冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
23:フェンリルの後継ぎの事情
「状況説明のために集まったんだから、みんな座りましょう。どうぞ」
簡易折りたたみ椅子を広げる。
そして氷でテーブルを作った。
紙コップに温かいスープを注ぐ。袋パックのスープをレヴィの温泉で温めていたんだー。
まあ非常用バッグに入っていた商品なんだけどね。大事にとっといてもしょうがないし、今が使いどきでしょ。
折りたたみ椅子は朝、かまくらの外に落ちてた。
使者の皆さんは目を白黒させている。まあそうだよね。
「おもてなしの気持ちですので。どうぞ?」
二度め。ホラホラ。
まず会釈をして前に出たのは美少女だった。決断力があるぅー!
社会に出てもたくましくやっていけるタイプかもね。やめよう考えるな私。
一番に座ったのは青年だ。というか美少女に一番を譲られたような印象。
もしかしてこの青年が一番偉いの?  様付けで呼ばれていたし……。
全員が着席したので、私はフェンリルにもふんと座る。
椅子、四脚しかないんだよね。
「…………プリンセスは椅子にお座りにならないのですか?」
「私、フェンリルにくっついてるのが好きだから」
毛皮に顔をすり寄せてみると、フェンリルが耳を揺らして喜んだ。可愛いなっ!
(フェンリル様にあんなに近寄って平気だなんて)(やはり後継)聞こえてるよー?
グレアは立ったまま。
だから使者さんはもぞもぞと居心地が悪そう。まあ、あちらの方が立場が下なんだしね……。
「皆さん道中お疲れ様でした。足も疲れていると思いますから、わずかですけどおやすみになってほしいんです」
フォローを入れる。
使者さんはホッとしたような、とても気まずそうな顔になった。この微妙な感じはなんだろう!?  
足をそわそわさせていてまだ痛そうだから寛いでよ。
「温かいうちに頂戴いたしますね」
美少女が微妙な空気を吹き飛ばすように明るく笑って、スープを口にした。
「美味しい……!」
「よかった。ポタージュスープです」
アレルギー対応品だからまあ誰に出しても大丈夫だし、万人受けな味だと思うよ。
「体にあたたかさが染み渡りますね」
「こんなに食材が入っていて……なんて豊かなスープなんだろう!」
「まろやかな舌触り。煮込んだコクのあるスープ。細かく刻まれた野菜の風味。最高のおもてなしです」
「あ、ありがとうございます」
ベタ褒めされて照れます。
それインスタントです。
今って非常食もかなり美味しいんだよねぇ。
ごくりと喉を鳴らす音が聞こえたから、あとでグレアとフェンリルにも振る舞おうと思う。
そのついでにフェンリルの人型を見たいよね!!
喉を湿らせてホッと一息ついた四人が自己紹介をした。
「フェルスノゥ王国の第一王子、クリストファー・レア・シエルフォンと申します」
「同じくフェルスノゥ王国の姫、ミシェーラ・レア・シエルフォンと申しますわ」
「騎士団長を務めているサイガ・ラルクレンと申します」
「騎士団のジェイコブ・エイアスです」
なんだと……!
私はぶっちゃけ目が飛び出していたと思う。ギョッとしたわ。白目剥いてたかも。
(王子様とお姫様が直々に挨拶に来るなんて聞いてないよ!?)
<私も知らなかったが。ふむ>
小声で聞いたら、フェンリルに獣の唸り声でそう返されて脱力した。
知らなかったなら仕方ないね。まあサラサラ雪の変わった冬が来ちゃったようだしね。気になるよね。
「こちらの方はフェンリル様の後継となった異世界人のエル様です」
グレアが滞りなくシンプルに私を紹介する。もっと詳しく言おう?
あっちの方々も私に負けないくらいギョッとしてるからね!?
驚くことがたくさんだよねー。
どこから話を始めたらいいんだろう?
<グレア。説明を頼めるか?  エルがフェンリルの魔力を得たことについて>
「承知いたしました」
フェンリルが話を進めた。
わざわざグレアを仲介しているのは、森林を守る聖獣としての威厳ある姿を見せるためと、フェンリルの声が理解できる私を特別だと認めさせるためらしい。
「彼女が後継になった経緯を説明します」
「よろしくお願いいたします。本来ならばわたくしミシェーラが後継として呼ばれるはずでしたから……しかし転移魔法陣は発動せず、未だかつてない美しい冬が訪れて、現状が気になったので自らここまで来たのです」
ミシェーラ姫がまっすぐにグレアと私を見つめる。
「そうなの!?」
知らないことだらけで私の悲鳴がうっかり漏れたよ!
ミシェーラ姫が後継の予定!?  聞いてないって。
使者さんたちは戸惑ったように私をチラチラ眺めている。ごめん驚かせて。
グレアの半眼もこわーい。ごめんって。
でも混乱して……フェンリルにすり寄っとこう。もふ。あっ気持ちいい。
「ふ、冬姫様!  もしわたくしの発言でお気を悪くされていたら申し訳ございません……現状が気になったともうしましたが、ミシェーラが無理やりエル様に取って代わるつもりなんてございませんわ!  それは知っておいて頂きたく。
わたくしが気になったのはあくまで状況なのです」
「だ、大丈夫!  そこを勘違いしたわけじゃないですよ」
あ、もしかして私がフェンリルを取られまいと嫉妬して甘えたと思われた?
うーん、この子たちとはまだうち解けてないから仕草にいちいち反応されるのがしんどいなぁ。
この件は納得してもらえたみたいだけど。
「よかった。冬姫様には心から感謝しているんです。こんなに素晴らしい冬を呼んで下さったのですから」
ミシェーラ姫は手を組んでキラキラした微笑みで私を見つめる。うっっ!  可愛すぎるでしょ。
「私とフェンリル二人で冬を呼んだんだけどね」
フェンリルの働きを無しにされるのは嫌だから、これは言っとかなきゃ。
「そうなのですか!?  フェンリル様は力を取り戻されて……!?」
「その説明をしたいのですが?」
ミシェーラ姫の歓声を、グレアの冷た〜い声がザックリ遮る。
栄誉あるフェンリルからの指令を邪魔されてるからすんごい不服みたい。ぎゃー。あとでお小言をもらいそうぅぅ。
「「よろしくお願いいたします!」」
私とミシェーラ姫の声が被った。
ここでわざわざ謝ると相手をさらに不機嫌にさせることがあるから、この対応がベストだと思う。
ミシェーラ姫とそっと目を合わせて、小さく微笑みあった。
気があうかも。
クリストファー王子が「申し訳ッ……!」って言いかけたのは聞き流しておこう。口を閉じたからえらかったよ。
グレアの静かな声がみんなの耳にスッと届く。
「今代フェンリル様が冬を呼べなくなり、代替わりが行われる予定でした。その対象者はフェルスノゥ王国のミシェーラ姫。約束通りの日に転移魔法陣が発動しましたが、あらわれたのはこちらのエル様でした。
エル様は異世界からたまたま"落ちて"きたこちらの事情を何も知らない方でしたが、フェンリル様の魔力に適性があり、現在の半獣人の姿となりました。冬姫様として冬を呼び、森の生き物を助け、後継としての才能を発揮なさっています」
グレアがここで口を閉じた。
フェンリルの指令、経緯の説明をこなしたのだ。
「ちょっと待って」
「待てませんけど?」
「おおごとすぎてパニックだよ!!!!」
「話した通りです。全てつじつまが合うでしょう?」
「そうだけど。ううう……なんで私今まで説明を聞いてなかったの?  とくに転移魔法陣とか王国のくだり」
「エル様が森林の様子に興味を持ち、とても楽しげに日々を過ごされていましたので、そちらを優先いたしました」
「……合理的なのは認める」
ため息をつきながら頭を抱えた。
まあ魔法陣から異世界人が来ちゃったもんはしょうがないよね、わかる。私が割り込んで来た理由は不明なんだもんね、しょうがない。
……うーーん。モヤモヤするところはあるけど、これ以上問い詰める気にならないのは、私がこの場所をすごく気に入っているからなんだろうなぁ。
フェンリルに甘やかされて、グレアもツンケンしてるけど親切。レヴィも遠くから手を振ってる。
帰りたいかと聞かれても頷かないと思う。
……頭を振って、気分転換。スマホの重みからは目を逸らす。
「ミシェーラ姫も、驚いたよね。ど、どう思う?」
聞き方が下手だわ!!!
私のばかー……!
「あ、あのね。フェンリルの後継になることへの憧れとか、覚悟とか、そういうのあったんじゃないかなぁって。成り行きで私が取っちゃったけど不満とか、その、えーと……」
不満があったって私たちに言えるわけないじゃん!?
ド下手か!?  そうだよ!!  ほんとごめん!!
嫌な汗が背中に流れる。
「冬姫エル様に栄光あれ!!  美しい冬を呼んだ実力を尊敬し、お優しい慈愛の言葉に心より感謝申し上げます!!」
あっれーーー!?
ミシェーラ姫が全力で私を拝んでいる!  神々しさすら感じる気迫だ。
「そ、それでいいの?」
「わたくし、冬姫エル様がお呼びになった冬が大好きですわ!」
「ありがとう」
会話が微妙に繋がっていない。
ただ、ミシェーラ姫がめちゃくちゃ喜んでいるのは目に見えて分かる。
…………後継とまで言われると迷いもあるし正直負担なんだけど、こう「ファンです!」って語られると頑張らなくちゃって気になってしまうもんだ。
ありがたくてこれを励みに頑張れる、でも重い足枷でもある。
どう捉えるかは私次第だ。……まだ答えは出ないなぁ。曖昧な笑みが浮かぶ。
あ、王子様がまた胸を押さえてる。大丈夫?
ぐにっ。
「いひゃい!  ぐれあ!?」
「その表情は好ましくありません。笑うなら笑う!」
「きびしいー」
「ちなみに笑顔が好きです」
「はーい」
じゃあ、笑おう。
フェンリルと呼んだこの冬が好きなのは私もだし、ミシェーラ姫にお礼を言われて嬉しいかった気持ちは嘘じゃない。王子様が倒れた。
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