灰ノ雫 〜Noah et Luna〜

小桜 丸

9:11 明ける年

「あけおめ~だね」
「さっきのこと忘れようとしてないか?」
「サッキ? ナンノコト?」

年が明ければ、ルナは何事もなかったかのようにノアへと新年の挨拶を交わす。先ほどまでの大失態を去年へ置き去りにしてきたらしい。

「…それで、小泉たちが殺された二か月後にBクラスとの戦いだったか?」
「そうだよ~!」

思い返すは去年の九月。
ついにBクラスとの戦いが始まる。作戦としてはディザイアの相手をノアとルナが務め、他の生徒をレインたちが二人一組で相手するというものだったのだが、

「ミリタスとプリーデの乱入で作戦が役に立たなくなっちゃったよね~」
「あぁ、本当にな」

SクラスとBクラスが密かに裏で手を組んでいたのだ。その結果、プリーデとミリタスによって赤の果実のメンバーたちは本来相手をするはずだったBクラスの生徒とは、違う生徒の相手することになってしまった。

「お前がミリタスで、俺がプリーデ。問題となるディザイアの相手は、幸か不幸かレインとリベロだったな」
「そうそう~。もしあの二人がディザイアの相手じゃなかったら…って考えると恐ろしいね~」

当時、レインとリベロはノアとルナを除けば赤の果実のメンバー内で最も実力のある二人。ただでさえ凶悪なディザイア。そんな相手を前にレインとリベロ以外が立ってしまえば、一方的に嬲り殺しにされる可能性もある。

「それだけじゃない。もしスロースがグラヴィスたちを助けてくれなかったら、被害は更に拡大していたはずだ」

スロースはネクロに襲われたグラヴィスを救出してくれたり、暴走したファルスを止めてくれたりと赤の果実に力を貸してくれた。彼があの場にいなければ、グラヴィスやティアは新年を迎えられていない。

「木村玄輝…だよね?」
「あぁ、雨氷雫によるユメ人の拡散を俺と止めた張本人。アイツは雫の描く理想の世界で"主人公になれなかった主人公"みたいなやつだったよ」
「"主人公になれなかった主人公"…?」

その言葉の意味を理解できないルナは小首を傾げてしまう。

「雫のユメノ世界に干渉していないと、その意味をどれだけ考えても分からない。"反規則アンチルール"という能力が"ユメ人"に終止符を打つ鍵になった理由もな」

窓際に近くにある前から二番目の席にノアは腰を下ろした。そして懐かしむように教室の天井を見上げる。

「…ディザイアは、ゼルチュが手掛けたクローン。それが一体誰のクローンなのか、今なら分かる気がする」
「それって、もしかして~」
「お察しの通り、俺のクローンだよ」

立ち振る舞い、口調、容姿。どれもがノアに似ていたこと。それをルナは思い出し「やっぱり…」と納得する。

「ただ、ディザイアは俺と違って自分の力に溺れていた。例えるなら"頭を使わずに戦う俺"みたいなものだ」
「私の男版みたいな?」
「まぁ…認識としては間違っていない」

ノアはディザイアについて、ルナにこう語った。
レインとリベロに負けた敗因は圧倒的な力に頼りすぎたせいで、頭を使わずに戦っていたから。それが敗北に繋がる大きな原因となり、あの二人の策略に嵌められたのだと。

「ノアのクローンが作られてたってことは~…私のクローンも作られてるのかな~?」
「作られていてもおかしくない。けど不思議なのはこれだけ月日が経過してるのに、お前に似た生徒をまだ一度も見かけていないという点だ」

ルナは「確かに~」とノアの前の席へと腰を下ろす。

「奥の手として隠しているのか…それとも単に俺たちが見逃しているだけ?」
「…案外、私のクローンを作るのが難しかったりしてね~」

何が面白いのか両脚をブラブラと動かしながら、ルナはニコニコしていた。ノアはそんな彼女に向かって、

「お前、この教室に来てから様子がおかしいぞ」

と一言だけ述べる。ルナはそれを聞いて、自分がどうして楽しそうにしているのかをゆっくりと説明し始めた。

「昔を思い出しちゃって~」
「…昔?」
「うん。私がまだ教皇に成りたての頃、ユメノ世界のスパイとして現ノ世界にある真白高等学校へ潜入したことがあってね~」

まだ現ノ世界とユメノ世界が分裂したばかりの時代。ルナは教皇という身分を隠し、現ノ世界にある真白高等学校へ転校生として潜入をしていた。すべては現ノ世界を支配するため。その一歩として一波乱起こすには、ある程度の情報が必要だったのだ。

「私の席はここだったんだ~」

転校初日に座らされた席は窓際の最前列の席。その後ろの席は空席で、もう一つ後ろの席にストリアの元となる人物、神凪楓が座っていたのだ。

「奇遇だな。俺が高校に通っていた頃の席はここだったぞ」
「そうなんだ~! 私たち、やっぱり運命共同体なのかもね~」

偶然か必然か。ルナの席の後ろがちょうどノアが座っていた席。二人は高校生として学校生活を楽しんでいた時代を思い出し、黄昏る。

「…お前は、神凪たちと学校生活を歩んだのか?」
「そうだね~。ちなみに一番最初に私へ声を掛けてくれたのは楓だったよ~」
「へぇ、あいつが自分から声を掛けるなんて珍しいな」

神凪楓は自ら雨宮紗友里である彼女へと声を掛けていた。ルナ自身もどうして声を掛けてくれたのかは未だに分からないままらしい。

「それで、お前は楓たちを裏切ったと」
「…うん、裏切ったよ。あの頃の私は生粋の教皇だったから」
「なら良かった。お前を全力で殺そうとした俺は間違っていなかったんだな」

教皇として仲間を裏切った雨宮紗友里。そんな彼女を説得しようと神凪楓たちは何度も説得をしようとした。しかし心は微塵も揺り動かず、彼女は楓たちを躊躇なしに殺そうとしたのだ。

「そうかもね。ノアがいなかったら、私は楓たちを全員殺してた」

それを助けたのが雨空霰であるノア。教皇に仲間に対する想いなどは残されていないと楓たちへと断言し、本気で殺しにかかった。

「初めてだったよ。俺をあんなにも苦戦させる相手が現れるなんて」
「私も自分と張り合える化け物がいるなんて思わなかった。正体を隠しているうちにノアの戦いを傍観して力量を見定めたつもりなのに…」
「あー…残念だったな。俺はお前のことを黒だと睨んでいた。だからお前の見ている前では、本来の力を発揮しなかったんだよ」

雨空霰と雨宮紗友里による戦況は均衡。創造と再生、そして能力による衝突は数時間に渡って繰り広げられた。

「あの勝負って、私が勝ったんだよね~」
「…俺じゃなかったか?」
「え~!? 私だったでしょ~!」
「いや、俺が勝っただろう」

お互いに「そんなわけない」と過去の勝負の行く末を思い出してみる。

「「――あれ?」」

だがその結果だけが記憶から抜け落ちているせいか全く思い出せない。二人は腕を組みながら、顔を見合わせて唸り続ける。

「…この話はやめにしよう」
「…そうだね」

どれだけ考えても思い出すことができないため、ノアとルナは次なる話題へと変えることにする。

「あっ! そういえば私とノアって初代教皇と初代救世主を倒したんだっけ~?」
「あぁ、倒したな。俺はそれよりも脱衣所で、初代教皇のお前に肝臓を抉られたことが印象深いが」
「それはすまぬ~! 拙者も自我を保てなかったでござるよ~!」

笑顔で手の平を合わせて謝罪してくるルナ。ノアは反省する気など微塵もない彼女を見て、苦笑交じりに「まぁいいが…」と許すことにした。

「あの初代救世主と初代教皇は、Noel Projectによって組み込まれたものだったのかもな」
「私たちに殺し合いをさせたかったんだよ~。初代救世主と初代教皇のクローンを他の生徒と交えて殺し合いさせれば、良いデータになりそうだからね~」
「もしこの肉体をDrop Projectで細工されていなかったら、本当にゼルチュの思い通りになっていたということか」

ノアとルナの肉体はNoel ProjectとDrop Projectの両方に携わっている。現在まで正常な判断が下せているのは、雨氷雫と月影村正が二人の肉体に手を加えてくれたから。

「…ノア」

ルナが先ほどまでの明るい声とは違う、小さく静かな声でノアへと呼びかける。

「どうした?」
「これからも、よろしくね…?」
「…あぁ、よろしくな」

ルナは彼から返事を貰えばニコッと微笑み、席を勢いよく立った。

「ほら、年越し蕎麦とお餅を食べたいから帰ろ~!」
「お餅はともかく、年越し蕎麦はもう遅いだろう…」
「気にしない気にしない~! いつ食べたって美味しいんだから~!」

意気揚々と帰宅しようとする彼女は、ノアの右手を左手で握ったが、

「じゃあただの蕎麦でいいだろ…」

彼はルナに握られた右手を振り払おうとはせず、むしろ強く握り返す。

「~♪」

鼻唄交じりに帰路へ着くルナを他所に、ノアは空いている手でZクラスの教室の引き戸を閉じた。

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