冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

25:クリストファー王子の望み

(クリストファー視点)


 白銀の髪をさらりと揺らし、優雅に微笑む麗しのプリンセスがすぐ側にいる。
 ああ、初恋だ。心臓がドクドクと恋の熱を全身に運ぶ。

 そして僕はまだらに雪を付着させたマヌケな見た目でぎくしゃくと椅子に座っている。
 さっきベッドから転げ落ちた名残だ。最悪すぎる。
 消えてしまいたい。
 いや、フェルスノゥ王国の第一王子としてそのようなことを考えてはいけない……!

「お兄様。わたくし女王陛下になりたいのです」

 まっすぐに告げるミシェーラの眼力はカタパルト砲のごとし。

「お話しいたしましょう」

 ドスッ!  と鋭く僕を貫く。
 うっ……!  お話という物言いだが「仕留める」という明確な殺気を感じる。
 ああ、表現が悪かったが、まあ殺気のごとき決意ということだ。

「……僕の考えだが」

「はい。お聞かせ下さいませ」

「まずは、急すぎる。先ほど騎士団長たちが言った通りだ。重大なことを短慮で決めてはならない。
 二つ目に、現在の王位第一継承者はこのクリストファーだ。そのつもりで国政予定があるのだから、各所に混乱が生じる。
 三つ目に、これまでフェルスノゥ王国の女王となった姫はいない。前例がないことは慎重に動くべきと考える。僕は王としての教育を受けていたが、ミシェーラは姫君として他国との縁を繋ぐ教育を受けていただろう。その差は大きい」

 僕は口を閉じた。
 ミシェーラは途中で口を挟むことなく時を待っていた。
 目がギラリと光った……猛禽類かッ!?
 くるぞ。ゴクリと喉が鳴った。

「一つ目から順番に回答いたします。
 タイミングについては先ほど申し上げた通り、フェンリル様の後継という予定がなくなった今だからこそと考えています。今を逃せばまた姫としての道に戻るだけ。わたくしには今しかないのです。
 二つ目。各所への対応はスムーズに成し遂げましょう。お任せ下さいませ。女王になりたいと言った覚悟に嘘はございません。
 三つ目。お兄様が学んだ国王学はわたくしも完璧に習得しています。教科書を盗み読みました。
 以上です」

「なんだって!?  とくに最後!」

「わたくしは幼い頃から女王になりたかったのですわ。盗み見については、誠に申し訳ございません。この場では謝罪が精一杯ですが、罰則があるならば受けますわ」

 そんな事例は未だかつてない!  罰則など存在しない。しかし甘く許していい内容ではない……頭が痛い。
 我が妹ながら破天荒すぎる!
 昔からそうだった。
 いつも……昔から……”女王になりたかった”……ミシェーラの声がぐるぐる頭を巡る。

「……教科書が無くなっていたことに僕は気付かなかった。重要書類だから失くすことはありえない。昨日も読み返して学習したばかりだ。一体いつ見たというんだ?」

「深夜にお兄様の部屋に忍び込み、本を読んで元の場所に戻しました。
 昼間の勉学の会話は音声記録。
 鍵を開けるハリガネと盗聴器は異世界から落ちてきたものを使用しました。宝物庫に入っていたものを幼少期に国王様におねだりしたのです」

「なんという手腕だ……!」

 ミシェーラ、君は姫なのだが?  暗殺者か?  
 優秀さを使うところが違うだろう!
 そして僕はドマヌケか。

(なんという手腕、か。王子に激しく同意だ)(さすがミシェーラ姫。方法を見習いたい)こら騎士団長たち!  新たな諜報方法に関心が向くのは分かるが、興奮のあまりささやき声が大きいぞ!
 僕にまで聞こえているということは、プリンセスたちにも聞こえ……

 明らかに引いている……ああああそんな表情も麗しいです!!  なんという存在の尊さ!

「お兄様。ではお聞き下さい。国王学法律文書第一項」

 つらつらつらつらつらと語っていくミシェーラの言葉が耳を通り抜けざまに脳みそをガンガン殴っていく。
 顔に「エル様を眺めて癒されている場合ではございませんよ!?」と書かれている。
 僕の顔も引きつった。
 本当に悪かった。

「ミシェーラ、そこまで……!  内容が合っていることは分かる。丸暗記してみせたミシェーラの能力が高いことは認める」

「まあ!  誠にありがとうございます」

 ここでの目的は能力披露ではなく僕の意識を王族会合に戻すことだったので、お礼を言ったミシェーラは冷めた目で僕を見ている。
 もちろんプリンセスたちからは見えない絶妙な角度でこの表情だ。
 さすがだ。

「ミシェーラは優秀だ。各所への対応も成し遂げるだろう。しかしそれだけで第一位継承権を譲るわけにはいかない……!」

「つまり『なんとなく納得できないからイヤ』なのですね」

 ザッッックリ。
 言葉が出てこなかった。
 よく考えてみるとまさしくその通り。
 第一王子よりも勉学、交渉術、社交術、武術、すべて優秀で、ミシェーラが女王になることになんの問題もないはずなのだ。本人が述べたとおり、関係各所への対応もスマートにしてみせるのだろう。
 僕よりもミシェーラの方がふさわしい、という言葉も陰でこっそり囁かれていると知っている。
 僕は……これまでの努力が名残惜しくてゴネているだけなのだろうか。

 堂々とした姿勢はまさに王の器。
 ミシェーラに対してそう感じた。
 しばらく沈黙がおりた。

「敵対したいわけではありませんわ」

 ミシェーラがまっすぐに見つめてくる。
 僕を心配するような表情だ。耳が少し赤い。ミシェーラが愛想の仮面を被っていない時の特徴だ。
 ……幼い頃からかわらない、家族だけが知っている彼女のクセ。
 なんだか、ホッと落ち着いた。

「少し戯言遊びをいたしましょう。
 お兄様の夢はどのようなものですか。現在の立場に関係なく、まさしく”夢”を語って下さいませ」

「……僕は……」

 頭の中に描かれたのは雪原だった。
 純白のサラサラした雪に見たこともない動植物。この特別な冬を知りたい、と純粋な好奇心がうずく。子どもの自分がわくわくと目を輝かせているのが分かる……。
 その視線の先にいるのは……ッ
 プリンセスが僕を眺めている。

「冬を知りたい」

 無意識に、隣にいたプリンセスの手を取っていた。
 彼女が驚いた顔をしている。
 僕も驚いている。
 そのまま背後に花が咲き乱れ甘やかな雰囲気に……なんてことはなく……

「戯れ事(・)が過ぎたようで」

 ユニコーン様の鋭い手刀が僕の手首に落ちた。
 いッッッたぁ……!

「こら、グレア!?」

「話し合いを認めましたが、冬姫様に軽率に触れていいなど一言も申し上げませんでしたけれど?  失礼ですよ」

「もーーーー!」

「「誠に申し訳ございません!」」

 僕とミシェーラの声が被る。
 ああもう、妹の判断の優秀さがよく分かるし、僕はダメすぎる!  失態に失態を重ねてしまった……

「別に嫌ではなかったよ」

 プリンセスの声に、僕の頭の中で祝福の鐘がリーンゴーンと高らかに鳴った。
 落ち着け!!!!
 恋心が理性をぶち破りそうで涙目だ。
 恋がこんなに荒ぶるものだなんて知らなかった……!

「エル様、お優しい言葉を誠にありがとうございます」

「エル様!  甘過ぎますから!」

 ミシェーラがすかさず乗っかり、ユニコーン様が怒っている。

「うーん。握手みたいなものだと思うし。ね?」

 プリンセスはおそらく外交のために僕のフォローをして下さったのでしょう。
 それでも、触れられて嫌ではないという言葉は破壊力が強すぎて……!
 ああダメだよそ事を考えるな、ミシェーラの冷たい目を思い出せ。

「うちのグレアはやり過ぎだと思うので、冷やしますね」

 しぬ。
 あちらからまた手を取られた。

「お心遣いに感謝申し上げます」

 なんとかこの言葉を絞り出せてよかった。
 顔が真っ赤だとかはもうどうしようもない。本当に……はあぁぁ。僕はまだまだ未熟者だな。

「この者が次期国王となり長く付き合っていくなど、俺は御免ですね!!  ミシェーラ姫の方がまだふさわしいと感じます!」

 ユニコーン様の言葉が胸にひどく響いた。

「わたくしからは滞りのない対応を約束いたしますわ」

 ここでサッと売り込んでくるミシェーラは本当に凄い。たくましい。どうやったらこんな鋼の精神が身につくんだ?
 生まれながらの才能に、たゆまぬ努力の賜物だ。

「クリストファー王子。まだまだ悩んでいますよね」

「!!」

 プリンセスの声は美しいだけでなく、真剣さがある。

「答えがなかなか出ないのは仕方ないです。難しいことですから。
 でも、自分のしたいことについて、気づけたのは良かったんじゃないでしょうか」

「……良かった、のでしょうか。
 思い出さずにいられたら、ただがむしゃらに政務をこなしていけた」

 冬への憧れを自覚した今となっては、どれだけ夢中に働いていても外の景色が気になるだろう。
 苦しみながら生きなくてはならない、と想像する。
 一瞬だけ手が震えた。

「その進路にはもうわたくしが全力で介入いたしますから、まっすぐに進むのは不可能ですわ?」

「ミシェーラ……!?」

「決意した子は強いなぁ」

 妹の強烈な茶々に、プリンセスがクスッと笑う。
 なんだこれ楽園か。

「ミシェーラ姫は女王となるでしょうね。確信しました。
 確固たる意志で道を進み、努力することの強さを俺は知っていますから」

 ユニコーン様がそう言う。
 彼は完全にミシェーラ派となったようだ。
 フェンリル様は……未だ沈黙している。ご自身の発言力を考慮して、結論が出るまで静観なさるのかもしれない。

「そろそろ帰る時間です。今から動かないと夜までに帰城できません。
 さあお兄様!」

 たしか明日は他国の使者がやってくる日だ。できれば王子と姫もいた方が印象がよい。
 それにしても……急かして判断に圧をかけるテクニックは大したものだなぁ。
 ミシェーラの方がふさわしいという雰囲気になっている中での急かしは効果的だ。

「ミシェーラは女王になりたい。僕はすぐに頷けない。これで国王様に相談しよう」

「……承知いたしました!」

 むぅ、とミシェーラがむくれている。耳を赤くして。
 まあ、妥協案を受け入れてくれてよかった。

「全員の意見を聞こう。そして慎重に判断……のわぁっ!?」

 ドドドドドドドド!!  と地面が揺れる。
 フェンリル様が素早く立ち上がった。雪妖精が舞って、なにか知らせているようだ。

「スノーマンの雪崩です!  山の裏側……かなり大きい。エル様、向かいますよ!」

「は、はーい!」

 ユニコーン様が白馬となり、プリンセスがひらりと乗る。
 素晴らしい絵画のようだ。
 ユニコーン様がプリンセスになにか言付ける。

「長くなるから帰ってていいよー!  だって!」

 フェンリル様が足を踏み鳴らすと、氷の帰り道ができた。

「……木のソリ……借りたかったんだけどなぁ」

 プリンセスの耳がしゅーんと伏せる。
 一瞬ピキンと硬直していると、僕の膝になにか重い木箱がドサッと降ってきた。

「うっ!?」

 衝撃に耐える。

「まあまあ!  木のソリですか!?  兄は昔から木工細工がとても上手ですから、お役に立てると思いますわ!!
 道具箱と兄を置いていきますから、ぜひご活用下さいませ!
 お兄様!  明日の会合はミシェーラがこなしますので、エル様たちへのお礼をしっかりなさって下さいね。
 ごきげんよう!!!!」

「ミシェーラーーーーーー!?」

 驚くべき速さで騎士団長たちをソリにのせ、華麗にお辞儀をキメ、トナカイたちを走らせてミシェーラは行ってしまった……。

 後には、唖然と手を伸ばす僕のみ。

 と思ったら、足元が凍り始める。
 氷のソリになった。
 鎖が伸びていて……勢いよく発車!

「うわっ!?」

 ゴチン!  とソリの角で頭を打ってしまった。
 ごめんなさーい!  と遠くでユニコーン様に乗って駆けるプリンセスの声。

「一人で置いていくわけにはいきませんし!  一緒に来て下さい!」

 容赦無く放置していったミシェーラとのこの差よ。

 混乱をどうしようもない恋心があっという間に塗り替えて、ぐるぐると考え事をしながら僕は雪景色を眺め続けた。

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