冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

27:ソリ作り

(グレア視点)


 まったく不愉快です!!!!
 王子の口に例の飛び上がりキノコをねじ込んだ。変な行動をしてしまうだけで体調を崩すことはない。
「もともと体調不良だったところに食べさせてしまって大丈夫?」などとエル様はお、優、し、く、心配しているが、ユニコーンの直感がよしと言っているのでまあなんとかなるでしょう。
 王子が飛び起きた。

「うわっ!?」

「心地よく寝ていましたねぇ?  体調が回復されたことでしょう。ここは元の場所です。ではソリを作って下さいますか?」

「……元の場所……?  ソリ……?」

 王子が頭を抱えて思い出そうとしている。

 途中の記憶を消しましたからね。
 エル様の冬の毛皮が溶けるあたりの。
 エル様はそれを見られて恥ずかしかったそうです。
 まあ皮剥ぎ姿なんて食べられる直前の獲物のようですしね。そう言うと半眼で「デリカシーない獣……」と返されました。
 なにが?  どこが?  今朝の青イノシシをエル様はなんだかんだ美味しそうに召し上がっていたではないですか?  
 フェンリル種族は頂点でなくてはならないので、そう軽率に獲物のように素肌を晒さないで下さいませ。
 レヴィにも温度を注意しなくては。

 そう思考していると、王子がハッとした顔をした。やっとか。遅い。

「お待たせしてしまって申し訳ございません」

 まったくだ。
 顰め面ー!  と言いながらエル様が俺の耳をつねる。

「レヴィに挨拶してすぐに意識を失ったんですよ。毒キノコを食べたり、遠征で疲れているのかもしれませんね」

 エル様、そうして笑顔を振りまくからあの者が舞い上がるのですよ?
 まるでグレアがフェンリルを信仰するみたいに?  ってまあハズレではないですけど同類扱い腹立つなあンの王子め!!

 この王子のにおいは獣の発情期のそれです。
 人間たちは「恋」などと浮ついた夢を見ていますが、誇り高いフェンリル族をそのような目で見るなど!  嫌いですね!
 エル様は王子に同情しているようですね。どうか深入りなさいませんように。この王子は落ち込んでいるところですから、エル様の気分も暗くさせてしまいかねません。

<樹が必要だな?>

 フェンリル様が氷魔法で樹を倒した。
 素晴らしいです!!!!!!
 さあフェンリル様からのお心遣いを受け取りソリを作りなさい。

「これは立派なモミの木だ!  貴重なアビエスアルバ。冬の恵みに感謝いたします」

 王子が祈りを捧げた。
 そういうところは嫌いじゃない。フン。

 エル様は「アビエスアルバ?  ドイツ語で白い、だっけ……。え、なに言語混ざってるの?  まあカタカナ英語とか普通に耳に入ってくるし、異世界翻訳みたいな?」とか呟いている。
 適当でいいのではないですか?
 別に困るものでもないはずです。
 分からない単語があるならばフェンリル補佐官の!  俺が!  教えますから!!

「モミは頑丈でよい材木ですが、乾燥が不十分だと腐りやすい。そう認識していますが……これでソリを作っても大丈夫ですか?」

「"それは森林の浅いところにあるモミのことだな。ここの魔法樹木ならばしなりがあり乾燥していなくても頑丈、それに冬によく馴染むからソリに最適"……だそうですよ。クリストファー王子」

 しまった出遅れた!?  くっ……!
 フェンリル様とエル様の手をわずらわせてしまった……あの説明ならば俺もできなのに。

 グレアの耳がしょんぼりしてるよ、とエル様がつまむ。

「次はこんなことはありえませんから!!  このグレアにご期待下さいませ!!」

「お、おー。グレア何かと戦ってるの?」

「補佐官としての誇り、ですかね」

「共存すればいいんじゃないの?」

「甘やかさないで下さいませ」

「だって私は甘やかしてもらってるから、みんなにもお礼したいよ」

 ド善人か。
 このエル様を苦しめたカイシャは地獄に落ちろ。いや落とした。マジで。

 そうしている間に王子はモミの木をせっせと切って木材にした。
 樹の年輪がすごいとか、白が美しいとか呟いて、夢中で観察しながら作業の手は止めない。
 ……そこは加点。

 驚くべき手際の良さでソリを作った。
 道具箱の中には釘など修理用の道具も揃っていたようだ。

<彼は調査員として最適なのかもしれない>

 フェンリル様ーーーーー!?
 そのようなご判断は……ウッ……ぐぅ……否定はできませんけどうおおおおおおーー!  ああああああーー!

「凄いです!」

<まあ!>

 エル様とレヴィが褒めちぎっている。
 王子は顔を真っ赤にして笑顔で……

(今にも倒れそうではないですか?  軟弱です)

(……まあ)

 小声で聞くと、フェンリル様は同意なさった。
 そうでしょう?

<しかし何度も立ち直るしぶとさはあるな。今回は気絶していないし>

 まあしぶとさは俺も認めます。あのミシェーラ姫の血族なだけあります。
 ……そういえばフェンリル様の血筋でもあるのですよね。ほんの少し好意が芽生えました。

<今回の冬は特別なものだ。森林知識と情熱を兼ね備えた優秀な調査員がいてくれなければ困る。そのための人材を……とは考えている。王族であればスムーズに現王まで話が通るな>

 フェンリル様がじっと王子を見極めている。
 ……嫉妬するなよ、俺。
 憧れは努力の原動力になるが、嫉妬は心を病むだけだと知っている。だから、俺がするべきなのはよりフェンリル様の役に立つこと。王子を嫌うことじゃない。
 ーーうん、まとまった。

 エル様がソリの下部に氷を纏わせて、滑りをよくした。

「うん!  完璧!  やったね〜!」

「初めての共同作業ですね」

 王子が恭しくエル様の手を取った。
 この色惚け野郎がァーーーーー!?

 自分でも驚くべき速度で駆けつけて手刀を落とした。
 王子め避けやがった!!
 やはり嫌……いけすかない。うん、これだ。これぐらい許せ。よし俺が許す。

「グレア、男性に厳しいのね……?」

「職務に忠実なだけです。さあレヴィを運びますよ!」

<わたくし楽しみだわ>

<行こうか>

 フェンリル様の一声で全員が動く。
 これめっっっちゃくちゃ快感でたまらないな。
 さすがです!!!!

 樹のソリは一人用なのでレヴィが乗り、王子は氷のソリ。
 ソリを引くのはユニコーン……それ行くぞ!!

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