冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
28:ツリーと黒鳥
レヴィをフェンリルの寝床の近くに運んでいく。
問題なくモミの木のソリは走ってくれた。安定した重心で乗り心地も良かったみたい。王子様すごいねぇ。
<ここがこれからわたくしの居場所になるのね!>
「うんっ。よろしくねレヴィ。
毎朝温泉に浸かりたいなぁ。朝日と温泉って最高に贅沢。あっでも夜空の露天風呂も捨てがたい……!」
夕焼けから、だんだんと暗くなり始めた空を見上げる。
フェンリル座が登りはじめていた。
<どちらも体感したらいいわ>
「そうするー。楽しみー!  明日からね」
<今日じゃないの?>
王子様が首を傾げながら鼻を押さえてるから……万が一思い出したら私が恥ずかしいからね!?  明日まで待てば大丈夫でしょ。「今日は疲れちゃったから」とレヴィに言い訳しておく。
ぷくっと頬が膨れたけど、近くにいられるならって手を振って穏やかにお別れした。
私たちはご飯を食べなくちゃ。
今日はカバンに入れていたツリーフルーツの軽食ですませる。
少量だからあまりお腹が膨らまなかったけど、魔力は全快。私の作り出したトンデモメルヘンツリーすんごいなー。
「寝床を作らせて下さい。……字が読めませんね」
王子様が説明書とにらめっこしている。
隣には組み立て式簡易ベッドの箱。なんと!  帰宅道中、またまた異世界からの荷物を発見したんだー。
ミラクルに運がいいよね?  ぽんぽんと見つかって、異常事態だって王子様が言うから私冷や汗とまんないけどね!  妙な胸騒ぎが……なんかやだなぁ。まあありがたく活用するけど。
「こうですね」
私が説明して組み立てていく。
王子様が「か弱い女性に……!」なんて言ってるけど、女性にも組み立てやすい軽い家具だから大丈夫だよー。自分で手を動かした方が早いし。
「どうぞ」
王子様がおそるおそるベッドに入った。
「こんなに寝心地がいいなんて!」
簡易品なのに、と感激しているみたい。コンパクトにまとまって広く展開できる骨組みをあとで研究したいって。そ、そっかー。協力しますね。
工作とか好きなんだなー、って気楽に考えてたら、彼は王国の災害時用に簡易ベッドを備えておきたいみたい。なるほど。さすが王様を目指してただけある。凄い、えらい。
グレアがぺいっと適当に王子に災害用保温シートをかけてあげた。荒っぽ!
「おやすみなさい」
王子様をかまくらで覆っておく。これなら暖かく過ごしてもらえると思う。
私は、
「フェンリルぅー!」
<おいで>
もっふんもふんサラふわんの白銀毛並みに埋もれるうぅ〜〜イヤッホゥーー!!!
王子様は一人かまくらにこもってるけどごめん!
これは譲れないんだわ……!!
一生普通の布団に戻れる気がしない。
<今日もよく頑張ったな。きちんと見ていたよ>
「〜〜っフェンリル……!  ありがとう」
<礼を言うのはこちらなのに>
わ、私、頑張ったねとか……そういう言葉に弱いんだってばー。だって認めてもらえたって、思って、感激しちゃう。
あああ近くに王子様がいるのにいいい……!  泣きそうだ。困る。
「グレアぁ子守歌歌ってぇ」
「俺がですか!?  子守歌をぉ!?  クッ……分かりましたよ!  あとで覚えておいて下さいね!?」
泣き声をどうか隠して。
フェンリルにぐりぐりと頭をこすりつけて涙をごまかす。
グレアのとても綺麗な歌声が聞こえてきた。うっわ上手!  でも子守歌って感じではない。優しく包むような声ではなくて、冬風のような冷たいさわやかさの……フェンリル賛美歌。さすがだわ。
「っふふ……!  ありがとー」
「そうですかご満足ですか。まだまだまいりますよ俺オリジナルなので歌に終わりはございません!」
「凄いね!?  フェンリル超愛されてるね!  寝るね。おやすみなさい」
もう絶対寝る。そう決めた。歌に付き合ってたらグレア絶対に寝かせてくれないわコレ。
感謝の言葉は心からのものだよ。
今日はたくさん気を使って疲れたから、私はすぐに眠ってしまった。
フェンリルが何か言いたげに口を開きかけていたことには気付かなかった。
***
温かく包まれて、朝まで快眠!  最高だ〜!
「おはようフェンリル」
<おはよう可愛いエル>
や、やーだー照れる〜。でももっと言ってほしい気もする。私もね、フェンリルに贈られたこの容姿が大好きだよ!
王子様が見惚れるのも分かるわ。あの反応、完全に同志って納得してる。
王子様とグレアの姿がないね。
朝ごはんを狩りにいってるって。……か、狩り?
王子様が妙なキノコとか持ってきたらさすがに捨てよう……
「「戻りました!」」
私が起きてすぐに二人が戻ってきた。
雪妖精とともに……ってことはフェンリルが知らせてくれたの?  ありがとう!
「ウサギを狩りました」
華やかなイケメンスマイルで血が滲んだウサギを掲げるのはちょっと……雪国の王子様ワイルドすぎるよー!?
「卵です」
グレアのお土産の勝ちだわ、これは。
私がまずグレアの戦利品を受け取ると、王子様は大ショック!!  と言わんばかりに背後に雷を轟かせ雨を降らした。そんなイメージ。ごめん。
でも温泉と卵の相性が良すぎるの!!
レヴィにお願いして温泉卵を作ってもらう。
グルメな王子様の舌にもあったようで、グレアが長々と温泉卵について得意げな顔で語り…………お気に入りだなー!  あんなに澄ました顔しといて耳がピコピコと。笑いを必死でこらえたわ!
「ごちそうさまでした」
ウサギはバター炒めにしました。……結局食べた。私、馴染んできてる気がする。
そしてフェルスノゥ王国の備品ありがとう!  バター風味お肉が美味しかったぁ!
それにしてもギリギリ死なない生活用品セットも置いていったミシェーラが凄すぎるよね。判断の早さと的確さと思い切りを兼ね備えてる。王子様は思い切りの犠牲になったけど。
<今日は山頂に行くぞ。黒鳥を捕らえているからな>
フェンリルのニヤリ笑いがこわーーいっ!
基本的に私に甘いし周りに穏やかだから忘れがちだけど、オオカミだから、怒った時の迫力が物凄いのなるの。牙がギラリ!
これ黒鳥めちゃくちゃ叱られるやつだわ……。
<昼は鳥肉だな>
叱られるどころじゃなかった。
獣たくましい!!!!
<冗談だ>
「そうなの!?」
<肉があまりうまくないから食う気にならない>
そういうことか……なんか妙に納得した。そうでなければお昼ご飯かぁ。
山頂に登っていく。
昨日レヴィを運んできたモミの木のソリに王子様が乗った。
グレアが運ぶとどうしても揺れるから、氷のトナカイを作ってソリをひかせることにしたよ。涙の真珠を核にしたから高性能!  えーと、昨夜の涙。あはは……。
「なんて素晴らしい魔法!  お心遣い感謝申し上げます」
「はい!  行きましょう」
王子様の扱いにもなれてきた。
山頂にたどり着く。
鳥かごのような結界に、やせ細った黒鳥が囚われてて、こちらをじっとり眺めていた。
<さぁどうしてやろうか……>
フェンリルが低いうなり声を漏らし、舌なめずりする。こっっっわァ!!
そこまで怒られると思っていなかったのかな、黒鳥が恐慌状態になってバタバタと騒ぎだした。
メルヘンツリーを見上げる。
確かに実が食べられているね。
私は獣の耳をすませてみた。
<空腹だったんだ……!>
まあそうだよね
<エル。耳が>
「あー……」
苦笑い。私の耳が伏せてるのね?
空腹で果物を食べるって、イタズラというよりもまあ自然なことだと感じたんだー。だからこの黒鳥、選んだ木が悪かったんだなぁって。同情の余地はあるんじゃないかなって。
そう考えられるのは、私が今、優しさに触れる暮らしをさせてもらえてるからだと思う。
「冬毛になってなくて狩りができなかった、とか?」
フェンリルにそっと聞く。
<それもある。どうしたい?>
わ、私が決めるんだよね。
この黒鳥が生きるか死ぬか、運命を。
これからこの世界で生きていくなら、必要なこと。冬姫様として……はまだ迷いがあるんだけど……
深呼吸する。
「生きる糧ではなく制裁として鳥肉にするのは、やりすぎかなって。問題は冬毛になれなくてお腹がすいてたことだから、チャンスがあってもいいと思う」
<分かった>
フェンリルが足踏みすると、スマートすぎた黒鳥がもふん!  と冬毛になる。まるで大きなふくら雀……!  可愛げがある。目つきは悪いけど。
まだ結界は解かれてない。フェンリルがツリーを見上げてから私に視線で問いかけてる。あ!
「イタズラしたの?」
<いいえ?  そんなことは。お腹がすいていたから食糧が欲しかっただけです!!>
信じて下さい!  と黒鳥が訴えかけてくる。
けど……そのわりにはフルーツを食べただけでなく樹もちょっと荒らされてるんだよね?  
内側の方だから今やっと気付いたんだけど!  くぅー!  
フェンリルの視線の誘導がなければそのまま知らずにいたと思う。
まだまだこの雪国の生物のこと、私はなにも知らないな。知っていきたい。そして……フェンリルたちがより暮らしやすく、良い土地になるお手伝いをしたい。
この気持ちに嘘はない。いつか胸を張って、冬姫様って受け入れられる日がくるのかな。
「冬毛になれて良かったね。ご縁があったから贈り物。良いことをして過ごしてね?」
<もちろん!  このご恩は忘れません>
首に氷のネックレスを作ったら、黒鳥は<あっヤベ>って目元をピクピクさせた。
そう。なにかありそうだよね?  ふふふ。
この棘アリ柊(ヒイラギ)ネックレスは、孫悟空の輪っかみたいなものだよ。
「良いことをし、ま、しょ、う、ね?」
にっこり微笑みかけながら、足をダーン!  派手に魔法を使ってメルヘンツリーを再生してみせた。バレてるからね!
黒鳥は何度も頭を下げて飛び立っていった。反省してくれますように。
背後で王子様とグレアのフェンリル族崇拝賛美が聞こえる。
フェンリルのくっくっという笑い声も。
<エル、よくやった。このツリーフルーツを食べて、黒鳥は魔力を増幅させていたから、そのままの解放はよくないと思っていたのだ。
気付いて上手く対処してくれてよかった
ツリーを守るガーディアンがいた方がいいな……>
「そ、そうなんだ。変な存在がツリーフルーツを食べたら困るんだね」
<そう。今日は妖精の泉にいって、エルが自分の妖精を呼べるように契約しよう>
妖精の泉かぁ。とても綺麗な場所なんだよね。でも魔力が濃すぎるとか怖い話も聞いたし少し不安。……でもやっぱり楽しみだ!
フェンリルが<その無邪気な顔がいい>って言ってくれたから、昨日から愛想笑いが多かったことに気付いた。
フェンリルにぎゅーーっと抱きついた。
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