冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話

黒杉くろん

12:狩りとごはん



 ひ、酷い目にあった……話が通じるとはいえ、やっぱりフェンリルとユニコーンは獣だわ……。
 一瞬でトナカイを撥ねるから雪の上に赤色が飛び散ってたよ?
 私、屠殺って見た事がないから、とっても心臓に悪かったよ?
 というかグレア。
 その角で獲物刺していいんか!?  ユニコーン!!

「グレア。目の前に串刺しウサギがいるのはきっつい。うえぇぇ……」

<そうなのですか?  エル様のために狩りましたのに>

「ユニコーンの角って癒しのために使うんじゃないの……?」

<だから傷口のみ塞いで流血を防いでいます。だらだらと角に血が垂れるのは美しくない>

「そういう使い方なの!?」

 びっくりだよ!!  ほんとに!!

<このトナカイもいいだろう?  一番太っているものを狙ったんだ>

 そしてフェンリルはトナカイを咥えて正面から走ってくるから……口の周りが血みどろなんですけど!?  ちょ、もう、本当に……ッ!

 プツンと意識が途切れた。



 ***



 んん……背中があったかい……ふかふか……最高……無限に寝られるわ……。
 おやすみなさい。

<こら、起きただろう?  エル>

 優しい声が聞こえる。こんな風に声をかけてもらったのって、いつぶりだろう。数年は経験してない……いや……つい最近も……?  あれ……。
 エル?  私はノエルだけど……んん……?

「寝すぎです」

「んっ!?」

 ぐにぐにっと頬をつままれている!?
 奇妙な感触で、いやいやながら起きた。もー、やだなぁ。
 目の前に紫髪の美形。……いや誰?

「夢だわ。お布団のほうがいいーっ」

 もふっと倒れこむと、もー最高!  私は寝具に恋をしている!  これこれー。

<まんざらでもないのだが>

「フェンリル様!  お気を確かに!  あなた様は高貴な方なのですから!」

 ん?  フェンリル……?
 ぼんやり目を開けてきょろきょろすると、大きな狼の頭がこっちを向いてて、えーと……あっ。やっと頭が覚醒してきた。

「おはよう?  フェンリル」

<ああ、おはよう。私の愛娘>

 ……これこれ。この言葉には、私をどこまでも癒す力があるんだ。

「涙もろいにも程があります。まったく。うなされていましたよ」

 紫髪の人が真珠を拾い集めて、私の手に握らせてくれた。
 彼の首にも、同じ真珠が光っている。

「………………グレア?」

「そうですが?」

「これ、手綱のネックレス?」

「自分の胸にお聞きして下さいませ」

「ええええええ」

 これやっぱり手綱にして鞍だわ!!  手綱を首に巻いているんだ!  グレア!  どんまい面白い!  あっごめん。じゃなくて!
 あー不機嫌そうな顔、ほんとごめん。じゃなくて。

「どうして人の姿なの!?」

「人型になれるんですよ、高位の魔物は。異世界の冬姫様は知りませんでしたか。
 どうして人型なのかといえば、気絶したエル様を安全に運ぶためですね」

「…………そういえば、そんなことがあったような?」

 あんまりな狩りの様子を見たもので。あー……大体全部思い出したよ。

 ハッ!  そういえば、あの血みどろ獲物たちは……?
 すんすんと鼻を動かしてみると、うっ、やっぱりちょっと血のにおいがするぅ……
 じーっとグレアの額を眺める。

「なにか?」

「ユニコーンの角、現れないんだなぁって思って……」

「あの角があると人型の時には不便ですからね。事あるごとにぶつけやすく、頭が重い」

 グレアが前髪を上げてみせると、おでこのところには六芒星のマーク。

「え、えーと。ナイス収納」

 それしか言えなかったら、鼻で笑われた。
 とんでもない美貌なんだけど、やっぱりグレアはグレア臭がする。
 そこはかとない性格の残念感。
 グレアの馬の耳はピンと上を向いていて、物珍しくて眺めてしまう。どう動くのかなぁ。

「ねぇ、フェンリルも人型になれるの?」

<ああ>

「へぇ!  見てみたいなぁ」

 私の目、今キラキラしてるような気がする。
 だって白銀髪の麗しいお姉さまが現れるに違いないよ!  おばさまか、おばあさまかもしれないけど。綺麗なんだろうなぁ。

 フェンリルが少し考える仕草をした。

<また今度にしようか。今はエルをあたためてやりたいんだ>

「大好きぃ……」

 優しい!  お言葉に甘えまくり、フェンリルのお腹の毛に埋もれた。
 でも、お腹がきゅーっと鳴る。
 うう、空腹の生理現象だから仕方ないよね。

 獣たちがそこはかとなくにんまりしてる気がするんだけど?  嫌な予感に、私の頬がぴくぴく引きつる。

「ここに」

「っぎゃーーーー!!」

「捌いたウサギとトナカイの肉があります」

「っ………………あれ。それなら、大丈夫……」

「そうですか。ではそのマヌケな姿勢をなんとかしてください。そして悲鳴も下品でした」

「辛辣ぅ」

 とはいえ、なりふり構わずフェンリルの横腹に頭を突っ込んだポーズがマヌケなのは納得だ。両腕を上げて膝を立てている姿勢は、ぶっちゃけひしゃげたカエルのようだろう。
 さすがに直そう。
 悲鳴は許して。生理現象。
 ……うっっっわグレアの小馬鹿にした表情ーーーーー!

「失態を愉しむかのような反応はどうかと思うよ!」

「ただの教育的指導です」

 そうとも取れるからぐうの音も出ない!!  くぅぅ!

 フェンリルが震えている。ああ、頭ぐりぐりしたからくすぐったかった?  ごめんね。

「フェンリル様のご慈悲で、捌いた方が人には合うだろうと。そして俺が切り身にいたしました」

「ありがとうございますぅ」

 さあお礼をどうぞ、とあっちの顔に書いてあったから、ついお礼が拗ねた子どもみたいになっちゃったよ。顔芸には顔芸、みたいに。ちょっとこれは反省。
 ところで重要な確認を。

「な、生肉はあんまり食べ慣れないんだけどなー……こんがり焼けない?」

<フェンリルとユニコーンは炎魔法をつかえないんだ>

「そうなの!?  うっ、でも生はぁ……ううう……」

「焼けばよろしいのですね?  まあ人間ならばそうだろうと思っていました。ここにペチカの実があります」

 グレアは赤とオレンジ模様の丸い木の実を取り出した。
 大きめの石で囲いを作って、実を割ると、種がパチパチ音を立てている。ざくろみたいな断面。
 少し経つと、発火した。

「わ!」

「割って10分ほど発火するので、継ぎ足して利用します。これも冬の恵みです。
 いたるところに生えているペチカの樹は、人向けのフェンリル様のご配慮。雪山で遭難してもなんとかなるように、と」

「すごいね!  やっぱりフェンリルは優しい」

<歴代フェンリルの知恵を受け継いだだけさ。みな、慈愛の心があったということだ>

 フェンリルの顔が、炎に照らされて浮かび上がる。毛皮が少し赤みがかって、これもとても綺麗。

「熱くない?  フェンリルの毛皮、雪みたいな色だから……」

<ああ、大丈夫。エルも優しいな>

 ……びっくりして、目をパチパチした。

「こ、こんなに……ワガママ放題なのに?」

<相手を思いやる気持ちがあるだろう。エルの対応は心地よいよ。私はそう感じている>

 こう言われて、フェンリルではなく思わずグレアを眺める。あれ、どうして?  私?

「まあ、エル様が呼んだ冬は素晴らしい恵みをもたらしています」

 肯定的な意見で、胸がドキドキした。
 …………ああ、もしかして、私はまた自虐して心を傷つけようとしていたのかもしれない。グレアは厳しいことを言うかもって。
 それって……二人に対して、自分に対して凄く失礼なことで。
 じゃあ、私がするべきことは?

 二人の顔をまっすぐ見た。

「ええとね、嬉しい。ありがとう」

 とても自然に微笑むことができた、と思う。
 真珠がポロポロと膝の上に溜まった。
 フェンリルとグレアは静かに、ただ寄り添ってくれている。
 真珠はまた二連のブレスレットとなった。

 串に刺したウサギの肉が、炎にあぶられてパチパチと音を立てている。

<お食べ。きっと元気になれる>

「冬姫様の元気がないと全員が困るのですから」

 与えられた、こんがり熱いお肉をかじる。
 じわっと、お腹のあたりからあたたかさが広がっていく。

「ごちそうさまでした」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品