苦笑していた。
 もしかしたら、僕が落ち込んでいることに気づき気遣って下さったのかもしれない……。

 フェンリル様とプリンセスはいつだって仲良く寄り添っている。
 二人の間に距離はなく、自然に肌を触れ合わせている。
 その間には何者も入ることができないのだと思い知らされているようで、僕は、胸がぎゅっと締め付けられるような気分だった。

 今、フェンリル様への尊敬と、全身を焦がすようなプリンセスへの恋心が、激しく葛藤している。
 内心が戦場だ。

「クリスは、消したい過去はありますか」

 グレア様が、抜いた毒草を集めながらふとそんなことを問いかけた。
 ああ……やはり、気付かれているな。

「いいえ。良いことも悪いことも、楽しいことも苦しいことも、全て僕が歩んだ道です。だからこそ今ここにいられる。過去を後悔などいたしません。反省は、多々ありますけれどね」
「気持ちの良い返事ですね。うらやましい限りです」

 彼はそんなことを言う。

「グレア様は記憶を消したことがあるのですか?」
「へぇ、ふぅん、知りたいですか。いいですよ、夜が明けるまで語り明かしましょう」
「えっっっ」
「言質はいただきました」
「ちょっっっ」
「体力回復はユニコーンの得意分野ですのでまかせなさい。一晩くらい寝なくてもすみます」
「男子は治療の専門外なんですよね……?」
「その代わりに回復薬の作り方を知っているから問題ない」

 グレア様は近くに生えていた雪国で長く愛用されている薬草を迷うことなくちぎると、僕の目の前で振ってみせた。
 僕はがっくりと肩を落とす。

「何やってるの二人とも面白い」
「はしゃいでいるグレアを見るのも楽しいものだ」

 プリンセスとフェンリル様が、混ぜて混ぜてと僕たちの会話にわくわく参加してきた。

 ただただ、光栄です。
 二人に参加したいと思ってもらえるような僕とグレア様の距離感を、楽しんでもらっているならば、部下兼信者として嬉しく思いますよ。

 僕とグレア様はちらりと目を合わせると、ぷっと小さく吹き出した。
 いつの間にか胸が軽くなっている。
 また、彼に気持ちのフォローをしてもらったんだな。

 ーーそういえばふと思ったことだけれど、グレア様はプリンセスに恋心を抱かなかったのだろうか?

 聖獣ユニコーンは種族が違うとはいえ、人型になれる。
 半獣人のプリンセスとグレア様はよく戯れている。恋をするには十分な距離感のはずだ。

 美しく優しい次期主人に、憧れを抱くだろう。
 プリンセスに惚れている僕からすれば、彼女は魅力の塊なので、熱烈に惹かれると思うんだけど。

 夜に話しをするならば、僕から、その辺りを突っ込んで聞いてみようか?
 今の彼ならば呆れながらも真剣に話してくれるのではないだろうか。
 藪蛇にならないか心配でもあるけど……。

 そんなことを楽しみに企んでいる僕は、まるで年頃の健全な男子のようだな。
 自分の恋心や夢に一喜一憂して、自分の本心を見つめて、一生懸命に生きられる。
 そこはかとない開放感を覚えた。
 ミシェーラが開いてくれた道をイメージし、首元のネクタイに触れた。

「あそこの木の陰にこんなものがありましたけど、異世界の落し物ですかね」

 グレア様はレース生地のピンク色の三角の布を、ピラリとつまんでいる。
 えっ、それって………………!?

「ちょ、ちょっとグレアあぁ!?  何そんなもの見つけてきてるのよーー!?」
「エル様のものでしたか」

 ーー前言撤回。
 グレア様は価値観が違いすぎる。プリンセスへの恋心に溺れていることはなさそうだ。
 だって無表情であんなパパパパ……パンティを手にできるか普通!?  無理だろ!!

 フェンリル様がげほごほとむせる音を聞きながら、僕は鼻の奥がツンと熱くなるのを自覚し、意識を失った。

 ……グレア様が手にしていた薬草で僕は回復してもらった、らしい。
 目を開けると、プリンセスが赤い顔で「見、見ました……?」なんて恥ずかしそうに聞いてくる。
 二度目の卒倒である。

「しっかり!?」

 なんて優しい起こし方だろうか。
 ミシェーラの強烈な一撃とは大違いである。

 ツリーフルーツの甘い果汁を口に含んで、僕は「恋って甘酸っぱいなぁ」と感動した。

 僕のせいで探索が停滞してしまって申し訳ない。
 気を持ち直して、再出発。
 残りの毒草を見つけに行こう。

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