冬フェンリルの愛子となった私が、絶望から癒されていく話
7:雪降るフェルスノゥ王国
フェルスノゥ王国に雪が降る。
それはとても特別なこと。
「……っ雪!? 冬だ、本物の冬が来たぞ……!」
「やった!  これで森の恵みが回復する」
「おお、フェンリル様ありがとうございます……!」
民衆は涙を流して喜び、森林の頂にいるであろうフェンリルに心からの祈りを捧げた。
そしてしんみりと、街の中央にそびえる城を振り返る。
冬の祝福をうけて、青いとんがり屋根は白く染まっていた。
「代替りが行われたのだろうな……フェルスノゥの姫様が、気高い獣の姿になったのだろう」
「あんなに美しい姫様だったのにねぇ。これからもっと美しい女性になり、恋だってしたかっただろうに。代替わりの節目にあたるなんて、少し、かわいそうな気もする……」
「ばか、そんなことを言うな。栄誉ある役割だ」
「俺たちの生活を守ってくださったんだぞ」
大人たちは少し沈黙した。
気高い魔狼フェンリルになったであろう姫様を想い、手を組んで黙祷した。
目を開けると、子どもたちが元気に外で遊んでいる。
三年ぶりの雪の中をきゃあきゃあと走っていたり、雪合戦をしたり。
大人たちの顔がほころんだ。
「ねぇ!  今年の雪……雪玉が作りにくいよ?  不思議!」
「なんだって?」
大人たちは雪を触ってみて、その感触に驚愕した。
***
フェルスノゥ王国の玉座の間。
そこには困惑した顔の王族が集っていた。
「お父様。わたくし、フェンリル様の代替わりに呼ばれませんでした……。それなのに、冬が訪れるだなんて。いったい何があったんでしょう?」
美しいウェーブした金髪を背中に流した姫君が、王に訴えかける。
「ふーむ。ユニコーンの使者がおっしゃったことには、今代のフェンリル様はもう冬を呼ぶ力が使えないと。確かにそう聞いたのだが」
王の言葉に、この場にいた全員がはっきり頷いた。
「力を取り戻したとか?」
「そんなばかな。どうやって?」
「治癒といえば、ユニコーン様の力で……」
「彼との会合の場でそのように失言して、ユニコーン様の力でもどうにもならないから代替わりの相談に来たのだ!  と怒らせたのを忘れたのか!?  口を慎め」
重鎮たちの小声の相談をさえぎって、宰相が大きな声をあげた。
広間が沈黙する。
「ユニコーン様がおっしゃった転移の日から、もう10日が経っています」
姫君が静かに広間の中央、転移魔法陣が描かれた上に立つ。
フェンリルの涙が元になった真珠がこの魔法を施していた。
ふと、カッと魔法陣が光る。
「ミシェーラ!」
第一王子がバッと飛び出して行って、姫を抱きしめた。
(お兄様、そんなことをしてはなりません……!  一緒に転移してしまうかも……!)
姫はそう考えたが、魔法陣は雪解けのようにスッと消えていってしまった……。
もう必要ないとばかりに。
あとにはヒヤリとした冷気のみが残る。
「……大丈夫かミシェーラ。迂闊なことはよせ。予定外に冬が来てしまい、この魔法陣の効果が変わっていたかもしれないぞ」
「迂闊なのはお兄様ですわ!  巻き込まれたらどうなっていたことか……第一王子としての自覚をお持ち下さいませ!  わたくしはともかく、あなたの代わりはいないのです!」
ぐっ、とお互いの主張が胸に刺さる。
しかし頑固にも意見を曲げず、睨み合った。
「そこまでだ」
はあ、と溜息を吐きながら王が仲裁する。
「二人とも何事もなくてよかった。私の大切な子どもたちよ」
そう言われると、王子も姫も頬を赤くしてふいっと顔をそらした。
外交の振る舞いは学習しているけど、まだまだ心は子どもねぇ、と王妃がくすくす笑う。
「この冬の現象について、調査しなければいけないな」
王の言葉に、全員が姿勢を正した。
「フェンリル様のもとを訪れよう。説明を請うのだ」
「分かりました。わたくしが向かいます」
「ミシェーラ!  お前はまたそう先走って……姫に雪山の登頂がこなせるわけないだろう」
「ばかにしないで下さいませ。私、お兄様よりも剣術が強いのですわ」
「……う。でも体力は俺の方がある!」
「む!」
こらこら、と王がまた仲裁。
(この二人、いつもよりはしゃいでいるな。ここ一年張り詰めさせていた緊張の糸が切れたのか。それに、今回の冬のなんと優しいこと。心が凪いでいくようだ。
北風は頬をなでるように吹くし、雪はまろやかな純白。こんな冬は今まで見たことがない)
王はふと思い立ち、王族を誘って外に出た。
テラスから眺めるフェルスノゥ王国の冬景色に、みんなが言葉を奪われる。
心地よい感動の沈黙が満ちる。
手すりにつもった新雪を手ですくい、王子は感嘆の息を吐いた。
白い息が、赤くなった頬を包む。
「なんて美しいんだろう……!  この冬に恋をしてしまいそうだ」
「非現実的なロマンチック発言はおやめくださいませ。お兄様。まるで夢見る乙女のようですよ」
「ミ、シェー、ラ!?」
兄の睨みもさらっとスルーして、姫は新雪を冷静に観察した。
「これまでの雪は、白灰色で水分を多く含み、べたっと重かった。
でもこの雪は、さらさらと指の間を落ちていくくらい軽やかで細かい。光に当たるとキラキラ光る……」
姫が雪をすくった手を真上に上げると、風が吹いて、輝きを散らした。
そして雪をぎゅっ!  と握ってみる。
「雪玉にしにくいですわ。まるで性質が違うのね」
ミシェーラは小さな雪玉を、王子の頬にぐいぐいくっつけた。
「つめたっ!」
「あらあら、すぐに割れてしまいました。これなら痛くないですから、久しぶりにわたくしと雪合戦でもなさいますか?  お兄様」
「……考えておいてやろう」
くすくす微笑む姫は雪合戦の天才だった。
幼い頃の気楽なたわむれを思い出して、王子は(責務を負った今ではそのような遊びはできっこない)と苦笑した。
ひとまず姫と王子が和解したので、王が思考しながら豊かな白髭を撫でる。
「二人でフェンリル様のもとに向かうといい」
「「はっ!?」」
「この王国からの誠意を見せたいのだ。
王子と姫が向かうのが良いだろう。冬の訪れのお礼を言っておいで」
ごくり、と二人の喉が大きく鳴る。
はるか遠くの神聖な森林を眺めた。
「分かりました。まいります」
「判断が早い……!」
「お兄様はどうなさるの?  この王宮で尻尾を巻いてただ祈っているのかしら」
「もちろん行くさ」
姫に発破をかけられた王子も頷き、予定が決まった王がニコニコと頷いた。
第一王子は「この予定をああして、こうして、処理して終わらせ……」とブツブツ呟いている。
他の王子はまだ幼いので、外交などの公務がこの第一王子に集中していたのだ。
それに例年になく特別な冬になったので、この雪との付き合いかたも考えていかなくてはならない。雪かき道具や技術など、これまでとは違う手段が必要だろう。森の実りも調査の必要がありそうだ。
やることは山ほどある。
(本当は数人の王子でこなすべき公務……。
うーむ、働かせすぎなのは分かっているのだが、手がないのだ。今回の遠征が、クリストファーのたまの息抜きになるといいのだが。
ミシェーラのように恐ろしく優秀で手が早いならば、全てこなせるのかもしれないが……おっと、子どもたちをそう比べるのは良くない)
王は子どもたちの肩を抱き「いっておいで」と優しく告げた。
「フェンリル様はこの王国を守ってくださるお方だ。きっと、冬の森林からも無事に帰ってこれるだろう。
ご馳走をたくさん用意して、ここでお前たちの帰りを待っているよ」
「お父様……」
「父上」
王子と姫はしっかりと一礼をして「行ってまいります」と告げた。
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