冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
39:父への返信
朝、食事を済ませて温泉に入る。ほっと朝日を見る。体がポカポカとあたたかくて、雪原は白くきれいだし、とても満たされた気持ちになった。
<エル>
フェンリルが呼びかけてくる。
「どうしたの?」
白銀の美しい獣が温泉の横に腰を下ろした。毛並みがさらりと揺れて、付着した氷の粒が朝日に照らされてピカピカ輝く。改めて魅了される。
<……エル。もう父親へ返事はしたか?>
うっとりしていたけど、ハッとして、言葉が詰まった。
「してない……」
私は蚊の鳴くような小さな声でしか答えられない。
フェンリルは責めるわけでは無いらしく、尻尾を揺らして私の頬を撫でる。
<連絡ができそうか?>
「……しなきゃと思ってる」
私をいたわるような柔らかい声に、罪悪感がつのる。心がズキズキ痛む。
そう……心配をかけているんだから、返信をしなきゃいけないんだけど、会社のことも親のこともどちらもまだ私のトラウマになっていて、あたたかくなったはずの体が震えた。
<私が親なら>
フェンリルが続ける。
<エルのことを愛娘と思っているからもう1人の親のつもりだが>
そこでクスっと笑い声。
<やはり娘からの返事が欲しいと思うよ。しばらく連絡をしていなかったなら、元気だろうか、幸せにしているんだろうかと気になってしょうがない。だってお前のことを愛しているのだから>
「フェンリルぅ」
涙がにじんで胸が詰まる。
レヴィが<そうなの?>と後ろから抱きついて聞いてきたので、「そーゆーもの……みたい。嬉しい、と、思う……」と途切れ途切れに答える。
「そう、私、嬉しいんだ。心配されて。ただ、どう返事をしていいか……言葉が見つからないの」
<つい先日クリストファーから聞いた弱音とまるで同じだな>
フェンリルの言葉に驚く。
<そうだな。その時、彼には、どう言っていいかわからないとそのまま伝えたらいい、と教えた。悩んでいる期間があるのは悪いことじゃない。曖昧な返事だろうが、親は子との触れ合いに安心するんだよ>
なんだかすんなりと納得できた。
アレだ、例え方が仕事になるけど、業務連絡と一緒だ。”検討中ですのでもう少々お待ち下さい”……これを伝えるんだ。
「ありがとう、聞けてよかった」
フェンリルにお礼を言うと柔らかく目を細める。
……今のうちに返信しておいた方がいいよね。時間をおいたら、また怖くなって先送りにしちゃいそうだから……。温泉につかったまま、腕だけ温泉の外に出してスマホをいじる。
メールボックスを開いて父のメールを読み返した。
うう、久しぶりに見たけど三年縛りと言うところに気が重くなるなぁ……けれど……<親は子を思っている>フェンリルのその一言が私を勇気づける。
『お父さん、連絡ありがとう。私は元気に過ごしているよ。ただ』
そこで指が震える。
『転職したの』
そういうタイプした。
『バタバタしてるから詳細はちょっと待っててね。また今度メールするから』
……ええい送信!!
どこに転職したか、フェンリルの後継だなんて、どう説明したらいいか分からないよ。あとで考えよう。まず伝えたいのは、私が元気で生活しているということ。
<よく頑張ったな>
フェンリルにそう言われて、泣き笑い。
レヴィの温泉に涙の真珠が落ちて、また湯の花が咲いた。
温泉を出て、フェンリルに抱きついた。怖い、辛い、そんな気持ちがすうっと溶けていく。
「私のこといろいろ考えてくれて、いつも受け入れてくれてありがとう。大好き」
<こちらこそだ。全く同じ言葉をエルに返すよ>
太陽がだんだん登っていく中で、私たちが微笑みあった。
雫を飛ばすようにぐりぐりと頭を振って、髪を乾かして、水着からドレスに変身。
<さぁそろそろ妖精の泉巡りに参りますよ>
グレアがやってきた。なんというタイミングの良さ!
「グレア、もしかしてだけど、ずっと私たちの話を聞いてた?」
<なんのことでしょう?  まぁフェンリル様のお側に控えているのは補佐として当然のことですけれど。それが何か?>
私の弱音は聞かなかったことにしてくれるみたい。ありがたいけど、グレアにも伝えたいことがあるんだ。
「あのね。グレア、いつも支えてくれてありがとう。あなたのこと、凄いと思っているし、とても好きだよ」
笑顔を見せたら、ユニコーンは面白いくらい動揺した。
耳がピクピクしてる。なにそれ可愛らしいじゃない?  実は赤面してない?
<大変光栄なお言葉をありがとうございます>
「ほほう、クールだねー?  実は照れてる……?」
<なんのことでしょう>
グレアは背中を向けてしまったから、この辺にしておこうっと。
私が乗りやすいように少し屈んでくれている。
「よしっ、気分切り替え!  今日も頑張るぞー!」
うーんと伸びをして言うと、フェンリルが、
<気分転換のために、今日は私の背に乗っていくか?  人型のグレアに後ろから支えてもらえば、エルが落ちることもないだろう>
「<ふぁっっっ!?>」
そんなことを言うので私とグレアはこの上なく間抜けな奇声をあげてしまった。
え、ええと、フェンリルの背中って広いからまたがるのが大変そう……像に乗る時の鞍みたいなのを魔法で作ったら、なんとか騎乗できるかなぁ?  楽しみではある。
<フェンリル様に乗る?  俺が?  上に?  嘘だろ……不敬……でも最高かよ天国かよ……マジで?  嘘だろ?  いや嘘じゃないって俺が決めた。ふざけんな俺にそんな権限はない!  フェンリル様のご意思こそが全てだろうが!  ってことは現実なんじゃん、なんだこれ……生きててよかった……補佐最高かよ……>
グレア落ち着いて、めっちゃ落ち着いて。
ぶつぶつ呟いてるその心の声、私たちに聞こえてるからね?  フェンリルドン引きしてるからね?  どうどう。
「一緒に乗ろーう!  グレア、上まで連れてって!」
「ぐえっ」
ちゃっかり人型になってたグレアの背中にへばりついてやると、首を絞めないように!  と文句を言われながらも、フェンリルに乗せてもらえた。柔らかな雪と氷の絨毯を鞍代わりにした。
グレアは私の後ろに、落ちないようにお腹に手が回される。
「わあ」
フェンリルの高い視点で見る雪原はまた印象が違って美しいね……!
感動の吐息は白く染まり、私たちが呼んだ冬を感じさせる。
<これからもともに歩もう。可愛い私のエル>
「うんっ」
自然に同意の声が出た。
グレアがホッと息をついた気配を背中に感じて、ん?  と思う間もなくフェンリルが軽やかに走り出す。
<とても気分がいいから素晴らしい魔法が使える気がする>
跳躍!  氷の橋を走り抜けて、まずひとつめの妖精の泉へ向かう。
あんまりにも楽しいから、私の口から笑い声がもれた。
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