冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
13:夜空を見上げて
二人の食事は、すでに済ませたみたい。
ズバリ生肉。
フェンリルはトナカイを丸ごと齧って、口は冬の川で洗ったって。
グレアは人型になってから、削いだ生肉を食べたんだとか。
「食後のデザートとか欲しくない?  ツリーになーれ!」
さっきの真珠を地面に埋め込んで……と。洞窟なんだけど、床は柔らかい青緑色の草が生えてるの。
真珠はまたたくまに低木ツリーに成長する。
まんまるの果実をもいで、フェンリルとグレアに渡す。
<ずいぶんと力の使い方が分かってきたようだな。えらいぞ>
「非常識な凄さですねぇ……」
みんなで齧ると三倍美味しいね。
この果実は青リンゴのような爽やかな味にしてみた。理想通り!  お肉の油でこってりした口の中がサッパリする。
歯磨き……はさすがに歯ブラシがないだろうなぁ。
せめてあとで口をすすごう。
「お腹いっぱいで寝そう〜」
「また」
「なーんて。あーグレアのお顔が怖い。さっきぐっすり眠ったから、今は目が冴えてるんだよね」
ぱちぱちっ!  と目を見開いてアピールすると、グレアはじーっと見つめてきて「ロイヤルブルーサファイヤ」と言う。
えっ、照れますけど?
フェンリルの魔法で整えてもらったこの容姿は私自身すっごくお気に入りだよ。
だから眺めたくなる気持ちはわかる。同志だね。フェンリルファンだしね。
<ちょうどよかった。エル、眠くないなら散歩しないか。今は夜なんだ>
「……そんなに寝てたの!?」
<心地よさそうだったので、起こせなかった>
「それはもう!  フェンリルの毛並みは本当に最高だよー!」
フェンリルが満足そうに頷いた。
立ち上がる。んー、離れるとちょっと背中が寒いよ……いや、服は保温機能つきだけどね。あたたかみとモフみが足りないっていうか。
フェンリルがゆっくり歩き始めたので近くにひっついて歩く。
獣の脚にぶつからないようにしなくちゃ。わー爪が立派!  あっ!?  今一瞬、肉球が見え……ちょっ……あとで触らせてもらおう!!
爪を見て真顔になり、肉球を見てにまっとしたり、一人百面相してたら、フェンリルの背が震えた。
けっこう笑い上戸だよねー?
<空を見てごらん>
「………………!!」
……言葉も出なかった。夜空に散りばめられた星の光があんまりにも美しくて。
こんな光景、日本で生きていたら生涯見れなかっただろうなぁ。
<綺麗だろう?>
黙って頷いた。
今、口を開いたら、きっとマヌケな歓声しか出ないよ。
静かな沈黙が心地いい。
こんなに星があるのに、地球とは配置がぜんぜん違うから、星座が見つけられないなぁ。……いや、作っちゃえばいいのか。
夜空を見上げながら、指を動かして、頭の中で星をつなぐ。
特に輝いている星を選んで…………あ、できた。
「フェンリル座」
<なんだ、それは?>
「星を繋いでみて、何かの形にならないかなーって。やってみたの。あれはユニコーンのグレアの形。星が紫っぽいし、いい感じ。
星座って知らない?」
<知らないな>
「夜空にお絵描きする、みたいな?」
「説明が下手ですね」
「相変わらずひっどい。もー」
あ、そうだ。二人の前で、薄い氷のウィンドウを作る。
あっ目が丸くなった。凄い?  あーりがとー!
ウィンドウごしに星を見てるから、星と星の間を白く凍らせて、細い線を作っていく。
氷のキャンバスにお絵描きしてみて、じゃーん、
「フェンリル座とユニコーングレア座のできあがりっ!  いいでしょ?」
「<お見事>」
二人にそんなに手放しで褒められたら照れるなぁ。
調子に乗って、他にも星座を作ってみる。
スノーマン座、リス座、ツリー座……。
フェンリルも真似をして氷のウィンドウを出現させた。さすがだね!
きっとアイデアさえあれば、魔法を使うのはフェンリルが断然上手なんだと思う。
私たちは星座作りを楽しんで、それを眺めていたグレアは星座の脳内記録をしていたようだ。あとで紙に書いて残しておくんだって。
フェンリルの補佐をするだけあって、やっぱり頭はいいんだなぁ。
フェンリルが耳を澄ました。
<……森でのトラブルの音は聞こえないな。さっきの洞窟に帰ろうか>
「うん」
せっかくなので、グレアに乗らず夜道を散歩しながら帰る。
新雪に足が埋もれるかと思ったんだけど、私が呼んだ雪だからか、少しへこんでふんわりと体重を支えてくれた。歩きやすい。
月の光が純白の雪に反射して、ほのかに視界が確保されている。
それに半獣人になってから、私の視力も向上しているみたい。
ーー変わったなぁ。
私の見た目も、環境も、そもそも世界すらも……そういえば名前も……。
なんだかしんみりする。
雰囲気に流されまくって、そういえばつい冬も呼んでしまったんだ。
異世界転移、フェンリル化、愛娘、魔法を使って冬を呼んで、雪山のパトロール。
出来事が盛りだくさん過ぎない?
洞窟に帰ってきた。
かまくら効果なのか、心地よい温度の場所。
草は生えているけど動物の姿はなくて、とても静か。
これから眠るのはお楽しみだね!
ふと……
ーー洞窟の中に、ピピピピッピピピピッと電子音が響いた。
ーー心臓がばくばく鳴り始める。
これは……っ、もしかして。
条件反射で、大慌てでカバンをまさぐった。
【着信:会社】
ーーーーーーっっ……!?
頭からすーっと血の気が引いていって、身体が勝手にガクガク震える。
無断欠勤を叱られる?
いや会社をクビになったじゃない。
そもそもここは日本じゃないのに、なんで!?
……しばらく無言でスマホを握りしめていると、着信音は途絶えた。
静かすぎて、耳が痛いくらい。
すごく嫌な汗をかいている。
床に細やかな真珠が散らばった。
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