冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

44:氷魔法の訓練

 フェルスノゥ王国の騎士訓練場にやってきた。

 きれいに雪かきされている。寒い中、騎士の人たちは体から熱気を立ちのぼらせて、剣の稽古に励んでいた。
 わあ、すんごい迫力だぁ……!

「ご苦労様」
「ミシェーラ様ッ!  ……と、フェンリル様たちーー!?」

 入り口にいた騎士の人が大慌てで最敬礼する。
 これ第一声、明らかにミシェーラに驚いてたよね?  厳しいの?  厳しそうだわ。
 そしてフェンリル賛美はもう慣れた。うん、気持ち分かるしね。

「フェンリル様だって!?」

 あっ、騎士の人たちが訓練を中断してこっちをいっせいに向いた。

「あらあら。訓練中なのではなくて?」
「大変申し訳ございません!!」

 ミシェーラーーー!?
 たった一言で騎士の皆さんが背筋をシャンと伸ばして訓練を再開した。
 さっきよりも剣の一撃が早い。重く硬質な音がガンガンガキィンと響く。

「たったの一言でここまで影響力があるの、すごいねぇ……」
「そうなんですよ、うちの妹はすごいんです……」

 あ、呟いた言葉に王子様が同意した。
 深く深く、それはもう深く頷いている。遠い目してるなぁ。いろいろとあったんだろうな。

 ミシェーラがじいっと、戦う新人騎士さんを眺めている。
 恋心?   なーんて……

「よい動きですね」
「大変光栄に思います!!」

 そんなわけがなかった。試験官だ、これは。

 ベテランの案内騎士さんは本当に嬉しそうに返事をした。
 後輩を褒められてこんなに喜ぶなんて、いい人だなぁ 。こんな先輩がいるなら、たとえ指導が厳しくても、新人は頑張れると思う。

「わたくしたちは魔法の訓練をしたいのです。訓練場の隅を借りても?」
「もちろんです」
「ありがとう」

 ミシェーラが先頭になって、少し移動。
 隅には弓を練習するための的がある。

「一番大きな的をふたつ、破壊してもよいかしら?」
「も、もちろんです」

 破壊……!  そうだった……。

「頑張りましょうね、エル様!」

 にっこり笑うミシェーラが覇気を纏っているような気すらした。


「エル様がお望みなのは、怪物を倒した極大魔法の習得ですわね。
 では、披露してみせます。まずは見てイメージを掴んで下さいませ」

 最初からハードモードが過ぎます先生。でも、頑張ります……!

「僕が結界を張りますね」
「お兄様は全属性の中級魔法をつかえるので、それぞれの魔力を網目のように組み、国で一番強力な結界を作れるのです」

 こちらもとんでもない先生だった。
 網目のように編む……かぁ。それも覚えておくといいかも。なんとなく。

 虹色の結界が的のまわりを覆った。

「まいります」

 ミシェーラの体から青色の魔力がにじみ出る。
 指先を合わせて、丸の印を組んだ。

「氷魔法<アイスメイデン>!」

 氷の輪が現れて、的を締め付ける。ロックオン
 氷の槍アイスジャベリンがたくさん出現して、的を串刺しにしたー!

 粉々ッ!
 あーー……こうして掃除機怪物は倒されたんだね……。
 足元まで飛んできた木の破片を見ながら、確信する。

 肌が痛いほどの冷気が漂っている。
 だけど、そんなものまるで効かないとばかりに、誇らしげな顔のミシェーラ。つよい。

「ではエル様。まず手をこう」
「こうやって丸形にするのね?」
「お上手です」

 私たちが手を触れ合わせている時、王子様が一回倒れた。
 快方はグレアに任せて、よーし、イメージできたからとりあえずやってみようか。

「エル、ちょっと待て」
「フェンリル?」
「妖精たちの魔力を使うならば、手の甲にある契約印を意識しながらやってみるといい。大丈夫、エルが望めばきっと力を貸してくれる」
「ありがとう」

 そっか、ミシェーラとはちょっとやり方が違うところもある。
 王子様にまた結界をお願いして。
 やりまーす!

「オーブ、ティトの魔力を貸してね。氷魔法<アイスメイデン>!」

<<よかろう!>>

 えっ!?  
 ダブルサウンドがここまで聞こえた。
 ちょ、魔力が津波のように送られてくるーー!?

 魔力、貸しすぎ!  必要最低限だけ出して、制御しなくちゃ……訓練場が大変なことになっちゃう。

「んんんんーー!」

 ぎゅっと手の丸の印を縮める。どうだ……!  
 凝縮された氷魔法は、オパールの遊色にかがやくやっっっばい氷の槍アイスジャベリンをひとつ作り出して、ズドォンッッ!!  と的を破壊した。

 あっけに取られてるみんなのことを気にしていられない。

 無理やり魔力を体内に溜め込んでいるから、すごく体が熱いような、凍えるような、おかしな感覚。

 膝をついた。
 目から涙がポロポロこぼれて……遊色にかがやく真珠に。
 ーーあ。楽になったぁ。ホッ。

「エルっ!?」
「もう大丈夫。心配かけてごめんね、フェンリル」
「いや……エルが謝ることじゃない。問題は妖精王たちなのだろう?」
「えっと」

 バレてるー。
 フェンリルがマジギレしている。恐ろしく冷たい無表情だ。氷の彫刻みたい。
 ……やだな。

「いつもみたいに優しい顔がいいよ」

 フェンリルの頬をむにっとつまんでお願いする。
 私が半泣きになっているから、フェンリルはため息をついて、それから優しく微笑んでくれた。

 よ、良かったぁ。
 真珠を拾ってネックレスに加工してくれた。
 首にひときわ目立つ真珠が光る。これにさっきの魔力が凝縮されているのでは……ははは……。うっかり芽吹かせるとやばいな。気をつけよう。

「グレア」
「はいフェンリル様。仰せのままに。”やりすぎです、反省して下さい。”」

 二人が以心伝心してるぅ。
 ……どこか遠くで、オーブとティトの<<ぎゃー!?>>って悲鳴が聞こえた気がした。なんか、木から滑り落ちたとかなんとか。ささやかな文句が脳内に伝わる。

 うん……グレアの念力すごいな!?  ほぼ怨念の粋じゃない?
 あっすみません私を心配してくれたんだよね。

「体調、もう本当に大丈夫だからね」
「よかった」

 フェンリルがぎゅっと私を抱きしめてくれる。
 獣型の時とは違う感触、でもやっぱりとてもあたたかくて、心底落ち着く。体温を堪能する。
 抱きしめ返したけど、なんだか照れちゃうよね。

「氷魔法の制御、お見事でしたわ。エル様」

 ミシェーラの声で私たちは立ち上がった。
 そしてぎょっとした。

 訓練場にいる騎士たち全員が、こちらに最敬礼しているの。
 ちょっとーーー!?

「照れるぅ……」
「そうだな……」

 隣のフェンリルの頬も赤い。
 人らしい表情だ。尊いわ。
 拝もうとした私の手を、フェンリルが握った。

「訓練はおしまい。成功したからな。氷魔法の取得おめでとう、エル」

 にこりと笑顔に。

「もう夕方だ。祭りが始まる頃だろう?  向かおうか」
「わあ、そうだねー!  楽しみー」

「ご案内いたしますわ」
「街の中央まで、トナカイのソリで向かいましょう。店に寄るなら、人型で行くんですよね?」
「そのつもりです。クリス、街人には騒がないよう注意して下さいね。俺たちの獣耳は音に敏感なので」
「はい、至急伝えておきます」

 王子様が口笛を吹いて、飼いならした魔物のフクロウを呼ぶ。
 メモを足に結んで、街に向かって飛ばした。

 じゃあ頑張ったあとのお楽しみ、街のお祭りへ!

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