冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
26:王子とともに雪山散策
山の頂付近につくと、見たことがある雪の山。
<スノーマンの対処はすぐに終わりそうだな。他に妙なところはなさそうだ>
フェンリルが周囲を見渡してそう告げる。
<エル。やってみると良い。スノーマンを直してやってくれ>
私が?  と思ったけどまぁ私の訓練だろうね。
「じゃあやってみるね」
これまでのことを思い出しながら、足をダンと踏み出した。
「なんと軽やかな音だ!」なんて背後から王子様の声が聞こえてきたんだけど……うん、あの……これが信者(グレア)1万人ということか!  って納得した。
私の足元から魔法陣が広がって、スノーマンを形成していく。
余計なイメージはせず、スノーマン本来の形になる手助けのつもりで魔力を送った。
なんと!  4段重ねの大きなスノーマンが5体もできあがった。
どうしてこんなにまとまっていたのかというと、1体が山頂で崩れてしまって、全員雪崩に巻き込まれたそう。スノーマン社会にもいろいろあるんだねぇ……
「ふゆひめさま、ありがとうございます」
「これからサラサラの雪にも慣れていってね」
「このうつくしいふゆをよんでくださって、かんしゃしています」
毎度そんなふうにお礼を言われるから……なんだか自分が肯定されている気がして、とても嬉しくなる。えへへ。
嬉しい気持ちのまま微笑むと、背後でンッと変な声がした。
王子様が顔を塞いで震えている。
「大丈夫ですか!?」
荒っぽい氷のソリに乗ってきたから、体調を崩していないか心配だな……使者としてやってくる時にもすでに足を負傷していたくらいなんだから、王子様はサバイバルが苦手かもしれないよね。でも国のために頑張っているのかも。
「大丈夫です」
華やかな笑顔でそう返された。無理してないといいけど……彼がそう言うなら、とりあえず信じてみようか。
王子様っていうだけあって、すごく整った美貌だよね。
……フェンリルも元王族だったってことは、人型がますます気になる!  フェンリルの場合は後継のお姫様だから、ミシェーラに似ているのかなぁ。
<ふゆひめさま>
よそ事を考えてたら、スノーマンに話しかけられる。
<わたしたち、やまのてっぺんにくろいイタズラものをみたんです。ふゆひめさまのツリーをつついていた。だからかけつけようとして……からだがくずれてしまいました>
しょぼん、とスノーマンの眉がハの字になった。か、可愛い。
「フェンリル、どうしよう?」
<今、雪妖精を送った>
「さすが!」
対応が早いね。
<黒いイタズラもの、はおそらく黒鳥の魔物だな?  イタズラ好きだからいつも至る所で小さな悪事を働く。
後ほど対処するとしよう。大きな悪さをする力はない>
「よかった」
ホッとひと息。
<しかしエルが初めて作ったツリーに悪事を働くのはとても不快だ。よって雪妖精に結界で捕らえさせて、私が直々に対処しよう>
過激派!!!!!!
でも嬉しいよ。唸り声こっわーいけど!  ああなんだか複雑な気持ち……!
とりあえずフェンリルの脚にひしっと抱きついておいた。ありがとう。
フェンリルが優しく顔をすり寄せてくれるから、頬のサラサラ毛並みを堪能する。
「<ウッ!>」
今度は奇妙な声が2つ……?  グレアも体調不良なの?  風邪流行ってるのかな。いやでも癒しのユニコーンのはずだし。まあいいや後でツリーフルーツを口にねじ込んでおこう。
「じゃあまたね」
<はい。ふゆひめさま、さようなら>
スノーマンたちが立ち去っていった。
私たちもレヴィのところに戻ろう。さっきの話し合いの時から一人で放っておいてるから、また寂しがっているかもしれない。
べ、べつに冷風で冷えたから温泉のポカポカ感が欲しいなんてそんなこと……あるよね!!
温泉って大好き。日本人だから仕方ない。
<戻ろうか>
フェンリルが絶妙のタイミングで言ってくれた。
フェンリルとグレアはすぐに踵を返したけど、王子様はまだぼうっとスノーマンの背中を見つめている。
横顔を確認すると、夢見るようにキラキラと瞳が輝いている。
本当に冬の生き物たちが好きなんだねぇ。
彼の本心はきっとそれで間違いなくて、でも、王様になるレールをずっと歩いてきたから迷うんだろうな。
そりゃそうだよ。私みたいに異世界転移したわけではなく、彼が帰れるお城も玉座もまだ存在しているんだから。
「クリストファー王子」
「はいッッ!?」
おわぁ!?  び、びっくりしたぁ。彼、オーバーリアクションだよね。
振り返った王子様の美形オーラがものすごい。背後にぶわっとお花のシルエットが見えそうだよ。
まぁそれはさっきも考えたからもういいや。
「そろそろ元の場所に帰ろうと思います」
「わかりました」
「名残惜しそうですね?」
「……はい。このような森林の奥地に王族が入ったことはないのです。ここはすでにフェンリル様が治める領域ですから。お招きいただけて光栄です」
ごめんノリで連れてきちゃった。そこまで考えてなかった。まずかったかなー!?
思わずフェンリルを振り返ったけど<まあ問題ないさ>って……以心伝心ありがとうございますよかったああああーー!  ヒヤリとしたよ。
「それに今年の冬は特別ですから。見たことがない景色、動物に植物、どこまでも興味が尽きません!」
王子様は子どものように無邪気に軽やかに語る。
そう言われるとなんだか私も嬉しくなるなぁ。
「あれは冬星草ですよね」「あちらのモミの木には冬の魔法がかかっている。表皮が違います」とか……王子様が確認してくれるけど、ええと、私は彼よりもはるかに何も知らない。
曖昧な笑みで流してしまう。
学習しなくちゃ……!
ここで、本当はよく知らないって言うべき?  異世界人だからそれくらい許してもらえるかな?  でも彼らにとってはしっかりした冬姫様じゃないと不安だよね。私、流されてるけど、自分の進路って……
思考の沼に入りそうになった時、グレアが寄ってきた。
<参りましょう?>
「そ、そうだね。レヴィを待たせているもんねぇ」
まずそれだわ!  ハッとした。
「クリストファー王子。そろそろ戻りましょう。……またあの氷のソリで走っても大丈夫ですか?」
王子様はちょっと顔を引き攣らせた。やっぱりね?  あれ絶対に怖かったよねごめん。
「わかりました」
でもうなずいてくれたからそれに甘えることにしよう。今のうち!  って……なんだかミシェーラみたいな思考になっちゃった。でもあれ以外に方法ないもんね。
私がグレアの背中に乗って、氷のソリの鎖を鞍につけた。
グレアが<もういいでしょう。行きますよ>と駆け出す。容赦ないな!?
谷間を氷の橋で渡ったり、デコボコした場所では王子様が心配になって後ろを振り向いた。
だってソリも揺れるだろうし、耐えるような小さな悲鳴も聞こえてきてたから。
獣耳が敏感に音を拾ったんだよね。
彼はたまに怖がってはいたものの、夢見る瞳のままで興味深そうに周りを観察している。
けっこうたくましい。雪国の人だからソリに慣れているのかなー。
私だったらあの爆走氷ソリに乗って、あんな風に余裕を持って周りを見渡すことなんてできないな。
元いた場所に帰ってきたら、レヴィが抱きついてきた。
<冬姫様!>
「お待たせ。寂しがらせてごめんね」
<そうね。わたくし、寂しかったわ>
ストレートな物言いがレヴィらしい。
これぐらい素直に言い切られると、気持ちがいい。私も見習うべきところかも。
「この方は……?」
王子様がそっと尋ねてくる。
レヴィはとくに怖がることなく、私に抱きついたまま興味深そうに王子様の方を向いた。
でも近寄っていく気はないみたい。
「この子は湯の乙女。レヴィといいます」
「聞いたことがあります!  数代前のユニコーン様がわが国に伝えました。それから、王国からたまに森林調査に向かう調査員が温泉乙女を見たことがあるそうです。
出会えるなんて、ご縁に感謝いたします。あなたたちが冬の終わりに春を運んでくださるのですから」
クリストファー王子はそう言って跪いた。
フェンリルに会った時と同じ動作だから、多分最上級のお礼なんだと思う。
レヴィは目をうるうるさせた。
<そんなこと言われたのは初めてよ……なんだかムズムズとした気持ちだわ>
レヴィの温度が上がっていく。
きっと嬉しいんだよ、って教えたいのをちょっと我慢して見守ってみる。
<わたくしたち湯の乙女が春を運ぶのは当たり前のことですのに。お礼を言われるなんて。人間って不思議ないきものなのね>
「ふふふ」
少し笑ってしまった。
微笑ましくて、ポカポカ素敵な雰囲気だなぁって。あと”人間”って表現もなんだかツボにはまった。
「レヴィは人と話すのも初めて?」
<そうね。だってわたくしのお湯は熱すぎて、魔物も近寄らなかったんだもの>
レヴィがしょんぼりしてしまう。
ああああごめん……!  そんなつもりは!
<でもね。冬姫様はわたくしの温泉に毎日浸かりたいって言ってくれたわ。見つけてくれたのがあなたで良かった>
レヴィが私をぎゅーっと抱きしめる。
ポカポカ、私でもちょっと熱いくらいかな。でも耐えられる範囲だし。
……と幸せな気持ちでいると、背後でズモッと何かが雪に埋もれる音がした。
なぜか王子様が倒れている。
何事!?
もしかしてまだ毒キノコの影響が残っているの……!?
「グレア〜!」
一応、王子様の体調不良を心配して呼んだけど、ええい男性は治さないんだ。もーー!
グレアは大変冷めた目で王子様を見下ろしている。
つい助けてしまうのは、彼の境遇がどこか私と似ていると感じるからだろうか。
努力しても現状に納得できなくて、才能ある優秀な人へのコンプレックスが凄くあって、苦しくて悩んで悩んで悩んで……うう……や、やめとこ。
それにミシェーラ姫の夢を応援するって先に言っちゃったからなぁ。
それって王子にも多大な影響があるし、彼を気にかけるのは私の責任だよね。
思いがけず莫大な責任を背負うところはマジで反省しなきゃいけない……。
<彼は別に体調が悪いわけではないようですよ>
「そっか。ありがとうグレア」
なんとかそこは教えてくれた。
レヴィから離れて王子様に近寄ろうとすると、妙に寒い。
私の保温ドレスは?
ーーあ。ところどころ溶けてる。これか!?
王子様の顔付近の雪はうっすら赤く染まっていた。
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