箱庭遊戯「ゲーマー兄妹は異世界に招待されるようです」

あまひき まつり

プロローグ

 人は、いつか必ず死ぬ。
 驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
 猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風のまえの塵に同じ。
 --と、数百年前の名文を紐解くまでもなく。
 合戦場でやあやあと太刀を振り回していた時代から、否、洞窟でほうほうと石器を振り回していた時代から、死の理を逃れられた者はいない。
 生涯無敗の剣豪だろうが一天四海の皇帝だろうが、ただのひとりも例外はなく。
 --不死身でも不老不死でもない限り死から逃るるすべはない。
 はたまた、人魚の肉を食べれば不老不死になれるなどというのは都市伝説で、以前、人魚などこの世に存在するはずもなく。
 旧《ふるい》生命の死体の上に、新しい生命が芽吹く。
 それは生きとし生きる者の宿命にして、種の進化の必定である。

 --さて。
 そんな『都市伝説』の中に。
『事実だが都市伝説とされている』ものが含まれているのは、あまり知られていない。
 --誤解なきよう、前記した都市伝説が真実であったなどと訂正するつもりはない。
 発生した原理が異なる都市伝説が存在する、ということだ。

 --例えばそれは、あまりに非現実的過ぎるがゆえに『噂』が、『都市伝説』化した事例だ。

 そんな『噂』がここに一つ。
 インターネット上で囁かれる二人のゲーマーの噂だ。
 曰く--数百を超えるゲームのマルチプレイ専用オンライン大会やネットランキングで、不倒の記録を打ちたて。
 世界大会の頂点を総ナメにしているプレイヤーがいる、と。
「そんなはずはない」とお思いだろうか。
 まさしくそう、誰もが思った。

 だが奇妙なことに、対戦したことがあるという者は跡を絶たない。
 そんな『噂』に少しでも興味を持った者は、更に探りを入れる。
 なに……話は簡単だからだ。
 コンシューマーゲームやパソコンゲーム、ソーシャルゲームのネットランキングで一位を取っているのなら、そのゲーマーのアカウントは当然存在しているはずなのだ。
 存在しているのなら、実績を閲覧することも当然出来るはずだ。
 だがそんな者がいるはずもなく--。

 --と、鼻で笑って調べれば--それが罠である。
 何故ならそのアカウントは確かに存在していて、また誰でもその実績を閲覧出来るそこに並ぶのは。
 文字通り『無数』と表現されるべき実績《トロフィー》と。
 死亡回数ゼロという対戦成績。
 --そうして謎はさらに深まり。
 事実があるにもかかわらず『噂』は逆に非現実味を帯びていく。
 こうして新たな『都市伝説』が生まれていくわけだ。

 --だがこの場合、噂を生み出した本人にも責任があるだろう。
 何故なら彼らはアカウントを有し、発言の場を与えられているにもかかわらず。
 一言も発さず、交流を持つこともなく。
 一切情報の発信を行わない為、辛うじて日本人だということ以外全てが謎なのだ。
 素顔を知る者がいない--それが都市伝説化を加速させる要因でもある。
 --なので。
 --紹介しよう。

 コレが、紛れも無く。
 数百を超えるゲームで世界ランキングで頂点を飾り続け。
 破られることのない記録を今なお打ち立て続ける伝説のゲーマー。
 その素顔である----っ!


「…………ぁー……死ぬ死ぬ……あ、死んだ……ちょっとぉ……早くリザってぇ〜」
「……ズルズル……足で操作は、無理あった……」
「いいから早く、リザリザぁ--つか、ずるいぞ妹よっ! こっちはもう三日なにも食べてないのになに一人優雅にカップ麺なんか食ってんの、しかも戦闘中に!」
「……にぃも、食べる……?カロリーメイトとか…」
「カロリーメイトなんてブルジョアの飯、誰が食うか。人間の脳はブドウ糖さえあれば機能する、食パンがコスパ的に最強……」
「…………効率厨乙。 でも、そのほかの栄養がなきゃ……大きくならない…」
「人物名はもう完全無欠の美人さんだから問題ないだろ」
「…………むぅ……」
ペタペタペタっと、不服そうに自分の胸を撫でる少女。
「つか、はやくリザってくれません?」
「……ズズッ……ん、はい」
シュヴァァァ……キュリンっ!
「お。あいよーさんきゅ〜……つか、今何時?」
「……えと……まだ、《《夜中の七時》》……」
「朝七時を夜中とは、斬新な表現だな。
で、何日の?」
「……さあ……一、二--四つめの、カップ麺……だから、四日、目?」
「いやいや、徹夜した日数じゃなくてだな。何月の何日よ」
「……ニートに……関係、ある?」
「あるだろっ!ネトゲのイベントの開催日とかランク大会とかっ!」
--と、ネットゲームに興じる一組の男女。
部屋の中で視線も合わさず会話する二人。
部屋は--十六畳ほどの部屋だろうか。中々に広い。
だが無数のゲーム機と、一人二台--計4台のパソコンが接続された配線は、近代芸術を思わせる複雑さで床を這い、開封されたゲームパッケージと、『兵糧』と彼らが呼ぶカップ麺や未開封のレトルト、ペットボトルが散乱したそこに、本来の広さを感じさせる余地は見受けられない。
ゲーマーらしく反応速度を優先させたLEDディスプレイが放つ淡い光と。
とっくに昇った太陽が遮光カーテンから落とす光だけがぼんやり照らす部屋で。
二人は言う。

「……にぃ、就職……しないの?」
「--おまえこそ今日も学校、いかねぇの?」
「……」
「……」
以後、二人の間に会話が交わされることはない。

兄--十六夜《いざよい》。一八歳・無職・童貞・非モテ・コミュニケーション障害・ゲーム廃人。
典型的な引きこもりを思わせるジーパンTシャツ、そして染めたのか、淡い青色が目立つボサボサ髪の青年。
妹--碧《あい》。十一歳・不登校・いじめられっ子・対人恐怖症・ゲーム廃人。
血の繋がりを疑うように兄と違い真っ白く、肌も透き通るように白い。 だが、手入れされていない様子の長い髪が顔を隠し、転校したその日以来、家の外で着たことのない小学校のセーラー服の少女。
それが、都市伝説とまで言われているゲーマーの正体なのである。

都市伝説、それは一種の願望だ。
なぜなら、現実は……大体、一番つまらない答えが真実だから……。

--では、ここで一つ。
そんなつまらない現実を少しだけ、面白くする手伝いをしよう。
即ち----『新しい都市伝説』を提供するとしよう。
--そんな行為に差し当たり、様式美として。
--こんな書き出しで、はじめてみるとしよう。

--『こんな噂をきいたことがあるだろうか--』と。

あまりにゲームが上手すぎる者の元には、ある日、メールと共に手紙が届くと言う。
メールの本文には、謎めいた言葉と、《《あるゲーム》》への『URL招待状』だけがある。
そのゲームをクリアすると----

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