冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

45:街のお祭り

 空が暗くなってきて、白銀の地面に夕焼けのオレンジと紫が映る。
 世界全体が色を落とす中で、ランプの光が煌々と街を照らす。

「ランプがこんなに灯っているのは今日が祭りだからこそです。いつもはもう少しひっそりしていますよ。嬉しいですね」

 王子様とミシェーラが目を細めて街の様子を眺めている。

 大騒動を防ぐために、ささやかな配慮ではあるけど、私とフェンリルとグレアはローブを着て獣耳を隠していた。トナカイのソリに乗って、大通りをゆっくりと進んでいく。
(もしかしてあれはフェンリル様!)って案の定住民にはガン見されてるんだけどね。

「フェンリルが作ったアーケード、まだあるね」
「そうだな。冬の間は溶けないだろう。何なら<永久氷結>で作ればよかったか」
「すごく豪華ー!」
「それくらい歓迎を嬉しく思ったのだ。今度、補強にまいろうか」
「「大変光栄です!!」」

 王子様たちが(これを逃してたまるかァ!)とばかりに声を合わせた。
 こんな提案だったら大歓迎だよね?
 グレア……聞こえてる聞こえてる、(今代フェンリル様の存在が永久に刻まれるなんて最高かよ最高だよ。王国民よ毎日拝めよ。俺も日参したい!!)ってつぶやきがみんなの耳に聞こえてるからー。
 そして私たちも完全同意してる。なにこれ楽し過ぎる。

 クスクスと笑いながら、楽しい気持ちで大広間にたどり着く。

「わーすごい!  大きなツリー!  雪山に生えているものよりも大きいかも」

 これは自然に生えたものじゃなくて自分たちの力で作ったみたい。
 緑の魔法が使える人たちが、刈られた木のツルを寄せ集めて巨大なオブジェにしたの。雑貨がたくさんつるされている。クリスマスツリーそのものの見た目だね。

「この飾りそれぞれに、個人が願い事を書いているんですよ」

 七夕かな?

「あー王子様たちが来た!」

 大人たちは遠巻きにしていたけど子供はやっぱり純粋で、私たちのほうに駆け寄ってくる。
 あれ?  あの容姿は……

「「「おにいさま!  おねえさま!  せいむ、おつかさまですっ」」」

 王子様たちのご兄弟みたいだね。ふわふわの白金の髪にアイスブルーの瞳、もこもこ厚着していて、天使のように可愛らしいッ……!
 お城で会食中に騒がないように、先にこちらに来ていたんだって。またケーキフルーツを後で食べてね、って伝える。

「フェンリルさまとふゆひめさま、ユニコーンさま、きれーい!!」
「えーとね。ありがとう」

 照れながら言うと、お耳見せてー!  と純粋なキラキラ笑顔。
 大広場に来たらローブを脱ぐ予定だったし、まあいっか。

 横目で王子様たちを見ると、頷かれる。
 ローブを脱ぐと子どもの歓声が上がった。
 大人たちは声を堪えて震えて感激してて、その熱気が体から立ち登り、気温が3度くらい上がった気がする……。

「はい、どーぞ」

 子どもたちから街の地図をもらった。
 祭りの代表役らしき人が近寄ってくる。

「お姿を拝見できて光栄です。街まで足を運んで下さってありがとうございます、フェンリル様。大変嬉しく思っております。本日は楽しんでいって下さい」
「ありがとう」

 代表さんが私たちの要望を聞いて、店の場所を教えてくれる。
 お礼を言って、指差した方に歩いていった。

 商店街では各店にこだわりのランプが灯り、冬の恵みで作られたリースが飾られている。花屋は冬植物のリース、肉屋は細長い干し肉を編んだリース、服屋はスノードロップ柄のリース……とか。
 建物の前には露店がでている。お祭り限定の、豪華でお買い得な商品が並んでいる。

 眺めながら歩いていく。
 服に、雑貨に、アクセサリーに、食料品、お酒……!  見ているだけでも凄く楽しい。

(……あ。そういえばお金って持ってたっけ?)
 そっとフェンリルに耳打ちした。屈んで聞いてくれる。

「ふむ。お金か」
「無料でいいですよ!?」
「いや店主、そういうわけには。せっかくの祭りなのだ、お互いに良い気分で過ごしたいだろう。物々交換ならばどうだろう……」

「フェンリル様のサインがいいです!!!!」

 氷魔法で何か創ろうとしていたフェンリル、財布を出そうとした王子様を遮って、店主さんの大声が響いた。

「サイン?」

 フェンリルは首を傾げている。
 あああ……それは激レア品だね、ていうか、王宮に飾られるレベルでしょ!?
 この店主さん、ポテンシャルすごいな!

「そんなものでいいのか。いいぞ」
「ありがたき幸せ!!!!」

 うん、これは凄まじく幸せだろうね。

「ただ……ここの店だけにサインをするのは公平ではないと思うな」

 おおっと。フェンリルが周りを見渡して苦笑した。
 私も振り向くと……商店の人たちは、驚愕の顔で扉から顔をのぞかせて目をギラギラとさせている!!  そりゃそうだよねー!?  気迫がすんごい。

「すべての店にサインをして周るのは大変だから、魔法で行ってもいいか?」
「もちろんです!」
「ではそうだな。玄関の扉に青の文字で、サインを」

 フェンリルがそう言って瞳を閉じた。
 この街の空間を把握している、そんな気がする。
 目を開いて、指先に青の魔力を纏わせると、商店の扉をコンッと叩いた。
 するとそこにサインが浮かび上がる。
 他の商店や民家も、おそらくこの国のすべての各建物にこのサインがついたんだろうな。どれどれ……。

 扉を眺めた私たちは崩れ落ちそうになった。

 青の肉球マーク!!!!  ずるい!!!  可愛いが過ぎる!!!

 思わずグレアと無言で熱く握手した。
 その店ではお湯に溶かす香料を買ったの。レヴィへのお土産だよ。

 その後は、どこ歩いても目に入る青い肉球サイン……ついニヤニヤしてしまうよね。
 なんとなくフェンリルの手の内側をぷにぷにしつつ、引き続き露店を見て周る。

 小さなビーズみたいな飴を食べたり、繊細な編みレースのリボンを買って髪を結んでみたり、薄切りの胡椒パンにクリームチーズと蜂蜜を挟んだものも食べ歩いた。くぴっとジンジャエールを飲む。

 あるアクセサリーのお店で、私たちが足を止める。

「フェンリル様、冬姫様、ユニコーン様。いらっしゃいませ。もしよろしければ、お揃いのアクセサリーはいかがですか!?」

 私たちは顔を見合わせた。

「「お揃い」」

 私はすでに真珠のブレスレットとネックレスを身につけているんだよね。

「指輪にしよう。さて、どれにしようか……」

 フェンリルがそう言って、耳を揺らしながらペアリングを選び始めた。
 女店主さんにニコニコニコニコ涙目で見守られて、なんだかむず痒くなりながら、私もいろんな指輪を見ていく。
 氷のような青色の石が多い中、目を引き寄せられたのは、夜空のような黒に星のきらめきの石の指輪。

「エルがフェンリルの魔力に馴染む前の、黒髪の色に似ている。これにしようか」
「本当に一緒につけるの……?」
「せっかく気に入る指輪が見つかったのだから。いいだろう?」

 同じ物を気にしていたし、こくりと頷いた。
 フェンリルが二つの指輪を店主から受け取って「どの指にする?」と聞く。えっ、まじなの。
 ちょっ……うう、悩むなぁ……「じゃあ左の中指」と無難な返事をしておいた。私のヘタレ。
 指にするりと指輪が通っていく。

 フェンリルにも同じようにつけてあげた。左の中指ね。

 後ろから、グレアの熱視線を感じる……フェンリルと顔を見合わせた。

(なんとなくグレアが考えていることが分かるな?)
(ねー。きっと凄く羨ましいんだけど、補佐が無礼なことを!  とか考えて我慢しちゃってるんだよねぇ)

 視線で会話をする。
 私たちは藍色のペアリングをそれぞれ手に取り、グレアの右と左の中指に嵌めてあげた。

「「いつもお勤めご苦労さま」」
「一生フェンリル様たちを讃え支えることを、この指輪に誓いますうああああ!!!」

 感激ががダダ漏れてる。
 グレアは子どもみたいに目を輝かせてる。贈ってよかった。

(そういえばユニコーン種族は親から生誕祝いの指輪を贈られるらしいが……グレアは今まで身につけていなかったな)フェンリルのささやき。
 そうなの!?  なにそれ切なすぎる!

 わしわしとグレアの頭をたくさん撫でておいた。フェンリルとともに。私たちがグレアの生誕を祝うよわっしょーーい!!

 お祭りの雰囲気に酔いながら、私たちはひたすら笑って歩む。

 周りでガクッどさっと人が膝をついたり倒れたりすることにも慣れた。
 雪に埋もれていなければ「よい夜を」と声をかけてそのまま歩いていく。騎士の皆さんがなんとかしてくれるらしい。

 王子様たちは別の露店でリボンを購入。
 お互いの首元に結ぶ。

「それはネクタイ……?」
「これから進む道に良いことがありますように、家族が待つ場所にきちんと帰ってこれますように、というお守りなんです。雪山に向かう者たちにリボンを結んで安全を祈る、伝統なんですよ」
「とてもいいですね」

 この二人は仲が良い素敵な兄妹だと思う。
 喧嘩してぶつかることなく、それぞれの一番良い夢に向かって歩んでいけますように。

 ある程度露店をまわって、大広場に引き返す途中。

 フェンリルの横顔が美しくランプに照らされている。
 口からふっと白い吐息が漏れて、見惚れた。

「……とても新鮮な気分だ。城にいるときにはしっくりくる懐かしさを感じていたんだが、この街はどこも真新しく、初めて来たように感じる。
 なんとなく考えたことだが……300年前に王子だった頃、私は街に来る機会なんてなかったんじゃないだろうか」
「そうなんだ」

 私は目を丸くして、ランプに色を移されて街の風景に馴染むフェンリルを見上げた。

「雪山暮らしでも、王子だった頃でも味わっていなかった心地よい経験を、今こうしてエルたちと楽しめてとても嬉しいよ。素晴らしい機会を与えてくれてありがとう」

 フェンリルの微笑みを見た私たちは、顔をかーっと赤くする。
 察して。この獣は尊すぎる。

「これから先も、きっと楽しいことがいっぱいあるよ!」
「そうだな。共に過ごしてくれるか、エル」
「うんっ」

 なんだか最近この問いかけが多い気がするなぁ。
 明るい声で自然に返事をして、私はフェンリルの隣を歩いた。

 チラリと横を見ると、安心したような横顔はほのかに赤く染まっていて、獣耳がせわしなく動いている。
 衝撃が凄すぎて一瞬記憶が飛んだわ。

 ーー気がつくと私は大広場に戻って来ていた。まじで途中のこと覚えてないわ。やばい。心が荒ぶりすぎた。

 ツリーの近くでは一大イベントとしてグリズリーの煮込みが配られている。
 陶器のお皿を受け取って、一口。とても濃厚でちょっと野生的な風味が口の中にとろりと広がる。一緒に煮られていた赤カブも食べて、身体がほくほくと温まった。

 この土地の昔話を聞いて、歌を歌って、暗闇をランプが照らす中、少しだけフェンリルとダンスをした。
「体が動き方を覚えている」とのことで、フェンリルにリードを任せる。
 ハイステップの軽やかなダンスはお祭りの雰囲気にもあっていて、私はフェンリル化して運動能力が上がっていたから転ぶことなく、ただひたすら素晴らしい思い出になった。

 お祭りの途中で、私たちは抜け出して雪山に帰る。
 いつまでもフェンリルがいると、きっと、お祭りは終わらないだろうからね。

 極寒の暗い雪山ーー
 厳しい環境でも私たちはまるで平気だ。獣の毛皮は温かくて、暗闇でもはっきりと物が見え、雪の中を難なく歩むことができる。
 洞窟に辿り着いた。
 ここが、私たちの帰る場所。

「本当に楽しかったね。また行きたーい!」
「そうしよう」
「お供いたします」

 とても満たされた気持ちで白銀の毛並みに埋もれて、ぐっすりと心地よく眠った。

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